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ワールズエンド  作者: 轉 優夏
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1-32

時が止まったかと思えた。

それと同時に心臓が止まるかとも思った。



その姿は実家の居間隅にある母の作業スペースの棚にあった。

とても古い写真。写真の姿から歳を重ねているけど、確実に母の写真に写ってる人物だ。

私の母は独身の頃から芸能事務所に勤めていて、今は次長の役職までに出世もした。

父と結婚をして私を出産すると流石に産休中は大人しくしていたそうだけど、少しだけ育休を取得するが通常よりも早く社会復帰を果たした。

何故か?

そのタイミングで新人アイドルを大々的に売り出すプランがあったからだ。

その初期段階から母も参加し、指揮を取っていたのも母だったと聞いた。とにかく事務所にとっての母は超が付くほどのカリスマだったのだ。

母は新人アイドルのメインマネージャーとして配属され、新人アイドルのデビューも華々しく芸能界にも良い印象で大成功だった。

人気も日を追う毎に上昇し、毎日が忙しかった。

そうだよね。私の幼児時代には正直母の記憶なんて欠片程度も無い。

幼稚園が始まるまではほぼ毎日エリーと過ごし、幼稚園が始まっても送り迎えは殆どエリーだった。

先の話をしてしまうと小学3年迄は学童保育に通うも、やっぱり母の帰宅時間が押す時は父かエリーが迎えに来てくれてた。

私の叔母が好きな理由はここに関係している。話は逸れちゃったけどね。


そんなアイドルにある日、大事故が襲いかかった。


多忙な中、次の現場に移動するのにヘリコプターを利用したらしい。

離陸後暫くして、そのヘリコプターは墜落し、全壊だったそうだ。

事故理由はヘリコプターの部品落下とか聞いた気がする。

ヘリコプターに乗り合わせていたのはアイドル・操縦士と母の先輩にあたる事務所の人で、全員が犠牲となった。

その時の母は私の保育参観で、園行事は父と交代で出席していて丁度母の番だったのだ。

もし父の番だったら確実に母がそのヘリコプターに乗っていたはずだ。考えてみると恐ろしい話だ。

保育参観を終えて帰ろうとした母が慌てていたのだけは覚えてる。

恐らく参観中は切っていた携帯電話の電源を入れたら、予想以上のメールと着信があったからに違いない。

1〜2日位か、母は戻らなかった。

次に母の姿を見たのはエリーの家で遊んでた時で、喪服に身を包んでいた。


「真琴、行くわよ。」


正直、葬式なんて行きたくなかった。

エリーと遊んでいた方が良い。それは本心であり口実であった。

当時の私にとっての新人アイドルは、母を奪った人物としか認識がなかったからだ。だから色々理由を付けて拒否していたけど、結局はエリーの一押しで参列を決めた。

後からエリーに聞いた話で、私は何度もそのアイドルと遊んで貰ってるそうだ。

赤ちゃん時代から抱っこしてもらったり、何度か家にも来てくれてたらしい。エリーも数回会ってるそうだ。

だからちゃんとバイバイしてきなさいって。


人生初の葬式は大勢の人と線香の匂いで酔いそうだった。


みんな黒い服を着て、みんな難しい話をしている。

アイドルには会えなかった。白っぽい箱を遠くからしか見えなかった。

母は終始泣いていた。強すぎる母がこれだけ涙を流しているのは後にも先にも、この時しか記憶にない。

知らないお姉さんからお菓子やフルーツ缶詰を貰って『ありがとうね。』と言われた。恐らくアイドルの親族だろう。

外に出ると沢山のカメラが立ち並び、更に奥からは泣きじゃくるファンの人が沢山居た。

小さくても分かった。

とても悲しい渦の中に私がいる事を。


それからの母は益々仕事に打ち込む様になった。

私も小学生になると更に拍車がかかり、帰らない日もあったくらいだ。

父も何も言わなかった。

仕事をする事で忘れたかったのだろう。

アイドルは最後まで私から母を奪ったのだ。


そこそこ成長して親離れが始まり、大人の事情も上手く飲み込める歳頃までその葛藤は続いた。

母も悔しかったのだろう。

ヘリコプターを使ってまでスケジュールを組んだ会社に。そこまで仕事をアイドルに入れた上司に。

母は我武者羅に働く事によって抗議していたのではないのだろうか。




今、目の前には母が持つ写真と同じで笑顔がある。

短く黒い髪、黒い瞳、右目には泣きぼくろ。

色が白いけど貧弱には見えないしなやかな身体。

すらっとした長い脚。




「……………今村 京介。」




そう。アイドルの名前は今村京介。

何時もイメージカラーとして青いシャツを着ていた、青いシャツのお兄さんだ。

彼もこの世界にドロップをしていたというの?


「凄い昔の名前を知ってるんだね。」

「知ってるも何も、お母さんがずっと…。」

「お母さん?ああ、俺を応援してくれてた人かな?」

「………川北奏。と言えば思い出しますか?」

急に彼の声は失い、一呼吸入れる。

「奏さんの…そうか。君は真琴ちゃんなんだね。」

私は静かに頷く。

「そうか。もうそんなに経つんだね。奏さんは?」

「事務所の次長になりましたよ。今も昔も変わらず仕事の鬼です。」

「奏さんらしいなぁ。」

彼が微笑む顔を見ると、母が持つ写真の笑顔が重なる。

ああ。この事を母が知ったら、どんな表情になるんだろうか。






「おい。俺にも詳しく説明しろや。」

ペチン!と私の額にカズマのデコピンが飛んできた。

「いったあいっ!」

「何でチャックも真琴も知ってんだよ⁈話が付いてけないのは俺だけなんだけど!」

「だからってデコピンは無いでしょう?」

私が反論した途端にチャックこと今村京介は吹き出して笑い始めた。

「そうだな、カズマは分かんないよな。立ち話もアレだから工房に入ってよ。」

そう彼に背中を押されて、矢張り白壁の工房の中へと案内された。


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