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「あの女か?ドラゴンの残留物を持ってるって。」
「ああ。街の外でセントラルの奴と居たのを見た。」
そっか。あの人達って今朝の騒ぎでの人集りに居た人達か。
「さっき鱗をその男に渡してるのを見たから、少なくとも鱗は持ってる筈だ。」
「現場には何も無かったからな。コイツらが全部持ち帰っているかもしれないな。」
「あの籠、怪しいな。あの中か?」
好き勝手言っている3人組はジリジリと私達に近寄る。
私は何とか気合いで痛む足を浮かす様に立ち上がる。
「お前、大丈夫か?」
「全然大丈夫じゃないっ!」
凄く痛い。立ってるだけで額に嫌な汗が出てきた。
この状況だって全然大丈夫じゃないし!
私はもう今は走れない。仕方がない、鱗を差し出すしか道は無い様だ。
ごめんね。ドラゴン達。
「なあ、お嬢さん。」
ゆっくりと左端にいた男性の1人目が私に声を掛けてきた。
ただ、じっと次の発言を待ってみる。
「申し訳ないんだけどさ、もってる鱗、貰えないかな?」
「俺達さぁ、金に困ってんのよ。お嬢さん助けてくんない?」
中央にいた2人目の男性がニヤニヤと薄ら笑いを見せながら私に近寄る。
一歩後退してみたけど、やっぱり足が痛い。
「どうしよう、カズマ。」
「逃げるしかないな。俺がお前を担ぐからさ。」
「もうさ、鱗渡しちゃおうよ。」
「それはやめた方が良い。目ぇ付けられて、コンチに来る度にカモにされるぞ。」
「でも…。」
「俺の居住区は此処だからそんな真似は俺が困る。」
ジャケットの袖をまくって、カズマはジッと3人組の方へとガン飛ばしている。
この人も強いんだっけ。
指示したのは私だけど、赤黒いドラゴンを脳震盪させた張本人だからな。
「お前等さ…」
「男は黙ってろ!オメェは貰った鱗を置いてけ!」
右端にいた3人目の男が、物凄く低く響く声で怒鳴り散らす。
「黙ってろとは何だぁ?阿保言ってっと痛い目合わすぞ!ゴルァ‼︎」
「残留物を殆ど持ってねぇ男には用がねぇんだよ‼︎」
ああ…なんか口喧嘩が始まっちゃったし。
私の隣で怒号と罵声のキャッチボールが凄い。もう只のヤンキーの喧嘩だわ。コレ。
少し引き気味でカズマのやりとりを見ていた時だった。
遠くから小さな金属音が聞こえた。
その音の方へと見ると、少し大きめの拳銃が1人目の男の手の中にあった。
勿論、銃口の先は私だった。
「お嬢さんごめんね?渡してくれないなら、少し痛い目にあってから貰うね。」
「え…。」
声が震えてしまって言葉が思う様に出てこない。
ピストルなんて初めて見た。
そして突き付けられるのも、当たり前だけど初めてだからどうして良いのか分からない。
此処で終わりか…。
結局はドラゴン絡みで私は死ぬのか。
ドラゴン騒ぎは何とか終結したけど…コレは無理っぽいな。
ふわっと左足に風が流れる。
やたらと熱い風だったからハッキリと分かった。
左足に熱と風が混じって渦巻いてる。
そうだ。そこにはドラゴンのタトゥーシールが貼り付けたままだった。
これが何かを起こそうとしている。これはその前兆だ。
こうなったら一か八かの勝負だ。
何が発動するか分からないけど、今の状況を打破するのはタトゥーシールの能力しか無い。
そっと目を閉じる。
瞼の裏に出てきたのはあの子だった。
獰猛だった、赤黒いあのドラゴン。
あのドラゴンの様に大暴れ出来れば、この場を振り切れるかな…。
ドンッ…!と重低音が辺りを響かせた。
