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眠り姫の日記  作者: かわばた
2/2

視線

「 おい由紀 おい! .... マジかよ 」


薄ら薄らと誰かの声が聞こえる 。

___ 誰?

私の思考は朝と同じく霧に掛かっていて

霞む声が誰のものなのかわからない 。

今回は晴れていく所か濃さを増していきます 。

確か李君と二人で帰って、千聖が帰ってきて

三人でお茶をして _____ 。


「 由紀 ! 起きろって 」


嗚呼 、駄目 。

ふわりふわりと思い出した記憶を

白い世界が飲み込んでいく感覚に私は身を委ねました 。

不思議と暖かくて不快ではない 、それに

私は落ちていきました 。




‐ ‐ ‐



次 に 私が目覚めたのは 、

自室のベッドの上でした 。

起きて間もなくは 長い夢を見ていたのかと思いましたが 、

携帯のメッセージがそれは夢ではない事を示していました 。

李君の部屋に入って私はすぐ

落ちる様に眠ってしまったらしいのです 。

どれだけ揺すっても声を掛けても反応せず 、

仕方なく千聖と李君が家まで運んでくれたそうです 。

それまで眠気だってちっとも無くて 、

それでなくても丸一日以上眠っていた後なのに

私は一体どうしてしまったんだろう 、と 考えました 。

これが初めて危機感を覚えた瞬間だったと思います 。

幸い 、家に運ばれてから数時間後に

私は目覚め 、お母さんからも叱りを受けたり等

眠りは浅かったし 目覚めも悪くなく体調も

普通でしたが 、

どうしても気にかかるようになりました 。

今朝の二の舞にならんと

カナちゃんにメッセージを送ると 、

「大丈夫?」とだけ来ました 。

カナちゃんの優しさに 自然と頬が緩むものの 、

私は不安な気持ちが抑えられませんでした 。


それとは別に 、

私には心配があったのも原因でした 。

夢現 、眠りに落ちる前の李君の言葉でした 。


「 ____ 本当に 」


その言葉 を なぞる様に口にしたりしました 。

淡い記憶は無理やり黒のマジックで

塗りたくって とても見れたものではなかったので

瞳を閉じてみても思い返されるのは

大好きだった李君の屈託のない笑顔だけ 。


それも今は 、過去の一部として溶けていく 。

その日の夜は少し眠る事が怖かったです 。

それでも睡魔というものは訪れるもので 、

けれどその 白さ は

李君の部屋で 落ちた時の様なものではなくて 、

濁流に呑まれるようだと思いました 。


私は 、その日から1週間目覚めませんでした 。



目覚めは唐突 。

ハムを出刃包丁で断絶する様に

ぷつりと切れた睡眠 は 、

私を絶望へと突き落としました 。

見知らぬ天井でした 。

白いタイルに均等に線が入っていて 、

銀色のカーテンレールが見えました 。

不思議に思って起き上がろうとしても 、

身体が鉛の様に重く 首が上がりませんでした 。

何とか動かした眼球は 、

目の下にクマを作った弟の頭部を映しました 。


「 ... あ 」


名前を呼んだつもりだったのに

声にならなかった 呻き声 は 蓮 に届きました 。

飛び跳ねる様に驚き 、そして喜び 、

涙を流しながら私の上半身を抱いた弟は 、

しばらくそうしたままで居ました 。

私は抱かれながら手足に力を入れてみたけれど、

上手く動かせずに

人形の様に抱かれたままでいました 。

周りを見れば 病院の様でした 。

心無しか細くなった様な自分の腕には

点滴が繋げられていて 、

見るからに病弱そうな桃色の服を着ていて 。


「 母さんと父さんに連絡してくる 。

姉さんは何も心配しなくていい 。

後で事情を話すから 」


蓮 はそう言うと携帯を手に病室を出ました 。

我ながら立派な弟を持ったなあなんて

思いながら 、

私は徐々に不安に染まっていきました 。

___ どうして私は病院に ?

そして 、目の前の入院患者さんの時計で

私は全てを悟りました 。

デジタル時計は 、あの日 。

つまり李君との一件のあと 、目覚め 、

こっぴどく叱られたあの日 から 。

1週間後を記していたのです 。


嗚呼 、眠り続けていたんだ 、私は 。


