第6話
それは突然に聞こえた。
ッツギャアオオオオオォォォォ‼︎
「「「っ⁉︎」」」
ハジメ達は、いきなり聞こえたドラゴンの咆哮に足を止め、後ろを振り向いた。
「嘘だろ⁉︎」
ルークが大きく目を見開く。北の避難所の辺りに浮遊しているドラゴンが映ったからだ。
「あなた、彼らはみんな避難したわよね?」
アマンダが唇を微かに震わせている。
「あぁ、避難してるさ」
「なら、どうしてあそこにドラゴンがいるの?」
「そ、それは・・・」
ドガアァァァァァン
「なっ⁉︎」
「っ⁉︎」
「えっ⁉︎」
ドラゴンが下に向かって『火炎息吹』を吐いたのだ。
地面の振動がここまで伝わってくる。
「・・・い、行くぞ‼︎」
ルークが声を張り上げる。
「で、でもあなた・・・」
「だめだっ‼︎行くぞ‼︎」
ルークはアマンダの手を無理やり掴み走り出す。
「ハジメ‼︎行くぞ‼︎」
「う、うん‼︎」
(あ、あれはヤバい。食らったら塵も残さず消し飛ぶぞ・・・。ん?)
ふと、ドラゴンがこっちを見る。
目が合う。
ハジメの身体中から冷や汗が出てきた。
バサッバサッ
こっちに向かってくる。
(ヤバいっヤバいっヤバいっ)
ハジメは全力でその場から駆け出す。
「父さん‼︎母さん‼︎やばいっ‼︎」
「どうし・・・た」
ルークとアマンダ はハジメのいる後ろを振り向く。
そして気づく。ドラゴンという天災がこちらに向かってきているのを。
「ぜ、全力だ‼︎全力で走れ‼︎」
3人は南の地下の避難所に向かって、今まで以上の速さで走る。目に入る汗を拭き取る間もなく、ただひたすらに腕を振る。足を前に出す。
(はぁっっ、はぁっっ、くそっ‼︎なんで目を合わせちまったんだ‼︎)
ハジメは走りながら、自分の失態を悔やんでいた。
「くそ‼︎」
後ろから徐々に風を切る音が近づいて来る。
そして、一瞬暴風が吹いたかと思うと、大きな影が頭上を横切った。
ついに、走っていられるのも悔やんでいられるのも、出来なくなった。
ドラゴンが目の前に現れる。
ルークはアマンダとハジメを自分の後ろに匿った。
「アマンダ、ハジメを連れて先に行くんだ。それくらいの時間は無理やりにでも稼ぐ」
「だ、だめよあなた。一緒に戦うわ。その間にハジメだけでも・・・」
「ダメだ‼︎ハジメを1人にはできない‼︎お前が付いててやるんだ‼︎」
「で、でも」
「行けえぇぇぇぇぇ‼︎」
「うっ・・・っ‼︎」
アマンダは強く唇を噛みながらハジメの腕を掴む。ハジメの腕を掴む手は震えており、腕が痛くなるほど強く力が入っている。
「か、母さん」
「行くわよ‼︎」
アマンダがドラゴンに向かって走り出す。それと同時にルークが詠唱を開始する。
「我、目の前に如何なるものも防ぎ通さん壁を発現す」
『防御結界‼︎』
瓦礫などから守る時に使った『防御結界』と同じものだが、こっちのほうが力強さを感じる。
(さっきの『防御結界』と色が全然違う‼︎すごい濃い‼︎)
すると、ドラゴンが巨大な爪で切り裂こうと、腕を振るってきた。
ーーーガアァァァンッ
⁉︎
ドラゴンは爪を弾かれ驚きの表情をしている。
グオォォォォォッ‼︎
ドラゴンはルークを睨みつけ口の中に炎を溜め始める。
「させるか‼︎」
ルークは『防御結界』を解き、新たな詠唱を始める。
「我、目の前の如何なる万物をも闇に縛り倒さん」
『闇束縛‼︎』
地面から黒色の鎖が出現し、ドラゴンを地面に抑えつけようとしている。
「・・・くっ」
(魔力が足りないっ‼︎)
ドラゴンは鎖を引きちぎろうと暴れている。
ーービキビキッ
「・・・もう、ダメか」
ルークは少し魔力が多いだけの一般人である。ここまで、ドラゴンとやり合っただけでも凄いと言える。
ルークは目に焼き付けんとばかりにドラゴンから遠ざかっていく2人を見る。
「・・・さて、父親として最後の仕事といきますか」
ルークはドラゴンを睨みながら口の端を上げ、残る魔力を全て練り上げる。
「我、目の前に輝く星の如し光を発する」
『明光ぉぉぉ‼︎』
ルークの掌から爆発的な光が生み出され、辺り一帯を輝かせた。
「ヘヘッ、これで少しは時間稼ぎになるだろう」
輝きが失せたとき、すでに鎖は無くなっており、ドラゴンは頭を振ったあとルークがいるであろう場所に顔を向ける。
今までの爪や『火炎息吹』では簡単にルークには当たらないだろう。
しかし、ドラゴンは尻尾を薙ぎはらうことで、ルークへの攻撃を確実なものにした。
魔力が尽きたルークには自分を守る術がない。
尻尾が迫ってくる。
ルークはゆっくりと目を閉じる。
(じゃあなアマンダ、ハジメ。愛してる。・・・・・・・・あぁ死にたくねぇな)
ぐしゃっ
アマンダとハジメは後ろを振り返る事なく走っていた。
「母さん‼︎さっきの光は⁉︎」
「・・・・・お父さんの魔法よ」
アマンダは目尻に涙を溜めながら答える。
「・・・・母さん」
ハジメはそんなアマンダを見ながら、ルークがもうこの世に居なくなったことを悟った。
(あ、あれ?)
ルークの目から涙が出てきた。
転生したとはいえ、自分の父親だ。この5年間は本当に可愛がってくれた。いろいろな思い出が一瞬で頭の中を駆け巡ると涙が止まらない。
なにより、神託を行うところを見て欲しかった。
「・・・ハジメ」
アマンダは目尻に溜めきれなかった涙を零しながら、ハジメを撫でる。
北の避難所は目と鼻の先である。