第15話
身体が痛い。だるい。眠い。
・・・・・このまま寝ていたい。
ーーーーーハジメっ
ん?なんか聞こえる?
ーーーーハジメっ‼︎
・・・・なんだよ、起こすなよリーズベル。俺は今眠たいんだ。特にこの枕がまたいい感じの柔らかさでな。
スリスリ
ーーーーバチーン‼︎
「痛ぇ‼︎」
ハジメは頰に走った痛みに目が覚める。
目を覚ますと空は赤く染まっていた。視線を少し横にずらすと、同じく顔を赤くしたリーズベルがこちらを向いていた。
「・・・リ、リーズベル何すんだよ‼︎」
「貴方が悪いのよ。人のせっかくの好意を無下にするから」
「意味が分からん」
「今の状況を見ても分からない?」
「今の状況?」
そう言って、ハジメは顔を左右に振る。
ハジメのショートカットの金髪がリーズベルの太ももを撫でる。
ーーーーバチーン‼︎
「痛ぇ‼︎だから何なんだよ⁉︎」
「貴方、分かっててやってるでしょ」
「いや、マジで分からんのだが」
「・・・・じゃあもう、退いてくれないかしら」
「退く?・・・・・・・あ」
そこでやっとハジメは今の状況を理解する。
「いやぁ〜全然気が付かなかったわ。ありがとな。すげー気持ちよく寝れたわ」
「・・・・・・・死ねロリコン‼︎」
「なんで⁉︎」
それからハジメとリーズベルは、向かい合いながらこれからどうするかを話し合う。
「まずは、休もう」
「・・・・貴方、ずっと休んでいたでしょう?」
「え?気絶って休んでたことになるのか?」
「えぇ」
「そんなこと初めて聞いたわ‼︎」
「嘘よ。・・・そうね少し休みましょうか。貴方のその怪我は酷すぎる」
「・・・お前は面倒くさいやつだって今思い出したよ」
そう言いながら、ハジメは改めて自身の体を確かめる。
「これはヤバイな。肋骨が数本イッてるかも。右腕も前の傷がまた開いてる。さっきのビンタの所為で頰も痛いし」
ハジメは責めるような目でリーズベルを見る。
「ふんっ、自業自得よ」
リーズベルはそっぽを向く。
「あー、体の節々が痛いな〜」
ちらっ、ちらっ
「なによ?」
リーズベルの手には、いつの間にか槍が握られている。
「い、いやもう一度膝枕を「死ね」」
リーズベルの腕が一瞬ブレたと思ったら、突然目の前が暗くなった。
(・・・・ヤバイ、首の骨折れたかも)
そんなことを思いながら、ハジメは今日2度目の気絶をするのだった。いや、休憩というべきか。
ハジメは痛む首をさすりながら、リーズベルと共に森の中を歩いている。
「リーズベル、本当にこっちなのか?」
「えぇ、間違いないわ」
ハジメ達は今、道があるかもしれない方向に向かって歩いている。リーズベルがそっちの方から馬車の走る音が聞こえたと言ったためだ。
数分歩いていると、また馬車が走る音が聞こえてきた。今度はかなり近い。
「っ⁉︎リーズベル‼︎」
「えぇ‼︎」
2人はそれを聞くとすぐに走り出した。
「・・・・・よっしゃぁ‼︎」
「・・・・・や、やったっ」
2人はついに森を抜け、道に辿り着いた。
「よし、あとはこの道に沿って歩いてくだけだな」
「そうね」
2人は道に沿って歩き始めた。
ーーーーガラガラガラッ
2人が1時間くらい歩いていると、後ろから馬車が走ってきた。
「ちょうどいい。リーズベル、あの馬車に乗せてもらおう」
「え、本気?私たちお金とか持ってないのよ?たぶん、ただで乗せてもらうことなんて出来ないわよ」
「いや、そこはもうごり押しでさ。最悪、土下座してでも乗せてもらう」
ハジメは握りこぶしを作り気合を入れる。
そんなことをしていると、馬車が間もなく2人の近くを通るとこだった。
それに伴って2人は馬車に近づく。だが、2人は目の前を走ろうとするその馬車を見て足を止めることになる。
そう、その馬車の後ろには複数人の人達が馬に乗って走っていたからだ。それも、全員銀色に輝く鎧を身に付けて。
だがそれだけじゃない。一番2人の目を引いたのは、目の前の馬車だ。
白を基調としその周りを金や赤色の布で装飾された、まるで宝箱のようなものが走っていた。どう見てもただの馬車ではない。
「・・・・・・・おいリーズベル」