そう 、思いました 。

身体に骨折や外傷は見当たらなかったですし 、

そもそも最後の記憶は 眠りについたことだったから 。

動く事を忘れてしまった手足や

声を出す事を忘れてしまった喉が

もどかしく感じました 。


「 あ あ" ... う あぁ ぁ ... 、」


声にならない叫びを何度も何度も叫びました 。

溢れる涙を拭こうとしても

思うように動かない腕が憎らしく思えました 。

父と母に連絡を終えて戻ってきた蓮は

私の泣き様を見て驚き 、

私の頭を撫でながら 大丈夫だよ と 声を掛けてくれました 。




「 由紀 ... !」


「 お ... かあ さん 」


私はお昼過ぎに目を覚ましたのですが 、

その一時間後には父と母が病院に駆けつけました 。

時間的に考えて仕事はそっちのけで

こちらに来てくれたのだと微笑ましかったです 。

その頃にはカタコトだけれど

口もきける様に回復して 、

蓮のお陰で落ち着きも取り戻していました 。

私からすると 、

寝て起きて見た母や父の顔はさほど

驚くものでもなかったのは当たり前ですが 、

両方私の顔を見るなり泣き出し 、

蓮と同じよう私を抱き締めました 。

先程 あれほど泣いたのに 、

それでも涙は出るものなのだなあなんて考えながら

私も一緒に泣きました 。


「 .... おかあ さん 。私 、病気 なの ?」


頃合を見計らって 、私は問いました 。

母は少し硬直した様に私の顔を見てから 、

ニコッと笑うと 、

「心配しなくていいわ」と言いました 。

そして 、父がベッドの横に付き 、

私の手を握りました 。

蓮は 顔を背ける様に カーテンの外側に立っていました 。


「 落ち着いて 、聞いてね 。」


父の手を握り返しながら 、

私は うん と答えました 。


母は、ゆっくりと口を開きました 。


「 白雪姫 知ってる ?」


私は意味がわからず、

ポカーンと口を開けたまま少し沈黙しました 。

まさかこんな状況で冗談を言うはずないと

思っていたので 、

カチンと来た私は少し怒り気味で

「お母さん」と呼びました 。


「 白雪姫は毒林檎を食べて永遠の眠りに着くの 」


ハッとしました 。

眠りという単語にでした 。


「 えいえん 、の 、ねむり 」


無意識に復唱したそれが全てを表していました 。


「 眠れる森の美女症候群 。

別名 クライン・レビン症候群 ...貴方の病名 」


一瞬気の遠くなるような感覚に襲われました 。

お伽噺の様なその病名は

あまりに現実味が無く 、

そして現実であれば

永遠の眠りとは何を指すのか 。


「 わたし 、死ぬ の ?」


それは傘に降りかかる雨が地に滴るような 。

コップに注いだ水が

時を経て溢れ出すような 、当たり前の 疑問でした 。

意識せず漏れたその言葉を

間髪入れず 「馬鹿な事言うな!」と蓮が否定しました 。


「 死ぬわけ 、ない 。死なせない ... !」


必死 な 蓮 の顔をみて

思わず潤んだ目を 顔が不細工になるまで歪めながら

私は ごめん と 言いました 。

決して涙が零れない様に 、ごめんと言いました 。

父も母も私の頭を撫で 、

口々に「大丈夫だ」「由紀は死なないよ」と呟きました 。



後日 、というか その後 、

私の主治医である 川崎先生との お話がありました 。


〝 眠れる森の美女症候群 〟

通称 「 クライン・レビン 症候群 」


世界でも珍しい奇病でした 。

単純明快に説明すると 、眠り続けてしまうのです 。

一定の周期であったり 、

いきなり 何週間 、何ヶ月と眠り続ける事もあるそうです 。

若者に多く掛かる病魔で 、

治療法は未だ解明されておらず 、

時経てば時期病魔は去るというものでした 。


寝ている間は栄養が取れないので

点滴が必要になりますし 、

長い間身体を動かさないとなれば

筋肉や骨だけでなく臓器や器官にも影響が出ます 。

ただ 、死に至る病気ではない 。


けれどもそれは私にとって

救いにはなりませんでした 。

きっと病魔が去り、健康になった後ならば 、

「死ぬ病気でなくて良かった」と言えるかもしれません 。

けれど当時の私には 、

それは救いというより 、残酷でさえありました 。

