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眠り病。
正式名称は無い。その詳細は未だ明らかになってはない。
御主人の話だと主に隣町で発生している病気らしく、読んで字の如く眠って目覚めない病らしい。
患者は私くらいの20歳前後の女性。18歳以下25歳以上には発症せず、男性にも発症してないそうだ。
医師による診断だと単に眠っているだけで特に身体的に病んでる等の異常は確認されてない。
ただ眠っていても生命維持に必要な栄養素を補給しなくてはならないので、点滴で対応し様子を見る方法しか今は無いそうだ。
現在は医学大国であるトゥーマでも原因解明へと早急な対応と処置をと動いているらしい。
「お兄様がトゥーマに向かっていると仰ってましたし、もしかしたら眠り病かと…。まあ、私の勘違いだけで本当に安心致しました。」
そう御主人は深々と私に一礼し、うやうやしく私を見つめた。
確かに年齢も性別もターゲット内だし、1日以上寝てたら勘違いもしちゃうよな。
「本当、ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですので。」
いいんですよ。と御主人は優しく声をかけてくれる。優しいおっちゃんで良かった。
「ところで、御兄妹でお出掛けでも?」
「ああ。共通の知人に会いに行くので、夜までには戻るわ。」
カズマがそう答えると御主人は「かしこまりました。」と一礼する。
「それでは明日には出発ですね。」
「そうだな。真琴も目ぇ覚ましたし。本当、色々世話になったな。」
「とんでもございません。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ。」
終始対応が丁寧だった御主人に見送られて私達は宿屋の外へと出た。
抜ける様な青い空。
その青に映える白い建物。
窓からはこじんまりとしている印象だったけど、街全体としては綺麗で明るい印象な街に見えた。
人々も楽しそうに道を行き交い、活気もある風に感じる。
「みんな家がお揃いで可愛いね。」
「この街の特徴の1つだよ。」
デジッツの傘下であるルッツ。
主な産業は鉱山で、近くにそびえる山々から様々な資源を掘削出来るそうだ。
この街に住む人々の8割は鉱山で働く関係者らしい。
鉱山とかってもっとこう暗いイメージがあったけど、街全体はそれを感じさせないな。
「ルッツは比較的最近出来た街で、住民から意見を取り入れて区画整理をしたんだ。」
「へぇ。綺麗に感じた理由ってそれかなぁ。」
「それだけじゃねぇとは思うけどな。ルッツの人々は街を綺麗に使ってくれてる。コンチとは大違いだし。」
時々通り過ぎる人々の殆どが見知らぬ私にも「こんにちは」と会釈してくれるので、慌てて私も頭を下げて挨拶する。
これは街全体の特色なんだろうな。
そして流石はカズマ。
そうは言っても国内の事は詳しく解説が出来るんだもの。やっぱり王族、やっぱり王子様なんだな。
「そうだ。ついでだから支部に寄ってくか?チャックの店に行く途中にあるし。」
そうだね。一昨日の騒ぎもあるし、一応挨拶してお詫びの1つもしておいた方がいいかな。
そんな思いが横切り、私は頷いた。
幾つかの可愛らしい家々な前をしばらく道なりに歩いて行くと、他の住宅と同じ白壁の正方形に近い建物に辿り着く。
その建物が直ぐにセントラルの支部だと分かったのは、建物の横に見慣れたジープが止まっていたから。
フェルタ達が乗っていたジープと形も色も一緒だったので、恐らくセントラル専用車両はこれに統一しているんだろう。
「ここだね。」
「おう。ソラは居るかな?」
白い扉を開けると長いカウンターがあり、その中には短い茶色の髪をした男性が座っていて私が室内に入ると同時に目が合った。
「ソラ!」
「あれ?カズマ様、忘れ物ですか?」
「いやさ、真琴がようやく目を覚ましたから。」
「そうでしたか。」
スッとカウンター内で席を立ち、ソラと呼ばれた男性は私に向かって一礼した。
「少尉から詳細は伺ってます。真琴さんですね。」
フェルタ達が着ていた制服と同じ服を身につけていた彼は、丁寧に挨拶してくれた。
「ルッツ支部在籍のソラです。この度は大変でしたね。体は休まれましたか?」
「あ…はい。」
サッと手を差し出してくれたので、そのまま握手を交わした。
私の方は充分過ぎる程に眠ったから体も頭も完全回復を果たしてスッキリいる。1日以上寝てたからなぁ。
「これからチャックの所に行くんだ。」
カウンターに寄りかかりながらカズマは嬉しそうに話を続けてた。
「ああ、それで寄っていただけたのですね。御苦労様です。」
「通り道だから気にすんなって。」
なんだかフェルタとは違って、色々丁寧な人だなぁ。こういうお兄ちゃんって市役所の市民課とかに居て、収入印紙とか売ってそうだ。
ってかフェルタはイレギュラー過ぎるのか。あのキャラクターは。そうだな。うん。
「そうだ。カズマ様がコンチに置いてきた荷物を先程回収しましたので、車に積んでおきましたよ。」
「お。そうか。早かったな。」
「午前中に列車の試運転に荷物を積んで貰えたので早く回収が叶いました。何か足りなかったら大変でしょうから、後程荷物の中を確認しておいて下さいませ。」
あ。そういやカズマ、バックパックを持ってたっけ。
夕飯食べるからってコンチの宿屋に置いて来たのを薄っすら思い出した。
知らない人に襲われてドラゴン騒ぎになって寝ちゃったからすっかり忘れていたわ。
それで思い出した。
「あの…ソラさん。」
「あぁ、ソラで良いですよ。それでどうされました?」
「じゃあソラに聞きたいんだけど、コンチってあれから大丈夫でした?」
恐る恐る聞いてみたけど、そんな私とは対照的な笑顔でソラは
「ええ。大丈夫でしたよ。」
そうアッサリと答えてくれた。
「強いて言えば街路樹の葉が必要以上に落ちたくらいです。僕が駆けつけた時はそんな感じで、あとはチンピラが泡吹いてました。」
良かった。ソラの一言で心底安心した。
この世界に身を置いてる限りはタトゥーシールを貼らなきゃいけないんだろうから、次からはデザインよりも機能性を重視する様にしよう。そう心に決めた。
ソラとは後2〜3つ日常会話を交わしてから支部を後にして隣に駐車してあったジープに寄り、カズマのバックパックの中を確認した。
数分ブツブツ言いながらカズマはチェックを終えると
「よし。窃盗無しで大丈夫だな。」
「窃盗って、随分と物騒な話ね。」
「コンチに安全な場所はねぇからな。下手したら宿屋でも窃盗なんかあり得る話だぜ。」
そんな話を聞くと、ルッツとコンチって同じデジッツの傘下なのにこうも違うんだね。
本当、デジッツって領土が無茶苦茶広いんだろうな。
「さーて。チャックの所に行くかな。もう50メートル先を曲がってすぐの所だから。」
ぐっと背伸びをして歩き出したカズマの後に私も続いた。