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ドロップした者を対象とした「メディカルチェック」
フェルタは「解剖とか切ったりはしない」とは言っていたけど、彼の発言に何一つ確証は無い。
それに私はエレメントとやらが無いのだ。解剖とは行かなくても、アレコレと調べられるに違いない。
「大丈夫だよ。」
痛みにもがくカズマの前でチャックは笑顔で返してくれた。
「解剖は無いよ。基本的に痛い事はされないから大丈夫。」
「そう…ですか?」
「あれ。病院の人間ドックに近いかな?見た事無い機械に乗って、よくわからない検査もあるけど。」
「私はエレメントが無くて…だから不安で…。」
そうだ。
チャックも私と同じ世界に居たんだからエレメントなんてない筈。
彼はどうやってエレメント無しを乗り切ったのかな?
「あの、チャック。質問。」
「真琴ちゃん、どうした?」
「チャックはエレメント、どうしたの?」
「ああ。俺はね。」
そう左腕を肩まで捲ると、骸骨と炎のタトゥーが現れた。
元の世界では時々お目にかかる様なデザインだ。
そういやフェルタが「知り合いには火」って言ってたっけ。この事だったんだな。
「事務所に辞めたいって話をした時にね。彫ってたんだよ。反抗の意味を込めてね。」
「随分ゴッツイの入れてたんですね…。」
「スッゲー!カッコいいじゃん!コレ!」
突如食い気味にカズマが身を乗り出した。正直私は何処がカッコいいのか分からない…。
「コレは俺がデザインしたの。事務所辞めてタトゥーじゃ無くても良いからデザインの勉強をしたくてね。」
「それってもしかして、トゥーマの人達はこれをエレメントと勘違いしたの?」
「うーん。もしかしたら分かっていたけど、とりあえずメディカルチェックもクリアしてエレメントっぽいのがあれば周りに迷惑掛けないだろうと考えたかもよ。」
なんたる適当さ!!!
それで良いのかメディカルチェック!!!
チャックの話だとそこまでビビらなくても大丈夫な様だ。
人間ドックかぁ。ってか私、人間ドック受けた事が無いんだけど、学校の健康診断みたいな事をするって感じで良いんだよね?
私がそんな考えを反芻している最中は、カズマが興奮気味にデザインの話で盛り上がっていた。
「あの、チャック。最後になって思い出したんだけどさ。」
「うん?」
日も傾き、窓から夕日が差し込む時間にまで私達は滞在していた。
あれからチャックがエレメント師になった話(奥様のお父さんがエレメント師で跡を継いだらしい。)とかエレメントのデザインを沢山見せて貰い
「玩具用のシールシートがあるからプリントして真琴ちゃんにあげるよ。」
そう言って気に入ったデザインの物を数点、見繕って貰った。
しきりにカズマが羨ましがって少し喧しかったけど無視してやった。
その時にシールを貼るとデザインに合わせたエレメントが発動する事も聞いてみたけど、チャックには分からなかった。
「ならさ、欲しい能力があったら教えてよ。真琴ちゃんには特別に作ってあげるからさ。」なんて言うから益々カズマが不貞腐れてた。
そう。玄関まで来て急に思い出した話。
「ねぇ、チャックの右足って…どうなってるの?」
滑らかに動く右足。
チャックは歩みを止めてスッとズボンの裾をたくし上げた。
スチール製の様な鈍い銀色をした義足が私達の視線を奪った。
「やっぱり右足だけは元の世界に残ってた?」
「はい。私も今になって思い出しました。」
棺の大きさは普通にあった。
でも中は事故現場に残された右足のみだったと私が社会に出る頃に母から聞いた。
余りにもショッキングな話だったから伏せてたらしい。
現場は相当酷くて損傷が激しく、ちゃんと分かった物はチャックの場合は右足のみだったのだ。
「ちゃんと棺に入れられて、その…葬儀も執り行われました。」
「そうか。そうだったんだね。」
たくし上げたズボンの裾をチャックは直した。
「初めて聞いた。って当たり前か。」
この世界に『チャック』を知る人は居るが『今村京介』を知る人は私だけだ。
葬儀にも参列し、毎年行われる偲ぶ会も母が指揮を執って居るのを知っているのも私だけだ。
「他にも何か聞きたい事、あります?」
「いや。今村京介は死んだんだ。それで良いじゃないか。」
そう、チャックは吹っ切れた顔だった。
そうだよね。
彼は望んでこの世界に来て、奥様にも巡り会った。
彼は元の世界では得られなかった自由と言う幸せを得たのだ。それで良いのだ。
「それで良いじゃないか。何て言ったら、相当奏さんに怒られそうだけどなぁ。」
「本当、そうですよ。色々大変だったんですから。」
「泣いた奏さん、見てみたかったなぁ。」
無邪気に笑うチャックは、母の写真にあった今村京介の面影がそのままだった。
「真琴ちゃんはドロップ中に怪我は無かった?」
「私はすり傷くらいで。」
「それは良かった。結構ドロップする時に怪我したりするって聞いたからね。」
「そう…だったんですか。」
「俺が1番酷いケースだったみたいだけどね!真琴ちゃんは女の子だから良かったよ。」
そんな会話を交わして私達はチャックの自宅兼工房を後にした。
何処までも続く白い壁を来た通りに宿屋へ戻って行く。
白い壁は夕焼けに照らされて、一面にオレンジ色々に変わっていた。
「ちぇっ。真琴ばっかりズルいなぁ!」
「シールの話?いいじゃない。カズマだってカズマ用に作ってくれたんだから!」
「真琴の方が2枚多いし。」
「細かい男は嫌われるわよっ!」
お母さんがこの事を知ったらどんな顔をするのかな。
でも、今村京介は死んだのだ。
今日会ったのは今村京介じゃない。チャックだ。
チャックとして幸せを掴んだのだから、この事は私の中の奥底にそっと閉まっておくのが1番だ。