1-27
ポーン…。と居酒屋の喧騒からはかき消されそうな弱い電子音が不思議と私達だけに響いた。
同時に視線をくばった先はカズマの端末機。この音だろう。
「何か連絡?」
「んー。あ、フェルタからだ。」
最後の一口を頬張り、空になった皿の上にスプーンを置いてカズマは端末機に集中した。
様子を見ると少しだけ笑ってそのまま端末機を私に手渡した。
「フェルタがやってくれた。列車も明日は動くみたいだ。」
そのまま画面に映し出された文面を読み上げる。
『本来ならまだ列車は動かないんだけど、明日の朝にルッツ迄のテスト運行があるらしいから特別に乗せて貰える様に通達しといたから。運賃はかからないけど、パスカードが乗車券代わりになるから提出忘れないで。
ちなみに列車の件は相当僕の身が削れる思いをしたからね。高いよ。』
「何だろう?身が削れる思いって。」
「別に大した事ねぇさ。たまには身でも骨でも削れれば良いんだって。」
御馳走様!とカズマは空いた皿を重ね、何時もの調子でタバコを咥えた。
まぁ…あのフェルタの事だ。例え苦労をしたとしても飄々とやってのける姿が容易に想像出来る。
文面もそこまで恨めしい感じはしないから、大丈夫だろう。
「私も御馳走様でした!何か久々にお腹いっぱい食べた気がする〜!」
静かにカズマのタバコに火が着くと、ゆっくりと煙が踊る様に上がって行く。
「よし。じゃあ腹が落ち着いたら宿に戻っか。それとも行きたい所とかあるか?」
「行きたい所って言っても、私はコンチの事は分かんないもん。」
「そりゃあ確かに。此処の8割は博打場だし、女にはつまらない場所だな。」
「私はもうインチキの手伝いはしないからね!」
「はいはい。」
ふわっと煙の甘い香りが私の鼻をくすぐる。
相変わらず私達の周りは賑やかだ。
そのまま私達は料理の話や天気の話とか、差し当たり無い話を交わして時間を過ごしていた。
どれくらい居酒屋に滞在していたのだろうか。
私達が外に出ると外はすっかり暗くなり、昨日も見たまばゆいばかりのネオンサインが煌めいている。
今は何時なんだろ?
時計は持ってないし、時計代わりだったスマホも依然行方不明のままだから不自由で仕方がない。
「うーん。時計は欲しいかな。腕時計とか。」
「時計か。ならこの先に商店街があるからちょっと見に行くか?」
カズマの提案に私も頷き、宿泊先である宿の前を通過してネオンが騒がしい街へと歩き出した。
「っつーかさ、お前、時計買う金あんのか?」
「実はね。今朝町外れの商店でクラウンと買物した時に少し持たせてくれたんだよね。」
カバンの中にあるポーチから2枚の紙幣とコインが数枚を見せる。
日本円と単価が似ているから、安い物なら貰った金額内でおさまるはず。
本当に全てが終わったら何か働いて、クラウンやフェルタにお礼をしなくちゃな。
何だかんだで全てお世話になっちゃってるし、もっと鱗を渡してあげれば良かったかなぁ…。
「ねえ、カズマ。」
ふと気になったので半歩先を歩くカズマに声を掛けた。視線だけ此方を少し見る。
「ぶっちゃけた話、ドラゴンの物って売却したらどの位になるの?」
「うーん。俺も実は詳しくは分からんけど…。」
じっと彼の話に聞き入る。
「鱗は割と入手しやすいから数十万単位かな?角とか爪は少し難しいから結構な額になった筈。」
「数十万…。」
「特に赤黒いのとか、青緑みたいな混合系は希少だから更に高値が付く。」
え⁈赤黒いのあんじゃん!ヤバい。私のポケットだけでどれだけの金額になるんだ?
「じゃあ1番高値なのは何処なんだろう?」
「そりゃあ丸々本体じゃね?ガキの頃にドラゴンの目ん玉がオークションに出品されて、億で落札されたって聞いたけどな。」
「目ん玉?」
「そ。まず今の御時世なら無理な話だけどな。」
「はぁ…。溜息が出ちゃう話だねぇ…。」
「全くだな。まぁ後は良心的な転売店でやり取りするべきだな。店によって取引額は変動するし…って売るのか?」
「違うよ、ちょっと気になっただけ。これは生命の危機に晒されない限り手放しません!」
勿体ねぇなぁ。とカズマは言葉をこぼして、再び前の方へと向き直した。
気付けば街の雰囲気も色々な商店が立ち並ぶ場所に着ていた様だ。
服や装飾品、時計もあるけど…目に入らなかったのか彼はどんどん先へと進んで行く。
もしかしたらこの先にオススメの店でもあるのかな?
「なぁ真琴。」
急に立ち止まった場所はシルバーアクセサリーがギッシリと並ぶお店だった。
時計は…なさそうだ。
次の瞬間、そっとカズマの顔が近付いて私の右耳付近で止まった。こそばゆい感じで吐息が掛かる程近いっ‼︎
「なっ…何?」
「シッ!」
大きな声を出すなと言わんばかりに私の唇にカズマの人差し指が押さえてきた。
一体、なんなんだ?
「どうしたの?」
「後、付いて来る奴がいる。」
「………え?あと?」
「ああ。居酒屋出てからずっとだ。セントラルの人間なのか、はたまた別件な奴かは分からんけどな。」
さり気無く辺りを見回して見るけど、人が多くてイマイチ分からない。………誰なんだろ?
「撒くぞ。走れるか?」
私は静かに頷く。
持っていた荷物を胸に抱えてカズマを見た。
「この商店街を抜けた先に俺のダチが居る店がある。匿ってくれる奴だ。そこに向かう。」
「分かった。」
クルッと私達がシルバーアクセサリー屋に背を向けたのを合図に走り出した。
やや人が多い商店街を縫う様に走ると、背後から「逃げたぞ!」とか慌てた声が聞こえてきた。
誰だろう?知らない声。男性かな?複数が聞こえてくるけど、とりあえず前に向かってただ、ひたすらに走る。
「大丈夫か?」
走るペースを私の速度まで落として、カズマはパッと私の右手を掴んできた。慌てて荷物を左脇に抱え直す。
「アレ、お前の知ってる奴か?」
商店街を抜けたか、やや寂し通りへと出た。住宅街か似たアパートが沢山立ち並んでいる。
しかし私達の背後には見知らぬ男性が3人追いかけて来る。…………誰だ?
「誰だろ…?」
「真琴の知り合いじゃねぇんだな。」
どれくらい走ったかな。
最近走る事が無いから無茶苦茶へたってきた。
足が辛い。もつれそうだ。
「あ!」
足が上手く運べなくなったと同時にカズマの手も勢いで離れた弾みで、私は地面へと滑り込む様に転倒してしまった。
「真琴!立てるか?」
「………足、少し痛い。捻ったかな?」
「マジかよ。」
軽く右足首を見る。
既に踝上辺りが腫れてる。そして転んだ時に付けたであろう細かい擦り傷が沢山ある。
「あそこだ!女な方だ、ドラゴンの残留物を持ってるのは‼︎」
万事休す。
私はグッと足の痛みを耐える事しか出来なかった。