決断の時
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
川村 真人 (22) 西正大学法学部法学科4回生
吉岡 勝 (故人) 同 教授
佐野 優奈 (22) 同 4回生
坂倉 俊之 (54) 同 法学部長
1週間が経ち、川村は、ゼミの代表として、教鞭に立つことになり、再び1人でステージに立ち、発表の練習をしている。
「……よって、この法律には穴があり、今の日本にはあまり良いとは感じられないでしょう。以上です。ご清聴ありがとうございました」
川村は深く1礼をして練習を終える。
【これで、次の発表も大丈夫だな……】
1礼をする中で、教室の入口の方から大きく拍手の音が響くのを聞こえた。
「ん?」
彼は拍手の方に目をやると、心の中で静かな衝撃が発生する。
「素晴らしい発表でしたね」
徳永は拍手をしながらステージにいる川村の方へと歩き近づいている。
川村は、苦笑いで反応し、挨拶をする。
「どうも徳永さん。いいスピーチだったでしょう?」
「ええ。とても」
川村は徳永の心のこもっていない一言に、川村は返す。
「スピーチの感想を直接、言いに来たのが目的ではないでしょう?」
徳永は笑顔で答えた。
「はい。ちょっと準備しても?」
「どうぞ」
彼から了承を得た徳永は早速、動き出す。
「まずは、ちょっとした事を行いましょう。高山君」
高山は後ろの席に立方体の箱を持ちながら立ち、返事をした。
「はい」
ゆっくりと動きながら、箱を近くに置いて、箱から離れていく。
「あの箱はわかりますか?」
「ええ、見えますね。あれが?」
「まぁ、あの箱をちょっと見ててくださいね。面白い事がおきますから……」
その言葉の後で立方体の箱は大きな音を響かせながら箱が開き、紙吹雪が飛び出し辺り一面に舞った。
大きな音を立てて飛び出したので、川村の目に写る光景に少々笑いながら感想を言った。
「面白いけど、掃除して帰ってくださいね。面倒はごめんだ」
徳永も成功した光景だったのか、満面の笑みを高山に返す。
「さて、見てもらった光景はある事の再現です」
川村は、答える。
「事件の再現ですね」
徳永は頷き、続けて述べる。
「そうです。犯人はこうやって爆破したんです。これ何かわかりますかね?」
そう言って徳永は、左手に持ったペンを示した。
川村はいきなりのクイズに対して何の気も持たず答える。
「ペンでしょう? それが?」
徳永は首を縦に降って反応を返す。
「正解です。これはペン。でも犯人は、このペンをリモコン型の起爆装置として作って爆破したんです」
「まさに映画みたいな事ですね」
「いいえ。最近では不思議ではないそうなんですよ? こういう事は一般の方も作れるらしいですよちょっとの知識があればね。さてと、それは置いといて、川村さん。あなたは面白い事をなさっている」
徳永の言葉に対して、川村はとぼけたように反応。
「なんのことかおっしゃっている意味がわかりませんが……」
徳永は静かなトーンでステージに上がり、川村に近づいて話を始めていく。
「事件当時のスピーチをしっかり見させて頂きました。確かにあの映像には先生を元の位置に戻したのと、あなたが事件の現場にいて巻き込まれた映像という根拠として残りますが……もう1つの根拠が隠されていましたよ」
川村は黙ったまま徳永の口から出る考えを聞いている。徳永の次に出てくる言葉は川村も予想はしていなかった。
「あなたが犯人であるという根拠がね……」
呆れというものはよく出てくるが、川村にとって今回のはより大きいものだったようだ。
「またか……。あなたを訴えてもいいですか? 名誉毀損だ。十分勝ち目があるが……」
だが、以前の徳永とは違う様子で、自信があるらしい。
「そうですかね? では、これを見てもらいましょう。高山君!」
「はい」
後ろのホワイトボードからスクリーンが開かれ、プロジェクターによる映像再生が行われている。
「川村さん。これを見てください」
