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結局、カズマはフェルタにガッツリ絞られて私を介してコンパクトに挑戦した旨を自白させられた。
やっぱり当たり前な話だよね。
「もう!アカデミーでも勉強したでしょ?エレメントを悪用したら処罰が下りますって。」
「いやさ、真琴のエレメントの可能性を見たかったなぁって。」
「じゃあもう見たから当選金は没収ね。」
荷物の紙袋を置くと、スッとカズマの懐から籤売場の封筒に入れられた紙幣の束を抜き取った。
「マジか。」
「マジだよ。全額没収で警備隊には通報しないであげる。発見者が僕で良かったね。有り難く思ってよ?」
フェルタは封筒を自分の懐に入れると軽く溜息をつく。
「その金、どーすんだよ。フェルタ。」
「売場に返還するよ?理由はどうとでもつけられるし、店側だって博打系統だから返還されれば理由なんてなんでも良いし。」
大雑把と言うか怖いと言うか、何と言うか。
隣ではがっくりとカズマはうなだれて、かなり深い溜息をつくと
「フェルタ、お前、着服すんじゃねぇぞ?」
「カズマ!それはフェルタに失礼なんじゃ無い?」
仲が良いからと言っても、それは無いよ。フェルタは悪い事をきちんと諭してくれたのに!流石に私も口を挟んだ。
「まぁ、セントラルの制服着て無かったら僕も同じ事やってたけどね!」
へ?
「だろ?!」
「何しろ今の所は存在しない能力だから、法の目を潜り抜ける自信があるし。」
「証拠もシールだから消せる。」
「だけどさぁ、今は一応勤務時間内だしね。来週だったら良かったんだけどね。」
おいおいおいおい。
何言っちゃってんのよ。この2人は。
無茶苦茶な話をサラサラと交わしちゃってるし。
「まぁ、これだけの札束だから…能力は発揮したみたいだね。」
改めて懐を見ながらフェルタは続けた
「やっぱシールの影響かなぁ?僕もタトゥーシール貼ったら能力の付け替えが出来るかなぁ?」
「普通に考えたら無理だろ。んな話なら、シールで遊んでるそこら中のガキんちょ全員が能力者だ。」
「だよねー。」とフェルタは腕を組んで再び私の左手首に視線を寄越した。
そのまま視線も交わすとフェルタはおもむろに私の右手を取って指を絡めながら
「ね。他のシールを貼ってみていい?」
「え?」
「僕も知りたいんだよね。この世界では有り得ない話だし、セントラルとしてもある程度把握はしておきたいし。まぁ1番は…。」
フェルタの目。まるで子供の様に爛々としている。
これって、一言で言ってしまえば
「単純に興味本位で見たいだけでしょ?」
「そう!本当に真琴は察しが良いねぇ!!」
決して察しが良い訳じゃない。彼が非常に分かりやすいのだ。この人は絶対に自分の欲望に忠実なタイプだ。間違いない。
私の諦めた溜息を一気に払拭する程、フェルタの笑顔が輝いて見えた。
「でもね、フェルタ。とりあえずここは店舗前だし、公道なので…。」
そう言って移動したのは、店舗より少し歩いた小さな公園だった。
公園といっても小さな噴水が申し訳無さ程度に吹いてるだけで、人気も無いので寂しい印象があった。
だけど寂しいとは遠くかけ離れた明るい声が私の目の前にはあった。
「じゃ〜始めますか!」
………スッゴイ嬉しそう。フェルタ。
まるで新しい玩具を買って貰った子供の様だ。
公園手前で購入した違う図柄のタトゥーシールを数枚と、シールを剥がす用のやや粘着力があるテープを一巻き持って「腕出して〜!」とブラウスの右腕部分をクルクルと綺麗に捲り上げた。
「ねえねえ!真琴はどれがいい?」
「どっ…どれでもいい…です。」
押せ押せな空気にのまれて返事をする。
「おう真琴、嫌なら嫌だと言わねぇと、フェルタの暴走な止まらねーぞ?」
「はっ…暴走?」
「失礼だなぁ。そんな暴走なんて僕はしないよ!」
そうフェルタは「じゃあこれね!」と噴水の水を少しつけながら新たなシールを右腕に貼り付ける。
ペリッと台紙から剥がされると、渦巻く炎の円が描かれていた。
「これは…火?」
「うん。先ずは基本とされてる火、水、風、地を試そうと思ってね。」
マジマジとシール部分を見る。
前回同様、貼られた迄は大した変化はないんだよね。
「じゃあ真琴」とフェルタから声が掛かる。
「それじゃあ出してみようか!火!」
出してみようか!と言っても、当たり前だが出し方が分かる訳が無い。
困ってフェルタを改めて見つめるも、首を傾げて
「あれ?出せない?」
「んな気軽に火が出せる訳無いでしょうが!」
「あ!そうだね〜!」と頷きながらフェルタは私の隣にに回って来た。
「先ずは基本的な発動の仕方、教えるね。」
発動の仕方?
