1-21
「凄かったねー!」
本当に驚いた表情のフェルタを初めて見たかもしれない。
私はカズマとフェルタ達の元に戻った開口一番がそんな一言だった。
「何が凄かったの?」
自分から見てみれば、髪はぐちゃぐちゃヘアピンもズレまくってるわ服は皺だらけになるわ、巨体の体当たり級の戯れあいに合うわで一体どれが凄いのか分からない。
凄いと言うよりは酷いの方が合ってる。
「ドラゴンだよ!僕からしたら今の真琴の髪型が斬新過ぎてそれが一番だけどね!」
取っ手が付いてる〜!と感心顔だけど、相当髪がぐちゃぐちゃなんだな。早く鏡が見たい。
「本来ドラゴンは人前に出ませんからね。しかもあんな風に人とは馴れ合わないと言う話ですからこれは驚きですよ。」
口に手を当てたまま矢張り驚いてるクラウンがそう言ってくれた。
なるほどね。驚かれた理由が分かったわ。
「私は昔から猫とか動物に懐かれるからそれじゃない?」
「ドラゴンと猫を一緒にすんな。」
呆れた顔でカズマが突っ込んでくれた。
確かに猫とドラゴンは比べ物にならない差があるけど、あんな戯れ具合を体験した私にとっては同等だ。
「ところでさ、真琴はマスターと何話してたの〜?」
もう何時も通りで緊張感ゼロな口調でフェルタが聞いてきた。
「話はほとんどしてなくて…名前聞かれたのと…ありがとうって。上手く言えないけど…とか言ってたかな?」
「ありがとう?」
「私も良く分かんないの。アレじゃない?ドラゴンを殺さなかったからじゃない?」
「そお?でもドラゴンを殺めないのは常識だよ?」
「面倒になって殺そうとした人が何言ってんのよ。」
やれやれと返事をしながら、とりあえず手櫛で髪を整える。
完全に静まりかえった荒野。
先程の騒ぎが嘘の様に優しい風が私達を通り抜ける。
「それではフェルタ様は如何なさいますか?」
にっこりと笑顔のシロンがそう口火を切った。
そうだよ。これじゃあ出発出来ないじゃん。
「車両班も来るし、このボロっちいジープに関してはシロンが対応してくれる?」
「はいっ!」
満面の笑みと朗らかな声でシロンは答えた。
「後ねシロン。セントラルに帰還して、速攻でルーク大尉に事情説明をしてラウム班長に明日迄に車両手配を出来る様に動いてくれるかな?」
「はいっ!」
「それとね…。」
フェルタはそのまま考える様に空を見上げると
「ヤーパンから恐らくレスポンス来てると思うから視察日程を組んで置いてね。それと明日使うレーザン国で着る僕の式典用の制服を一式用意しておける?サーベルと靴も。」
凄い気軽にサラサラとフェルタはシロンに振ってるけど、後半は仕事と言うより自分の事だよね…?
流石にシロンも嫌なんだろうな。そっとシロンを見ると
「承知しました!早急に対応致しますね!」
あ。やっぱりフェルタの言う事は絶対なんだな。
恐るべし。恋する乙女の行動力。
「フェルタ様は如何されますか?」
「僕はコンチで買物してから帰るよ。後で来ようと思ってたけど色々あったからもう店が開く時間だし。」
「………残念です…。」
みるみるとシロンの表情は急降下している。
「代わりにクラウン置いてくから!大丈夫だね!」
そうフェルタへ改心の笑顔を見せるとシロンはしぶしぶ「はい…。」と返事を返した。
意気消沈のシロンと穏やか表情のクラウンに別れを告げ、再びコンチの街中へと私達は歩き始めた。
そういや。
「フェルタも単体で行動するのね。」
急にそんな事を聞いてみた。
「するよー!当たり前じゃん!」
何時もクラウンが隣に居てアレコレやっていたから何か不思議な感じがする。
「お前が自由に歩くと色々と面倒が起こると思われてるんじゃね?」
鼻で笑いながらカズマは私を見たので「まぁ、そんな感じ?」と素直に答えた。
「失礼だなあ!毎回トラブルが着いて来る訳無いじゃん!」
「強ち間違いはねーぞー。」
