第5話
クエント東門。
「被害状況を報告しろ‼︎」
先程まで日の光で輝いていたプレートメイルは、煤や土埃で見る影もない。
「被害は甚大‼︎死者はおよそ40名‼︎重軽傷者は70名以上です‼︎」
ドラゴンの火炎息吹の射線上にいた私兵は全滅。その者達のプレートメイルは溶けて元の形を失っており、身体は真っ黒に煤と化している。
「ドラゴンは今何処にいる‼︎」
ドラゴンは火炎息吹を放った後、この場所から飛び立っていったのだ。
「北の方角へ向かって行きました‼︎」
「北だと⁉︎あそこには避難所があるんだぞ‼︎」
「陣隊を再編成して向かいますか?」
「あぁ、今すぐ陣隊を再編成し北へ向かう‼︎急げっ‼︎」
「はっ‼︎」
私兵達はなけなしの人数を掻き集め、戦意を高めるべく声を張り上げながら陣隊を組んでいった。
南の地下避難所を目指して、再び走り出したハジメ達。
「父さん、あとどれくらいで着きそう?」
「10分くらいで着くだろう」
「ハジメ、辛かったら言いなさいね」
「うん。今、ドラゴンってどうなってるのかな?」
(さっきから戦闘音も何も聞こえないぞ?)
「そうね、やけに静かね」
「あぁ、どうなってるんだ?」
アマンダとルークも、ハジメと同様に疑問に思っていたようだ
「静かな今のうちに急ぐぞ」
「そうね」
「うん」
いつもの賑わいが嘘のように、無音となった街を駆けていく3人。
ハジメ達はこの先に待ち受ける試練をまだ知らない。
北の地下入口付近。
「おいっ‼︎まだ入れねぇのか‼︎」
「どけぇ‼︎ジジイ‼︎」
ガッ
「っ⁉︎」
どさっ
「キャーーーッ」
目の前をウロウロしていた老人の頭を男が肘で強打した。
「おいっ‼︎何してんだ‼︎」
「そうだぞ‼︎いくら何でもやり過ぎだ‼︎」
老人に肘を食らわせた男が周囲の人間に責められる。
「うるせぇ‼︎」
錯乱するのも無理はない。天災級のドラゴンが襲撃しているのだから。
「うぅ、落ち着け若者よ」
先程、肘で強打された老人が起き上がり、男に視線を合わせる。
「な、なんだよ」
「焦燥感に駆られるのも分かるが、焦ったところで何も変わらぬ。寧ろ悪化するばかりじゃ。みなと協力することを考えてはくれぬだろうか。」
そう言って、老人は男に対して穏やかな視線を送る。
「うっ、か、勝手しろ‼︎」
男は周囲の人間をかき分けながら去っていく。
「やれやれ、じゃの」
老人は軽く息を吐き、詠唱を行う。
「我、手中に剛柔な光の鞭を待たん」
『光鞭』
シュッ
「ぐえっ⁉︎」
老人が詠唱をすると、手から光の鞭が現れ男を拘束した。
「な、何すんだ‼︎クソジジイ‼︎」
「お主、ここを去って何処へ行くつもりだったのじゃ?」
「べ、別にどこでもいいだろ‼︎」
「ここを去るのは得策ではない。危険じゃ。そんな、命を捨てに行くようなお主を見捨てる心は、持ち合わせておらんのでな」
「ちっ、別に頼んでねぇよ」
男はその場で胡座をかきながら、小さく舌打ちをするのだった。
「あのっ」
「なんじゃ?」
「わたしになにかできることはありますかっ?」
1人の女の子が老人に声を掛けてきた。歳は10を超えたばかりだろうか。
「うむ、まずは協力者をできる限り集めることじゃな」
「わかりました‼︎」
女の子は元気に返事をすると、その場から駆けて行った。
「・・・・・ふむ、この街の大人達はあのような小さき子供に全てやらせるのかのぅ?」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
「・・・お、俺もやるぜ‼︎」
男性が協力の意志を示しながら手を挙げる。
「わ、私も‼︎」
「俺も‼︎」
男性を皮切りに、次々と協力者が現れる。
「フォッフォッフォッ」
その様子を見ている老人は嬉しげに笑っていた。
騒然となっていた街人達は一体となって、地下の入口への誘導や整理を行っていた。
「ゆっくり進んでください‼︎」
「避難所は全員入れる大きさです‼︎安心して下さい‼︎」
「あら、迷子?パパとママはどこにいるの?」
「誰かっ‼︎こちらの方も手伝ってください‼︎」
「次の人達‼︎並んでください‼︎」
そして、多くの人達の協力があり、地下の避難所にはほとんどの街人が集まった。
「お主も早く行かんか」
「何言ってんだ。クソジジイ」
2人を残して。
「ワシはもうただの老いぼれじゃ。そんな老いぼれの言葉を聞いてはくれんかの」
「ハンッ、だからなんだよ。知ったこっちゃねぇな」
話が拮抗してなかなか進まない。
「ふむ。・・・・・・・・・あっ、あそこにドラゴンが」
老人は男が背を向けている方向に指を指す。「あっ、あそこにUFOが」のノリである。
「・・・・・・・何言ってんだクソジジイ?」
冷ややかな目で老人を見る。
「本当なんだがのう」
「は?」
すると、いきなり自分達のいる辺り全体が暗くなった。
「ん?」
男は上を見上げる。
そこには、全長が50m以上はあるだろうドラゴンが巨大な翼を広げ、浮遊していた。
「これは、マズイかのぅ」
「っ⁉︎」
老人は顎に蓄えた白い髭を撫でながら呟く。
男はあまりの驚きにこれ以上開かんばかりに口を大きく開け、言葉を失っている。
そんな2人を見下ろすドラゴンが殺さんとばかりに縦長の瞳で威圧しながら、凄まじい声で吠えた。
ッツギャアオオオオオォォォォ‼︎
あまりの恐怖に男は固まる。
「若者よ。立てるかの?」
老人が脂汗をかきながらも、ドラゴンを見据えている。
「む、む、無理だ」
男は下を向きながらなんとか声を絞り出す。
「・・・・マズイのぉ、火炎息吹がくるぞい」
「っな⁉︎」
男が顔を上げると、ドラゴンが口を開けて橙色の炎を蓄えていた。その熱気が顔にも伝わってくる。今にも放たれそうだ。
「我、手中に剛柔な光の鞭を待たん」
『光鞭』
老人が 『光鞭』を唱えると、男の身体を巻きつけ地下の入口へと投げ込む。
「んなっ⁉︎」
ドサーッ
さらに、老人は男が入口内に入ったのを確認すると、両手を前に出しながら詠唱を始めた。
「我、目の前の如何なる万物の重力をも改変させん」
『重力操作』
すると、地下の入口の扉が透明な青色の膜のようなものに包まれた。
さらに、老人は両の手の平を胸の前で合わせる。
すると、地下の入口の扉が閉まっていく。
「お、おい‼︎ジジイ‼︎」
それを見た男は老人の所へ向かうべく、震える膝を押さえつけ走り出す。
「クソッ、クソッ」
扉はもうほとんど閉まっている。
60cm
クソッ
40cm
クソックソォ
20cm
ふと、老人と目が合った。
「若者よ。強くなれ」
0cm
ガシャンッーーー
ーーーその直後、爆音が辺り一帯に鳴り響いた。
閉ざされた扉の前に立つ男の手は固く握り締められ、震えていた。
この男、後に『十帝の5番目』と呼ばれるようになるのだが、まだ先の話である。