徳永によるプロジェクターでの映像再生を、川村はステージを降りて近くの机に腰掛けて、映像を見つめる。
映像は何度も見た事件当時の自分がスピーチしている様子。しかし、いつもの映像より少々違っていた。
「これは?」
「あなたのスピーチをアップした映像です。おっとそろそろの問題の場面が来ますよ」
映像は川村の一礼する場面へと入ろうとするが、徳永は映像を止めた。
「はい。ストップ。ここで川村さん。あなたの手の部分を拡大しましょう」
川村は、徳永の発言を聞いて一瞬、不安に駆られた。
「何?」
「すぐ終わりますよ。はいここ! 川村さんあなたの目でよく見てください。今、あなたの右手に持っているのは何でしょうか?」
彼は少し沈黙したが、これ以上怪しまれない様に、小さい声で答えた。
「……ペンだ」
「そう。ペンです。一礼という場面でペンを持たれるというのはどういう事でしょう?」
「そう。今回の事件。あなたは不思議な事ばかりしている。一礼のお辞儀は勿論、発表中での突然の恩師へのメッセージ、そして極めつけはそのペンを持っている事……」
川村は警部に向けて鬼の形相で叫ぶ。
「何が言いたい!」
「あなたが吉岡教授を爆死させた殺人犯という事です」
徳永の声のトーンが変わり、川村を見つめている。だが、その目はとても冷たい。
川村は、笑う。
「何故だ? お辞儀をしてペンを持っているだけで、殺人犯として疑われなければならないのか? 教えてください」
「ええ、勿論そのつもりです。だからこそ今回、根拠になる証拠品を持ってきたわけです」
徳永の放った言葉を彼は耳の奥に通した瞬間、衝撃が再び起きる。
「!」
【証拠品を持っているだとっ!? 馬鹿なっ!?】
「証拠品?」
「ええ、あなたが吉岡教授を……いや、教室を爆破し、何人ものの身体に危険を及ぼした事を証明する証拠をね……」
徳永の表情に自信を感じさせている。川村の内心は、衝撃と同時に目の前にいる刑事への恐怖心で一杯だった。
徳永は、両手を軽く叩いて、ゴマすりの様に手を触りながら川村に告げる。
「さて、あなたはどうやってこの教室を爆破させたか、簡単です。リモコン式の遠隔装置で爆破させた。それは貴方でもわかりますね?」
川村は徳永の冷たい視線からなるだけそらしている。返答もなるだけしないようにした。
警部は、相手が視線を逸らしている事も気にせずに、推理を展開していく。
「あなたは、会場準備時に爆弾を仕掛け、当日に爆破できる様に準備をしました。会場スタッフとして準備できるあなたなら簡単でしょう」
川村は、黙ったまま机に腰掛けている。
徳永は続けた。
「あなたは事件当日、爆破する予定に仕向けた。吉岡さんが他の学生のスピーチを聞く為に参加する事はあなたの予想の中では容易だったでしょう? また、その上で、位置も完璧だった。しかしアクシデントは起きたわけです」
「……アクシデント……」
「そうです。アクシデント。それは吉岡先生が途中退席しようとした事です」
「!」
「あなたは焦ったでしょうな。なんせ仕掛けた爆弾から標的が離れようとしている。だが、あなたはスピーチの真っ最中。彼を止めるにはどうするか? たった一つの方法があったんです」
「いいや。違う」
徳永は川村の言葉に耳を貸す事なく、推理を続けていく。
「それは、あなたの目線ではなく、聴衆の目線を吉岡先生に向けさせる事です。そうすれば、席に戻る事は少なからずして予測はできるでしょう。そして一礼し、爆破した」
「やめろ!」
「あの映像をアリバイとして使おうと考えていたみたいですが残念でしたね。逆にあなたの犯行である事を決定づけさせたのですよ」
「もうやめろ! 茶番はたくさんだ」
徳永は推理をやめて、川村に首を向けた。
「なんでしょう?」
川村は、呆れた顔を表しながら、軽い微笑みを表している警部に対して怒鳴り声をあげる。
「あなたはさっきから何をおっしゃっているのですかね? 肝心な証拠はどこにあるんです? どれも僕をこの事件の犯人に仕立て上げる口実に過ぎない。残念だが、これまでです。では失礼」