「と、偉そうに言っちゃったけどなんて事は無いんだよね。兎に角イメージ。」
「イメージ?」
「そ。例えば火でも色々あるでしょ?蝋燭に揺らめく火。焚火で燃え上がる火。火山活動が活発な火。」
私はただフェルタの話を聞き入りながら頷く。
「それをイメージして出すんだ。とりあえず右手に蝋燭の火をやってみようか?」
ポンとフェルタは私の肩を叩く。
蝋燭の火。
夏、花火で遊んだ蝋燭を思い出す。
揺らめく火。
目をそっと閉じて小さな灯火を脳裏に浮かばせると、ふんわりと右手に温かさを感じる。
ゆっくり目をやると、小さな火が右手の中で揺れていた。
これは…成功?なの?
「出たな。」
スッとカズマはタバコを咥え、私の右手に近寄る。
そのまま顔を近づけて私の掌に灯る火にタバコの先端を付け、ふわっと辺りには煙が充満した。
「ん。本物だ。」
そうゆっくりとタバコの煙を潜らせてカズマは私を見た。
「じゃあさ真琴、次はコレにしよっか!」
「え?あ、うん。良いけど…この火は…?」
「イメージ。消えちゃう姿を思い描いて。」
フェルタに言われたままにふっと息を吹き掛けて消える蝋燭をイメージすると、私の掌に灯る火もふっと消えてしまった。
右手の暖かさも何も感じない。
まるで魔法に掛かった様な気持ちで溢れた。
そんな私とは裏腹に、フェルタは又違うデザインを鼻歌混じりに選んでいる。
それから更に時間は経過したに違いない。
シールを水で貼ってはイメージしてみる。
雷なら雨の日を思い出し、風なら街に春一番が吹き荒れるのを思い出す。
すると不思議と私の右手から電気が走ったり、風がふわりと吹いたのだ。
そう。まるで魔法使いにでもなった様にだ。
「信じがたいけど、やっぱシールを貼ると影響するみたいだな。」
腕を組んでフェルタはまじまじと私の両腕を見る。
「とりあえず全部剥がして、何も無い状態から又貼ったらどうかな?カズマも剥がすの手伝って!」
気付いたら右腕も左腕も色々なシールが貼られて、何が何だか分からない状態になっていた。
正直な話、もうクタクタである。
「なんだかケビンの腕みたいだねぇ。」
「ケビン?」
「俺達アカデミー時代のダチだよ。」
フェルタの話を聞き返したらカズマがテープを切り取りながら質問の説明してくれた。
「体中がタトゥーだらけなんだ。元々何の能力を持ってるか分からないくらいに。」
ふうん。
ふと想像したのがテレビで見たライブ中のロックンローラー。
胸や肩、両腕両足にびっしり彫り込まれたアーティストを思い出したが、あんな感じ?
確かに私の腕もあんな感じかも。
ただ考え無しに貼ったので汚く、統一性が一切無いけれどね。
「そーいや、ケビンって来週この界隈に来るでしょ?カズマは知ってた?」
「ああ。確かワールドツアー中だろ?アイツ。そーいや半年は会ってねぇや。」
ワールドツアー?
スポーツ選手かアーティストとかかな?もしくは旅行代理店とか。
でも体中がタトゥーだらけって話だから、旅行代理店の線は無さそうだな。
「フェルタの数少ない友達ってやつ?」
「うん。カズマとケビンともう1人居るんだけど、僕が友達と呼べる人間はその3人しかいないね。」
友達。か。
昨日迄は両親とか会社とか友達とか。
色々考えていたけど、なんだか色々ありすぎてすっかり忘れていたな。
タトゥーに現れる異能力。
欲望に忠実な役人。
上司が好き過ぎる役人の部下達。
グリズリーを仕留められる農家。
実は王子様な何でも屋。
甘え方がうっちゃり並みのドラゴン。
視線を外してくれないドラゴンマスター。
濃い。この世界は濃過ぎるかもしれない。
ペタペタと私の腕に貼られたシールをテープでひたすら剥がす2人を見て、やや複雑な溜息を私はついたのだ。