「・・・・・・・何かしら」
「・・・・・・・こういうのをなんて言うか知ってるか?」
「・・・・・・・テンプレ、でしょ」
馬車は2人の前に止まり、後ろにいた騎士達が馬車を囲むようにして、2人に剣を向ける。
「貴様ら何者だ‼︎」
今いる騎士達の中で一番体格のいい男が、2人向かってテンプレ通りそれを聞いてくる。
「お、俺たちは森で迷ってて、さっき命からがらこの道に出てきたところなんですよ」
リーズベルもその言葉に頷く。
「・・・・ふむ」
騎士は少し警戒を緩める。
「・・・・では、名前と住んでるところを言え」
ハジメは、奴隷商人が死んだことを知っているかもしれないと思い答えようか迷ったが、それよりも先にリーズベルが口を開いた。
「私の名前はリーズベル・ヴェン・イニオス。出身地はカリナールよ」
それを聞いた騎士は僅かに眉を上げる。
「イニオス?・・・・・あのイニオス子爵家のか?」
「えぇ」
「・・・・なにか証明できるものはあるか?」
「っ・・・・ないわ」
リーズベルは奴隷となる時、家族との未練を無くすために、家族に関わるもの全てを実家に置いてきたのだ。
「そうか。で、お前はどうなんだ」
騎士はリーズベルの言葉に少し頷いた後、その隣にいたハジメを問い詰める。
「俺の名前はハジメ・カムイ。しゅ、出身地はクエントだ」
騎士は、ハジメの出身地を聞くとリーズベルの時以上の反応を示した。
「なんだと⁉︎貴様いまクエントと言ったか⁉︎」
「は、はい‼︎」
「・・・・・お前はあの生き残りか?」
「・・・・・・はい」
ハジメは一瞬だけ、ドラゴンに襲われていた時のことを思い出す。
「証明できるものはあるか?」
「あります」
そう言って、ハジメはジャケットの裏ポケットから一枚の紙を取り出した。
「それはなんだ?」
「神託書です」
ハジメが取り出した紙は、神託を受ける時に神官に渡すはずだったものである。教会に行く前にアマンダから渡されていた。この神託書には、神託を受ける者の年齢や両親の名前、そして住んでいるところが書かれている。
「こ、これは」
神託書を受け取りそれに目を通した騎士は、それが本物でありハジメがクエントに住んでいたことを確認した。
「そうか、生き残りだったか。・・・少しそこで待て」
騎士はハジメに神託書を返すと、馬車の方へ歩いて行った。
2人が、馬車の扉の近くで何かを話している騎士を見ていると、突然その扉が開いた。
扉の奥から出てきたのは、浅葱色のドレスを身に纏い、ウェーブがかかった桃色のロングヘアーの美しい女性だった。そんな女性の体は素晴らしい曲線美を描いており、目が少し垂れ目で優しそうな雰囲気を醸し出している。歳は20台半ばくらいだろうか。
(・・・・エ、エロい。なんだろう。なんかこう、えーと、なんて言えばいいんだ?・・・・・・・・・エロい)
「痛っ‼︎」
そんな事を考えていると、足の指先に痛みが走った。見てみると、リーズベルの足に踏まれていた。
「何すんだよ」
「隣に変態虫がいたのよ・・・・そんなことより」
ハジメとリーズベルが女性の美しさに目を引かれていると、その女性が騎士を伴ってこちらに歩いてきた。
「お、おいリーズベル。こっちにくるぞ」
「分かってるわよ。で、でもあの女性って・・・・・」
「あぁ、間違いねぇだろ」
「そうよね」
2人が女性の正体に気付いた頃、女性が2人の目の前まで来た。
「あの」
「「は、はいっ‼︎」」
女性に声を掛けられ、それに大きく返事をするハジメとリーズベル。
「まぁ〜、そんなに硬くならなくても大丈夫よ〜」
「「は、はぁ」」
目の前の女性は気が緩くなるような口調をしていた。その声に2人の緊張感も抜ける。
「・・・・・2人とも何か事情がありそうね〜」
女性はハジメとリーズベルの体を見てそう言った。
「ナタリア様」
すると、隣の騎士が女性に声を掛ける。
「あっ忘れてたわ〜。私の名前はナタリア・ダウル・ヴァン・ジールエスト。一応この国の王妃をやっているわ〜」
それを聞いた2人はやはり王家かと思った反面、あれ?姫様じゃないんだなと思っていた。だって、テンプレだと姫様パターン多いでしょ?