タバコを咥えながらカズマは愉快そうだ。
コンチの出入口周辺まで来ると、何人かの人集りが出来ていた。
恐らくさっきのドラゴン騒ぎが原因だろう。
無理ないよね。話に聞く限りドラゴン自体がこの世界でも珍しい生き物だからな。野次馬も来て当然だよね。
「なあアンタ、セントラルの人間だよな?」
野次馬の中の男性がフェルタに問いかけて来た。
「外は…大丈夫なのか?」
「暴動したドラゴンについては既にマスターが回収したので解決してます。」
うわ!普通に笑顔で対応している。本当の役場の人みたいだ。
「ただ被害を受けた物がありまして、それを回収するのに1時間程度は立ち入るのを遠慮頂きたい。回収が済めば大丈夫ですよ。」
「そうか…ありがとうな。」
はい。と軽く会釈をしてフェルタは颯爽と野次馬の波をかき分けて街へと入っていった。
そう。それはまるで…
「猫、かぶってる。」
「もー!なにそれー!」
おいおい。さっきの役場フェイスはどこ行った。
人集りが無くなった途端、何時もの調子に戻ったフェルタは頬を膨らませていた。
「しかし…やっぱりドラゴンって珍しいんだね。人が集まったままだ。」
「珍しいってより、あの人達はドラゴンの残留物が欲しいんだよ。」
「残留物?…って、フェルタ、何それ。」
「ドラゴンの鱗とか、角とか爪とか。」
ふとスカートのポッケに入れたままの鱗を思い出す。
赤黒いのと緑のが数枚。無造作に入れたせいか時折、小さくシャランと音を出している。
「ドラゴンの物は縁起が良いってんで、御守りにしたりするんだ。」
カズマはタバコに火をつけて説明を続けてくれた。
「色合いも良いから装飾品にしたり、武器の合成や強化にも使える。まぁぶっちゃけた話、ドラゴンの物は全てに置いて万能な材料になるから基本高額で取引されるんだよ。」
「ふーん。」
「多分アイツらは残留物狙い。あれだけ大暴れすりゃあ何かしら落ちてるだろうな。そりゃお宝が落ちてるんだからな、1時間くらい全員待つわ。」
そう言い終えたカズマは間髪入れずに「あ!俺も探しときゃ良かった!」と頭を抱えていた。
あれって…そんな貴重な物だったんだ。
『ドラゴンは神聖な生き物で神に等しい存在なのです。』
クラウンの言葉を思い出していた。
何故私を襲って来たのか?
神様に等しいとされてるドラゴンは私がこの世界で「異物」と判断したかせいか。
フィンはハリケーンの影響って言ってたけど…。
「おい、真琴。大丈夫か?」
ぺちん!と正面からおでこにデコピンを受けた。
声の主から犯人はカズマに違いない。
「痛い!カズマ!!」
「んな強くやってねーし。あ、お前も残留物欲しかった〜とか考えてた?」
「違うし。」
「俺は欲しかったな〜。吹き飛んだ角があれば暫く遊んで暮らせたぜ。」
溜め息混じりで隣を歩くカズマに、そっと鱗の1枚を差し出してみた。
「鱗!しかも赤黒いの!何時拾ったんだよ!!」
「拾ってないよ。ドラゴンが私にくれたの。」
「はあ?マジかよ…。」
そんなやりとりで歩みを止めてたせいか、少し前に歩いてたフェルタも戻って来た。
「本当だ。良いなぁ赤黒いの僕持ってないし。」
「じゃああげる。」
フェルタの胸ポケットに持ってた赤黒い鱗を入れてあげた。
カズマも「ずるい!ずるい!」と騒ぎ出したので同じ赤黒い鱗を1枚探して手渡した。
「ってかさ、お前何枚持ってんの?」
「あ、分かんない。何枚かまとめて貰ったから。」
「マジか。お前さホイホイ渡してるけど、コレの価値が分かってねぇだろ?」
「分かる訳無いじゃん。私の世界にはドラゴンなんていないし。文句付けるなら返して。」
「真琴様!ありがとうございました!」
手のひら返しでカズマは頭を下げてきた。調子良いな。
「本当…真琴って面白いねえ。」
フェルタから何か聞こえた気がするので視線を向けると「ありがとね。」とだけ呟きが聞こえた。