川村と徳永の対面。
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
川村 真人 (22) 西正大学法学部法学科4回生
吉岡 勝 (故人) 同 教授
佐野 優奈 (22) 同 4回生
― 6時半 西正大学病院 川村の病室 ―
川村の病室では、医師による記憶喪失の診断を受けている。
「はい、12+27は?」
「39です」
「イギリスの首都は何処ですか?」
「ロンドン」
紙に診断のカルテを鉛筆で記載しながら、医師は診断していく。ベッドの上で休む川村は、彼の質問に落ち着いた口調で答えた。
白衣の男は続けて、診察を続ける。
「では、この紙に名前と住所、今日の朝食べた物について、最後に大きく丸を記入してください」
と医師は一枚の白いメモ用紙と鉛筆を川村に手渡した。
川村は渡された鉛筆を持ち、言われた通りの質問の答えを書いていく。それを医師は、鉛筆の進み具合、丸の歪みを確認した。
この間、部屋は静かに時を刻んでいく。川村は質問の答えを書き終え、手を止める。
「これでいいんですかね?」
医師は川村から紙と鉛筆を受け取った。
「ふむ、大丈夫ですね。もう1つだけ、心苦しいかもしれませんが、いいですかね?」
「あ、はい。どうぞ。なんでしょうか?」
川村は若干の心配と不安を与えられる。
「今日の出来事について覚えていますか?」
「ええ、ある程度は……」
医師は笑顔で、彼の答えを聞いた。
「そうですか。川村さん状況から考えて、記憶の喪失は見られないので、多分、大丈夫かとは思われますよ。一応、今日は様子を見て、1日休んで、明日、退院という形にしましょう」
川村は礼をして、医師に告げる。
「ああ、はい。お願いします」
医師は立ち上がり、一言告げて、別の患者のいる病室へと向かう。
「では、これで」
医師がドアを開いたと同時に、スーツ姿の男女が入ってくる。
川村は、声をかけられるまで気にせず、窓に映る病室夜景を楽しもうとしていた。
「ちょっといいですかね?」
ここで、彼はこのスーツ姿の男性と女性が自分に用がある事を知った。
「何でしょうか?」
徳永は徐ろに警察手帳を川村に見せる。
「警視庁の徳永です」
同じ行動を高山も行う。
「同じく高山です」
「ここよろしいですかね?」
川村は手で進めるサインを徳永に示す。
「どうぞ」
徳永は警察手帳を胸ポケットに仕舞い、パイプ椅子に座り込む。
「お察しします。大変だったでしょう?」
奇妙な雰囲気、そして川村にとって、このタイミングで警察が出現する事に、驚きを隠そうとこらえる。
「え、ええ。まさか、新聞の文面上やテレビで映る様な事が実際、僕の近くで映るなんて、思ってもみませんでしたよ」
徳永は少し笑って言った。
「そういうのは意外と近くで起こるもんですよ」
高山は笑っている徳永に咳払いで合図する。徳永はそれを耳で聞き取り、軽く謝罪した。
「ああ、ごめん」
川村は思い切って、丸眼鏡をかけた男に訊ねる。
「あのー? 僕に何か御用ですか?」
徳永は不思議そうに見つめている川村に視線を当てた。
「あー。すいません! 実を言うと2、3お伺いしたい事がありまして宜しいでしょうか?」
丁寧そうな口調と独特なテンポで進行する言葉を両耳で聞いて、川村の脳裏は、不安と焦燥を感じながら応答する。
「ええ、どうぞ」
徳永は、早速、質問へと移す。
「ありがとうございます! では、早速なんですけどもね。事件当時、あなたは何処にいましたかね?」
アリバイ確認。
一般の人間から考えたら、それは疑われていると感じる所もあるはず。川村は、丸眼鏡の男が訊いた質問に、若干の戸惑いのフリをする。
「えっ?」
徳永も川村の反応に少々、焦るが、状況を説明する。