「それで、王妃様が私達になんの御用でしょうか」
ハジメができる限り丁寧に話すように心掛ける。
「貴方達、これから何処に行く予定だったの〜?」
「とりあえずは、何処でもいいので街に行こうかと思っていました」
「そうなのね〜。・・・・なら私の馬車に乗って行くといいわ〜」
ナタリアは頰に手を当てながらそう言った。
「王妃様⁉︎」
騎士はそんなナタリアの言葉に声を張り上げる。
「いいのよ〜、遠慮しないで〜」
だが、ナタリアは騎士を無視しながら言葉を続ける。
「・・・・どうするリーズベル?ぼそっ」
「・・・・私は遠慮なく乗らせて貰うのがいいと思うわ。ぼそっ」
2人はどうするかを話し合った後ナタリアに言葉を返した。それにナタリアは満足そうに頷くのであった。
ーーーーーガタガタ
馬車に乗らせて貰ってから約1時間が経った。その間、ハジメ達はナタリアに自分のことについて色々話していた。もちろん、転生については話していないが。それに、
「あっ、このお菓子貰っていいですか?」
「えぇ、いいわよ〜」
「いただきます。・・・・うわっうまっ‼︎」
「うふふ、王国屈指の菓子職人に作らせたものなのよ〜」
「へぇ〜、そりゃこんだけうまいわけですね」
(うーん、快適だわー。奴隷商の荷車よりも振動ねぇし)
ハジメは、王妃を目の前にめちゃくちゃリラックスしていた。
ガスッ
「いて、何すんだよリーズベル」
「王妃様の前よ。もっと礼節をわきまえなさい」
「ふふふっ、貴方達は仲がいいわね〜。恋人同士かしら〜」
「え?そう思い「えっ⁉︎ち、違いますよ‼︎」」
リーズベルがハジメの言葉を遮って、ナタリアの言葉に強く反論する。
「え?違うんだ〜?」
リーズベルの否定に対して、ナタリアは少し思案顔になり、爆弾発言をする。
「なら、私の娘を紹介しちゃおうかしら〜、うふふ」
「「え?」」
「私には貴方達と同じ歳の娘がいるのよ〜。とーっても可愛いのよ〜どうかしら〜?」
「ど、どうと言われても・・・・」
「ハジメくんはその辺にいる子供よりもとても聡明だし、顔もかっこいい。それに魔法も使える。将来性があるわ〜」
「は、はぁ」
いきなり娘を、それも姫様を紹介すると言われてもはい、とは言いづらい。
この会話からどうやって逃げようかと考えていると、馬車が止まり外から声が聞こえてくる。どうやら街に着いたようだ。
そして再び動き出し、街の門を潜る。
(ほー、門はクエントよりも大きいな)
馬車の窓から街を観察していると、ハジメは横顔に視線を感じた。
ジー
「・・・・・まぁいいわ〜。王都でまた会った時に紹介するわね〜」
ナタリアは、ハジメに期待するような目を送った後、そう言って会話を締めくくった。
(マジかよ・・・・・)
「ちゃんと考えて使うのよ〜。あっ、ハジメくんは先ず自分の怪我を治すのよ〜」
ハジメは自分の手にある、かなりの重量感の袋を見る。力を入れると、ジャラジャラと音がする。
「分かりました。本当にありがとうございます」
「もう‼︎さっきみたいにもっと砕けた感じでいいのに〜」
「ははは・・・」
ハジメは苦笑いをする。
馬車から降りた時に、砕けた感じで会話しているのを騎士にバレた2人は厳重注意されたのだ。
「それじゃあね〜、ハジメくんナタリアちゃん」
ナタリアは馬車へと入っていく。
馬車の扉が閉められる直前、ナタリアは2人に向かって口を開いた。
「王都でまた会えるのを楽しみにしてるわ」
その時のナタリアの顔と口調、滲み出る雰囲気は2人の理想像とする王妃そのものだった。
2人は、走り去っていく馬車を見えなくなるまでずっと見つめていた。
「よし、じゃあ先ずは王妃様の言った通りに俺の治療から行こうぜ」
「えぇ、そうね」
2人はハジメの治療をすべく、街の医療院へ向かうことにした。
ドンッ
「きゃっ」
歩き出そうとしたハジメだったが、後ろからリーズベルの声が聞こえた。
「どうした?」
ハジメがリーズベルに声を掛けながら振り向くと、そこには尻餅を着いたリーズベルと、そんなリーズベルを上から見下ろす、見るからに野蛮そうな男達がいた。
「おいっ‼︎リーズベル大丈夫か⁉︎」
ハジメはすぐにリーズベルの元へ行き、怪我が無いかを確認する。
「何があったんだリーズベル?」
「そ、そこのや「おいおいおい‼︎」」
リーズベルの言葉を遮るように目の前の男が口を出す。
「嬢ちゃん、なにぶつかってんだよ?見ろよこれ、俺の服に汚れが着いちまったぜ」
男が大げさに腹の辺りを指差す。もちろん汚れなど見当たらない。
「そんな汚ねぇ服で街を歩くんじゃねぇよ‼︎ったくよ・・・・・・おいお前ら」
「「「「へい」」」」
「このガキ2人を裏に持ってけ」
「「「「分かりやした‼︎」」」」
男が後ろにいた取り巻き4人に声を掛けると、取り巻き達はハジメとリーズベルを2人ずつで拘束する。
「クソッ‼︎離せっ‼︎」
「いやっ‼︎やめて‼︎」
通りを歩いている街人達は、みんな何も無いかのように通り過ぎる。
そして、そのままハジメとリーズベルは取り巻き達によって通りの路地裏へと連れていかれた。
路地裏までの道のりが思いのほか長くなってしまいました・・・・