拳銃の引き金を引いた音では無い。
誰かを殴り倒した音でも無い。
私の頬を暖かい風が撫でていく。まるで風の中に身を隠している様だ。
「おい!真琴!何したんだ?」
カズマの声が直ぐ隣で囁く。何したって…言われても…。
とにかくそっと目を開けると、隣で困惑気味な顔をしていたカズマが更に続ける。
「なぁ真琴、コレって貼ってあったシールか?」
「う…うん。」
「何をイメージしたんだ?」
「赤黒いドラゴンみたいな強靭な力とかだけど…違うみたい…だね。」
改めて辺りを見渡す。
どうやら私と隣に居たカズマはドラゴンの背中に居るみたいだ。
しかもイメージした例の赤黒いドラゴン。
ワッサワッサと私達の両サイドで翼は大きく動いてるのを見ると、どうやら地上から離れてるみたいだ。
下から男3人組の怒号と他の人間だろう、様々な歓喜の声や悲鳴までもが聞こえてくる。
そう。コンチは軽いパニックになってるのだ。
「これって、私がドラゴン召喚しちゃったって事?」
「そうだよ!こんなん出来る奴はお前だけだっ!」
まぁ…そりゃそうかもしれないけどさ…。だけど…この状況、どうしよう‼︎
「カズマ、どうしようっ!」
「とりあえずこのまま逃げ切っちまおうぜ。余計な面倒が起こる前に。」
「うん。でも…。」
ドラゴンって、どう動いてくれるんだろうか?
今朝もドラゴンには触ったけど、乗ってはいない。
ドラゴンマスターのフィンを思い出すけど、手綱があった訳でもないし号令や道具を使ってた形跡も無かったので全然ヒントにもならない。
「ねぇカズマ、ドラゴンってどう動かすの?」
「俺も知らねぇ。」
「えー!」
「何か話掛けろ。ドラゴンは利口な生物だから理解してくれんだろ。」
「うん。やってみる…!」
心に決め、ゆっくりとドラゴンの背中から頭の方へとよじ登って近付いた。
ドラゴンの起こす強風に煽られて、体の全部が持っていかれそうだったけど必死で首辺りにしがみついた。
「ねぇ、君は…今朝会ったドラゴン?」
ギロリと爬虫類特有の瞳が私に向かれる。
一瞬ビクッとしたけれどその瞳は次第に細くなり、ギャイギャイはしゃぎだした。今朝の子で間違いない。
「突然でごめんね。私達下の拳銃持ってる人達に狙われていて困ってるの。この場所から逃れる?」
高らかな遠吠えを披露してくれると私達を気にする様にゆっくりと上昇して行く。
「真琴!東の方に飛べるか聞けるか?」
「君、東の方に飛んでくれるかしら?お願い!」
直ぐに悟ってくれたのだろう。
ドラゴンはある程度の上昇を止めると、体を大きくくねらせてコンチ上空を泳ぎ始めた。
此処まで来れば落ちない限り大丈夫と言っても過言では無いだろう。
街を見おろすと派手なくらいに瞬いてたネオンサインや商店街の灯りが、宝箱に閉じ込めた宝石の様に見えた。
「凄い…!凄いよ!カズマ!超綺麗‼︎」
「おう。中々な絶景だな。」
よいしょっとカズマも私が居る位置まで登って来た。
「空から見ると、コンチもギラギラした街に見えないね。」
誰の声も聞こえない。
ただ風の切る音だけが私達を包んでいる。
「でも流石に生身で上空は寒いね。」
「当たり前だ。でもこの調子なら日付けが変わる前にはルッツに着くぜ。」
サッとカズマはジャケットを脱いで、私の肩に羽織り掛けてくれた。
「お前が風邪なんか引いたら俺の報酬に響くからな。暖かくしてろ。」
「……………うん。ありがとう。」
照れ臭そうにしているカズマの背後を見ると、だんだんとコンチの眩い光は消え行く様に小さくなっていった。