「あ、いや、これはあくまで形式的な質問ですので、ご心配なさらず。誰にでも訊いているんですよ。あくまで職務上の規定ですので……」
必死に弁明をしている徳永の思いを感じたのか、川村も安心して話す事にした。
【この刑事、もしかしたら向いてないパターンだ。俺なら分かる。こいつ刑事として何一つ出来ていない!】
「ああ、そうですか。なら、爆破が起きた時、ステージで発表している最中だったんです」
「なるほど、ちなみにですが、爆破された方向は、ご存知でしたか?」
川村は、答えていく。
「ええ、施設用消火栓からだったかと……。凄い音でしたからね」
徳永は、頷きながら話を聞いていき、高山は、川村の証言を手帳に一字一句、間違いない様に記していく。
そのまま川村と徳永の話は続いていった。
「被害者について、何か恨まれているとか、まぁ、そう言った事について何かご存知ではないですか?」
この質問に対して、川村自身、被害者に対して恨みしかなかったが、ここで今までの不満や恨みを言ったら怪しまれる事、間違いなしだから本音を隠しながら、建前である言葉を言う。
「吉岡先生は、いい人でした。ゼミナールの発表原稿を最初から最後まで指導してくれたり、ゼミ生に飯を奢ったりしてくれて、本当に残念です」
【まぁ、死んでくれて良かったけどさ。奢ってもらう相手が少なくなっただけだな】
徳永は話を聞いて、頷いた。
「そうですか。優しい先生だったんですね」
「ええ。とても優しい先生でした」
表情を落としながら言う彼を見て、徳永も少々、気の毒そうに見つめたが、次の一言で川村は衝撃を受ける。
「どうして犯人は、被害者が座った席の隣、あー施設用の消火栓に爆弾を仕掛けたのでしょうね?」
「はい?」
徳永の言葉に対して川村自身あまり理解できないでいる。
「いや、だって不思議ではありませんか? 普通ならもっと派手に爆破するイメージなんですけど何故、消火栓の近くに仕掛けたのかなー? なんて」
川村は、微妙な表情で悩んでいる様子を見せる。
「うーん。どうでしょうか? 僕にはわからないですね」
徳永は笑いながら言った。
「ははは。ですよねー」
【何だ!? この刑事】
腕時計を確認し、既に時間は面会予定の限界まで来ている。
徳永は立ち上がり、川村に笑顔で礼を告げた。
「おっと、こんな時間か。ありがとうございました。またお伺いします」
川村も遠慮しながらも協力の姿勢を示す。
「いえいえ、たいした事はできませんけど、事件の協力なら惜しみませんよ」
高山も手帳をしまって、
「では、これで、行こうか。高山君」
「はい」
2人はそのまま病室を後にしようしていくが、徳永は踵を返して川村のベッドに近づく。
「あ、もう1つだけ、いいですかね?」
不意に行動に川村は、ぎこちない作り笑顔を徳永に向けた。
「なんでしょう?」
「TVカメラが来ていたそうですね?」
普通の質問に対して、もう川村は安堵の領域に入っている。
彼は心おきなく答えた。
「ええ、そうですよ。ケーブルテレビ局のものですけどね」
「なんて言うテレビ局ですかね?」
警部の質問について、思い出しながら答える。
「TVダイブだったかな?」
徳永は川村の答えを、自分の手帳に記す。
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ」
徳永は病室から出て行く。
刑事がいなくなったのを確認してから、川村は証拠隠滅の次に厄介なステップがある事を理解した。
【あの刑事。ちょっとよくわからないな。注意しておくべきかもしれないな。なるだけ気をつけておこう。今は証拠隠滅の方法だな……】
川村は徳永という存在に、なるだけの注意をする事に決めた。
第7話です。初めて、ここで川村と徳永が出会いました。今後の展開はどうなっていくのでしょう?
話は続きます!!