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目の前を見ると青ざめた白毛混じりの店主が口を開けたまま震えている。
その下を見ると名刺サイズのカードが3枚、無造作に並べてある。
続けて左側を見ると、下にあるカードを見ながらカズマも店主同様に口を開けたまま震えていた。
再び下にあるカードに視線を戻して内容を確認してみるとカードには数字が印字されていて、それぞれの数字が
「2、4、1。」
「当たった。」
左隣りから小さくカズマの声が届いたと同時に上から賑々しくファンファーレが鳴り響き、続いてカーニバルが始まったかの様な音楽が鳴り響いた。
当たり前だけど、辺りを歩いていた人達は歩みを止めて好奇の目で私達を見ている。仕方がないか。だけども…。
「恥ずかしい。この音楽。」
「馬鹿!高額当選の時しか流れない有り難い音楽だぞ?俺も初めて聞いた!」
「歩いてる人の殆どがジロジロ見てくんだもん。」
「それよか1等と2等だぜ?トータル110万ルカだ!!」
いよいよ隣で小躍りを始めたカズマ。これはこれで、これも恥ずかしい。
確か私の世界と単価は同じ感じだったから、そう考えると確かに110万と言う金額は高額当選だ。
当面の旅費としては充分でしょう。
そもそもはフェルタの用事ってのがこの籤売場の前にあるスコーン屋で、私達は時間潰しでこの籤売場に入って来た。
少し小洒落た建物の中には様々な籤が販売されて、毎日手軽に購入する事が出来る。
日本で言う宝くじやスクラッチ、と言えば分かりやすいかな。そう言う物の総合デパートの様だった。
初めはカズマの「俺の1.000ルカやるからさ、真琴が何か引いてみろよ。」だった。
乗り気はしなくて断ったんだけど
「旅費を稼ぐんだと思ってさ。だって日当が即時支払われるなんて訳無いだろ?」
「そりゃあ…そうかもしれないけど…。」
「自慢じゃないけど今月は仕事ゼロだから、手持ちもこれでゼロなんだよね。」
「げ。今日までカズマはどう生きていたの…。」
「でさ!俺って引きが強い時もあんだけど、最近全然でさ。だからお前がやってみろよ。な?」
そんな感じで選んだのが「コンパクト」と言う設定金額はそこまで高額ではなく、1番手軽で簡単に買える籤を購入した。
100ある箱から好きなのを選び、その中にあるカード型の籤が何枚も入ってるのでそこでも選ぶそうだ。
そのカードにはスクラッチシールの様なのが1ヶ所貼られていて、そこを削ると当選番号が出るって流れなのだ。
1枚200ルカ。買えるのは5枚。
いざとなったらドラゴンから貰った鱗を1枚売って旅費に当てよう。そう心に決めて店主に声を掛けた。
「はい。5枚ね。じゃあ好きなの選んで。」
店主背後に並ぶ100の箱、というよりは100の小さな引き出しが見えた。改めて思う。
「どうしようかなぁ…。」
意外と100の数字から5つ選ぶって難しいな。
「お客さん、別に箱は1個の中から5枚でも良いし、5個の箱から1枚ずつでも良いんだよ。」
そうなんだ。
要はどの箱でも良いから5枚引けば良いのね。
暫く沈黙していると、スッとカズマが耳元に近づいて
「天使のタトゥーシール。アレって籤に使えるかな?」
「えっ…無理でしょ?羽根と籤って意味分かんない…」
「静かに。天使や神様とかって羽根持ってんじゃん。もしかしたら運が上がったりさ。」
「その前に、それってズルじゃないの?」
「まあまあまあ。試しにやってみな?」
そうは言っても…ドラゴンの時は無我夢中だったし、どれをどうしたらいいのか分からなかったし。
目を閉じてタトゥーシールが貼られてる左手首に意識を集中する。
すると暖かい光が3つ見つ、箱の数字を照らし出した。
「7、12、60。」
「はいよ。それを出せば良いんだね。」
パッと目を開いてみると、店主はいそいそと其々の数字が印字されてる箱を私の前に並べた。
小さな箱の中にはカード型の籤がパンパンに入っている。この中から5枚。
急にここに来て罪悪感が私の中で芽生えてきたので3枚は左手で気になった所で選んだけど、残り2枚は右手で自分の運にかけてみた。
店主の前に選ばれた5枚の籤を並べ、1枚ずつスクラッチシールを削る。
「はい。ハズレね。」
見事に右手で引いた2枚は白紙のハズレだった。まあ当然だけどね。
残り3枚も丁寧に削るとさっきには無かった印字が見えてきた。
「2だ。カズマ。」
「マジかよ…。真琴、2等だよ。」
「2等?って?」
「は?上から数えて2番目にいいやつ!お前の所は無いんか?こーゆーの??」
「あの…。」
カズマと話してる間を店主が入って来た。
「あと2枚早く削ってくれないか?音がだせないからな。」
音?出せない??
この意味がこの時は分からなかったけど、早く削った方が業務の邪魔にならないんだろうと思い、残り2枚も簡単に削った結果
「2、4、1。」
「当たった。」
以上が今迄の経緯である。
しかし、恥ずかしい程の音楽は大音量で止まる事は無い。
「おじさん…この音楽はいつ止まるの…?」
「いやあ…コンパクトで57年も店に立ってたけど、1等と2等を同時に当てた人は初めてだよ。」
しかし店主の興奮は治る様子は見えない。
「あの…音楽…周りの目が…。」
「一瞬、エレメント詐欺かと思ったけど君は違うから!」
うっ…エレメント詐欺。
「おじさんは分かるの?」
「籤売場の店主は全員『透視』のエレメントを所有しているからね。勿論私もだ。でも君の身体には翼のエレメントしか無い。それは風のエレメントだろう?」
「あ…はい。」
押し寄せる賑やかな音楽に押し寄せる罪悪感。正しくこれは詐欺。
おまけに風のエレメントなんて嘘ついちゃったし!
この世界は分からないけど、元の世界じゃ完全に警察のお世話になるレベル!!
ごめんなさい…本当にごめん…
「はいはいはいはい!おっちゃん!」
ガッと私の肩をカズマが引き寄せてきた
「早いとこさ、換金しちゃって!俺達これから出なきゃならないからさ!」
音楽の音量に負けない大声で叫ぶ様に話を進めた。
「ああ。そうだな。今用意するからな。」
いそいそと店主は店の裏へと消えてゆく時には恥ずかしいだけだった音楽も静まり、周りの人達も何事も無かった様に其々の籤を楽しんでいた。
それからは実に曖昧な記憶だった。
私が罪悪感に飲まれてぼんやりしている間にカズマはそそくさと110万ルカを懐にしまい、私の右腕を掴んではそそくさと籤売場を退散した。
しかし『当たる罰は薦着ても当たる』と言うのか『天罰覿面』と言うのか。
籤売場を出て待っていたのは
「あのファンファーレ、カズマ君でしょ?」
両手一杯に紙袋を提げてるフェルタが、何とも言い難い笑顔で待ち受けていたのだった。