聖女のその後
ファンタジー世界でいう王道。
それを私が体験したのは、今から七年前のことだった。
友達と遊ぶために学校帰りに寄り道をしようとしたときのことだった。
突然あたりが暗くなり、隣を歩いていた友達さえも見えなくなり心細く感じた時、足元が淡い光に照らされた。
直ぐに友たちがいたところを見るが、誰もいない。周囲を確認するけど自分一人だけ。
淡い光がだんだんと強くなり、何が光っているのか確認する為に自分の足元をよく見れば、複数の円と見たこともないような文字が浮かんでいた。
自分の足元を囲むその円から出ようと動いた瞬間、それは目を開けていられないほどの光を放った。
そして気が付くと、異世界のとある国の王座の前で十人程の黒いローブ集団に囲まれていた。
王族と高位の貴族に見守られるなか、“魔王を倒し、この世界を救ってくだされ、聖女様”とこの世界の教会(宗教はこの世界では一つだけだそうだ)の大司祭に宣言されたのだ。
その瞬間、これは夢だと思った。
一番最近したケームが異世界(日本)から勇者(主人公)を召喚して人間の敵である魔王を倒し世界を救うというRPGだったのが原因だと思う。
勇者と聖女という違いがあったが、ゲームでは主人公は男だったので勇者と言われたが、私の夢の中で私は女のままなので『聖女』といわれたのだろうと一人で納得した。
夢だと信じ切っていた私は特に抵抗することも反論することもなくそのまますんなりと受け入れたことで話はとんとん拍子に進み、僅か1週間後には勇者と魔法使いと騎士と盗賊と聖女というパーティーで魔王退治の旅に出た。
因みに勇者はこの国のとある村に暮していた青年で“勇者の剣”を抜いたことで勇者と認められた人。魔法使いはこの国の第三王子で王太子や第二王子が優秀なので王位継承権が低いことをいいことに魔法の研究にのめり込んでいる人。騎士はそのまま第三王子の近衛兵で、時期騎士団長として名高い剣術の持ち主。盗賊は隣の国で義賊として百人を超える集団を纏めていた盗賊団の頭で勇者に隣の国の上層部に掛け合ってもらって悪事を働いていた貴族を始末してもらったことに感謝し、今回の旅に加わった人。と聖女で回復系の神術を使える異世界出身の私というなんとも微妙なメンバーだった。
旅のことは思い出したくもないので省略させていただく、まぁ一言だけ言うとしたら『最悪な旅だった』ということぐらいだろう。
とにかく、どうにかこうにか魔王を倒し、国に戻った時には私はこの世界を現実だと受け止めなければならなかった。
その旅自体は五年で終わったのだけれど、その後の私の精神状態が酷かった。勇者のメンバーは国からそれぞれ地位とお金をもらい、貴族の社交等に出たり、個人的に勇者メンバーで集まったりしていたのだけど、私に願いである“元の世界に戻る”は叶わなかった。
召喚されたときの私の年齢は十五歳、それから五年の旅を経て私は二十歳になり、未成年だった私は成人していた。
突然家族から引き話された私は世界の生活基準が中世並の世界で旅をしホームシックにかかっていた、ただ漠然と役目を終えれば帰れると信じて耐えていた私は中々立ち直ることができずに泣き暮らしていた。
そんな私を勇者メンバーは支えてくれた。
声をかけて、手を引いて、頭を撫で、抱きしめて。一人なんかじゃないと、自分達がいると声をかけてくれて……私は皆に甘えてしまった。
もし、時間を戻すことが出来るなら、私はこの時の私に言いたい“しっかりしろ、流されるな”と。
そう私は流された。
甘えさせてくれる四人に流されに流された。
「大丈夫、俺達が傍に居るよ」
「一人で泣かないでください。私達にその心の内を話してください、苦しみを一人で背負わないで」
「貴女を害するものから、貴女を守りましょう。私の力の限りに」
「俺達を拒むな。受け入れるんだ」
皆の慰めの言葉はいつの間にか少しずつ変わっていった。
「愛してる」
「私の可愛い人」
「私の想いを貴女に捧げます」
「俺達から逃げたかったら逃げてもいいよ。ただ諦めない、全力で捕まえて俺達を拒めないように躾けるだけだから」
怖いことになりました。
特に盗賊。義賊とはいえ腐っても盗賊でした“欲しいものは盗る”の精神で、しかも他の三人がそれに賛同して……。
逃げるつもりはなかったんです、ただ突然のことでパニックになって距離を置いて考えたかったんです、本当に、本当なんです。ただ私の行動を“逃げ”と判断した盗賊を筆頭にした四人に宣言通り捕まり……色々ありました。
詳しくは聞かないでください、聞かれたとしてもあんなこと絶対に口が裂けても答えませんけど。
その後、二年かけて慰められ・囚われ・愛され・脅されて……今は立派に元勇者メンバーと逆ハーレムの幸せ新婚生活を築いています。
ということで、地球の日本に住むお父さん・お母さん・お兄ちゃん・妹ちゃん。私は四人の夫に(嫌というほど)愛されて、(それなりに)幸せに暮らしています。
時々ホームシックになったりマタニティブルーになったりしますが、概ね平和に日々を過ごしているので大丈夫だと思います。ちゃんとお別れも言えなかったので心配ですが、皆が健やかに暮らしていることを願っています。
「っていう夢を見たんだけど……」
お姉ちゃんが行方不明になって七年。
当初は事件か事故かもわからず、捜査しても何も出ないことから現代の神隠しとまで言われ世間を騒がし、私達の周囲もテレビやマスコミが騒がしくしていたのに、今ではすっかり世間から忘れられてしまったお姉ちゃんが七年振りに夢という形で現れた。
居間に飾られているお姉ちゃんの写真よりも大人びたお姉ちゃんは困ったように、少し照れくさそうにそして幸せそうにそう告げたので思わず家族に相談した。
「お母さんもお姉ちゃんの夢を見たわよ」
大人になっているお姉ちゃんに会えて嬉しかったわぁと少し目に涙を浮かべながら笑う母に父が『“娘はお前なんかにやらん”が出来なかったな』と少し残念ながら笑う。
「それにしても四人の夫か……。まぁ幸せならそれでいいだろう」
少し心配そうに、そして長かった心のつっかえが取れたのか穏やかに笑う兄に私も同意する。
お姉ちゃん。
私達も元気です。だから心配しないで元気な子を産んで下さい。
誰にも聞こえない。
私の心の中で、夢の中の少しやつれた、けれど幸せそうな姉に向かってメッセージを送るのだった。