時経てば必ず治るという保証は無く 、

後遺症も残るかもしれず 、

毎日いつ眠ってしまうか判らない生活で 、

目を覚ませば何年も経っているかもしれない恐怖 。

取り残される 、恐怖でした 。



「 やあああああああああ !!」


私は一時帰宅となり

自宅へ帰り 、すぐに錯乱状態となりました 。

最初は アーサと久々の再開やお喋り 、

久しぶり ( 体感は無いのだけれど )の我が家で

ゆったりとしていました 。

けれど 、少しの睡魔が私を襲うと 、

私は正気では居られませんでした 。


「 嫌だあっ 、寝たくない ... 寝たくない 」


部屋中のものを壊し 、

枕を鋏で切り裂き 、

それでも眠気が襲うならば 髪を一本ずつ抜いたり

針で指先を刺しました 。

蓮 や お母さんが止めに入ってきて 、

一旦は落ち着くのですが 、

また可笑しくなって暴れ出すのです 。

その日は眠れませんでした 。

蓮は一日中私に付く様になって 、

夜も私とテレビを見たり 、

私の頭を撫でたり 、ホットココアを入れてくれたりしました 。

だけど点滴続きだった私の身体は

連続の無睡眠に耐えきれなくなったのか 、

私は動けなくなりました 。

蓮は私を私の部屋のベッドへ運ぶと

私の頭を撫でながら 、

「大丈夫だから、眠ろう」と言いました 。

不思議なほど私の身体は動かず 、

意識は薄れていきました 。

蓮 は ずっと 「大丈夫」「大丈夫」と言っていました 。



チュンチュン ... 。

鳥の声が微かに聞こえました 。

薄らと目を覚ますと

窓から射す木漏れ日が眩しくて目を閉じました 。

ハッキリしてくる意識と共に

握られた掌の感覚を感じ 、

私は飛び起きると 「 今何日!?」と叫びました 。

その声に驚き起きた蓮は

暫く眠そうに目を擦ったり伸びをしたりして 、

ひとつ大きなため息をつくと 、大笑いしました 。


「 声でかすぎ。大丈夫 、昨日の夜から今の朝までしか寝てないよ 。あはは 、可笑しい 」


ケラケラと笑う蓮を見ていると 、

なんだか可笑しくなってきて 、私も笑いました 。


「 て 、言ってももう昼だね 。学校休みだなこれは 」


やっと笑いが収まったのか

ふと見上げた掛け時計は 午前11時過ぎを指していました 。

学校という言葉に私は少し考え込みました 。

蓮はそんな私をみて 、

少し切なそうに微笑むと 、

「 ご飯食べよう 。下 、降りよう?」と手を差し出しました 。

握った手は暖かくて 、そして優しかったです 。



「 おはよう由紀 」


下に降りると 、リビングに居たのは 千聖でした 。

驚いた私は先ず髪型と服装を気にし 、

蓮 の 陰に隠れながら 、「なんで居るの」と問いかけました 。

千聖はそんな私の様子をみて

クスリと笑うと 、

ゆっくり私のそばへ寄りました 。

大きな手が私の頭部を撫でると 、

「大事な彼女が大変なことになったって聞いて

来ない彼氏、いる?」

なんて 、

冗談めいた言い方をしながらも

心配していた事が滲む声色で千聖は続けました 。


「 不安な時一緒にいてあげられなくてごめんね 。

病院には2回くらい行ったんだけど 、

目覚まさなくてさ 。... 大丈夫 ?」


私は蓮の陰から出て 、

千聖と向き合い 、まっすぐ彼の目を見ました 。

千聖は不思議そうに首をかしげながら

私を見つめ返してくれました 。

私は目元が熱くなるのを感じて 、

隠す様に千聖の胸元へ顔を埋めました 。

千聖は人前ではあまりスキンシップはしない人だったけれど、

この時は優しく抱きしめてくれました 。


千聖はこの時気付いていたのでしょうか?

私を愛おしそうに 、

千聖を貫く様に見つめる蓮の瞳に 。


千聖は私が泣き止むまで

ずっとそうしてくれました 。

身体を離すと 、「よしよし」と子供を扱う様に

私の頭を撫でて 、


「 李も学校終わったら来るって言ってたよ 」


と言いました 。

私は 苦笑いしながら あ、そうなんだと 返すと

馬鹿のように 、

千聖のことを好きだなあなんて 、

思っていたんです 。

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