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蛇に睨まれた蛙。そんな言葉が過った。
暴れる事は無く、爬虫類特有の目が私の事を射る様に見据えている。
動けない。動いてはいけない。そんな感覚に襲われる。
相手との距離は相当あるはずだが、その距離を感じない。
「……8…いや、10メートルあるか?」
車内からカズマの声が聞こえてくる。
10メートルってどれくらい?もう規模が違い過ぎる。
それだけ大きかったら距離感なんて皆無だ。
息を飲んで浅黒いドラゴンの様子を伺う。
「真琴!乗れ!!」
一瞬、ドラゴンが大きく頭を振り上げたタイミングでカズマの叫び声とジープの扉が開いた。
私は無我夢中で助手席に飛び乗り、扉を閉める間も無くジープは急発進し大きく回転しながらドラゴンから離れた。
しかし次の瞬間、再びジープは激しい振動を受けて燻る様な音を立てながら停止してしまった。
「マジかよ。お前!大丈夫か!?」
「お前じゃないし!大丈夫じゃない!!」
「んだけ口答えしてりゃ大丈夫だ。多分エンジンやられたから一旦降りるぞ。」
「平気なの?」
「セントラルの出世頭とホープが居るんだ。」
ゆっくりとジープから降車すると同時にドンと重い爆破音と振動が地面から伝わる。
カズマの視線がドラゴンの方に向くと何度目か分からない振動にまた襲われた。
それはまるで漫画かアニメを見ている様な景色だった。
唸る様に動くドラゴンに対して、まるで小人にしか見えないフェルタとクラウンが舞う様に戦っている。
いつかフェルタが宣言した通りに連なる様な炎を操り、繰り出してはドラゴンの動きを封じてる様に見えた。
「…火…。」
「なんだお前、知らないのか?」
「だからお前じゃない。」
「口が減らねぇ女だなぁ。」
「煩いわね。フェルタのエレメントは知っていたけど、戦ってるのは初めて見た。」
「火って言うか、アイツのは炎…ってより焔だよな。」
停止したジープを盾に私とカズマは戦況を見守る。
小さく爆破音が続き、右手全体から絶え間なく生み出される炎をドラゴンの足元に投げ放つとドラゴンの動きは止まった。どうやら足止めをしたかったらしい。
その時だった。
ドラゴンのたたまれていた翼が広がり、大きく羽ばたき始める。
その風圧が離れた私達にも捕まり飛ばされそうにる。ジープに隠れていても体が持っていかれそうなくらいだ。
「カズマ!上だ!」
ふとフェルタの大きな声で風圧で閉じてた目を見開く。
さっきまで日の当たる場所だったのが辺り全体が薄暗くなっているのに気付きそのまま上を見上げると、ドラゴンのその巨体が私達頭上に浮遊してした。
再びドラゴンと目が合ってしまう。
目的は………私か?
大きくドラゴンは首を振る。何が起こるのか分からず私はただ目を強く閉じる。
「畜生!」
カズマの声が届いた時だった。
体に幾つかの水しぶきがかかった。
恐る恐る目を開けると目の前にはクラウンと更に前には大きな水の波紋が広がっていた。
「………水…の壁?」
「あのドラゴンは炎属性のドラゴンです。この防御ではたかが知れてますが時間稼ぎにはなります。カズマ様。」
丁寧だけどやや早い口調でクラウンは続けた。
「ここは私が護衛に入りますので、カズマ様は少尉のサポートを。」
「俺か?俺もアイツと一緒だぜ?」
「少尉からの指示ですので。」
キッパリとクラウンは言い切ると、カズマは少し難しい顔をして頭を掻きながら
「分かった。分かったって。真琴。」
バサッとカズマが着ていたジャケットを投げ寄越される。その合間から見えたのはカズマの右腕全体にあった大きく連なった炎のタトゥーだった。
「それ持ってろ。俺の一張羅だからな、落とすなよ!」
「…は…はい!」
うわずった声で返事をしてしまったが、それを合図にカズマは水の壁横から大きくドラゴンに沿って走り抜いた。その先にある場所にはフェルタが居る筈だ。
しかしドラゴンはカズマに見向きもせず、水の壁にグイグイと頭を押し込んで来る。
「………私なの…?」
「理由は分かりませんが、目標は真琴でしょう。」
矢張りそうなんだ。
でもドラゴンに恨みを持たれる事は無い。ずっと半軟禁生活だったんだから。心当たりすら無い。
「そもそもドラゴンは人前に出る事は少なく、温和な性格なので攻撃的な接触はしません。」
「じゃあ何故?」そう言いかけた時だった。
ドラゴンは例の裂く様な叫び声を上げて私達では無く、背後の元の場所へと体をくねらせながら動いた。
多分フェルタとカズマが何かをしたんだろう。
クラウンの水の壁は一瞬にして蒸発し、跡形も無く消滅してしまった。
大きく一息をクラウンはつくと私を見て
「大丈夫でしたか?」
「あ、ありがとう。」
ギュッとカズマのジャケットを抱きしめながらお礼を伝える。
「カズマ…大丈かな?」
「少尉の受け売りですが、アカデミー時代では鬼神と言われてたらしいですよ。」
それって無茶苦茶強いとか神がかってるとかの意味かな?
「じゃあドラゴンを退治出来そう…。」
「それは出来ません。」
ゆっくり振り返るクラウンはそう断言した。
退治出来ない?
「………どうして?」
「ドラゴンは神聖な生き物で神に等しい存在なのです。我々が殺める事は法律で罰せられます。」
「法律…も何も無いじゃない!殺されかけてるのよ?まんまとドラゴンの食い物になれって…」
「ご安心下さい。」
そっと私の背中を優しく支えながらクラウンは微笑んで
「此処でこれだけ派手にやっていればセントラルが気がつくでしょう。ほら、見えますか?あの要塞みたいなのです。」
クラウンの指差す方向に視線をやると、城と言うか正しく『要塞』がそびえ立っていた。全然気が付かなかった。
「今頃ドラゴンマスターに連絡が入って向かっている筈です。」
再びカズマとフェルタの様子を見る。
「そのドラゴンナントカって?」
「マスターですね。この世界の何処かにドラゴンの巣があってドラゴンを管理している人物がいるそうですよ。ドラゴンの全体数も把握してると聞いてますから、はぐれたあのドラゴンを探している筈です。」
ドォン…。
もう分からない何度目かの爆破音を聞きながら、私は助けを待つしか無かったのだ。