踵を返し、近くの机に置いていたリュックに手をかけた瞬間、徳永の言葉が再び川村を襲った。
「あ、すいません。これが証拠です」
川村はゆっくりと徳永の方に目を向けると、警部は左手の方にナイロンの袋が握られておりそこに川村がよく見ていた光景が写っていた。
「?」
「今回の事件に使われたいわゆる凶器ですよ。探すのに時間がかかりましたよ」
近づいて、証拠品をよく目で彼は観察した。凶器と言われる物、それは、ボールペン。
「ボールペン……」
「ええ、ボールペンですね。でも中に入っているのは、インクではない。よく目を凝らしてみてください」
警部に言われた通りの行動を川村は行い、よく目で確認してみる。
ボールペンの中身はインクではない。導線や基盤が上手くはめ込まれているのだ。
徳永に言われた後、彼の心中はゼリーのように柔らかく、徳永が追いつめてくる恐怖によってはじけ飛ぼうとしている。
「ば、馬鹿な……そんなもの証拠にならない」
「証拠にならない? 残念ですが不正解です。物として残っている以上、成立します。あ、そうそう、指紋の協力もよろしいですかね?」
徳永の冷静な口調に、川村はいてもたってもいられない。彼は、首を横に振り、近くの椅子に座り、あごに手を当てている。
数分の沈黙を発生させ、川村は考え込み、思いついたのか次の言葉を発した。
「これは僕のじゃない」
「えっ?」
川村は立ち上がり、徳永に近づき、表情をうかがいながら告げる。
「それは僕のじゃないですよ」
不思議そうに徳永は、川村の言動を耳に流した。
「違うと?」
「ええ。まったくの偽物だ」
徳永は訊き返す。
「何故?」
「何故ってそれは……」
とっさに川村は答えようとしたが、気づいたのだ。
今のこの現状で『捨てた』と答えれば、怪しまれるし、次の質問では『何処に捨てたか』と訊かれるだろうと。その上、それを言った場合、言葉にはもう1つの含みができてしまうからだ。
言ってしまった。その事実に気づいた時にはもう遅かった。
徳永は、冷静な口調を保ったまま、川村に告げる。
「何故?」
「……」
「だんまりですか?」
川村は黙ったまま返答を返そうとはしない。いや、できない。
「……」
口を開かない川村に対して、徳永は察して冷静に返した。
「あなた、墓穴を掘りましたね。本当ならば、これには答えるべきじゃない。ただ『知らない』と否定して、指紋採取の捜査協力に快く受けていただきたかった」
川村はそれ以上、口から出てきたことに対して、深く掘り下げなかった。
徳永は続ける。
「確かに、このボールペンリモコンは、あなたのものではないです。我々が依頼していたずら好きの鑑識がどっかのサイトを調べ上げて作ったものです。非常によくできています」
川村は座り、徳永の言葉をじっと耳に流す。
徳永は告げる。
「でも偽物だって、どうして分かったんですか?」
徳永の質問に対して、無言の抵抗を続けた。そんな彼を尻目に、真空パックに入ったボールペンを深く観察しながら警部は正直に告げる。
「私はこの証拠であなたの犯行を立証させる気は全くありません。ですが、いろいろな証拠と言動を考えるとあなたの犯行である事は間違いなく思っています。私はあなたを追い詰めます。この事件のはんに……」
徳永の言葉を止めたのは川村。
「やめましょう。もう結構だ」
徳永は彼の反応に対して口を止め、彼の言葉に耳を向けた。
彼の心境はとても複雑なもの。今まで何のために犯行を実行して、教授を葬ったのか、もう分らなく、今では1人の刑事の推理で極限的に追い詰められているのを理解していた。
もはや決断するしかなかった。
「偽物だっていうのは作ったのが自分だからよくわかるんです。刑事さんの言う通り僕がやりました」
川村の心は口から出る落ち着いた口調とは違って、大きな音を立てて崩れ落ち、徳永に対しての恐怖しかなかったのだ。その上、保っていた精神のどこかで大きく音を立てて崩れていくのが理解できる。完璧だったはずとしていた犯罪が刑事の推理によって打ち砕かれたのだから。
ただ、自分が犯行を認めた時、何か肩から柔らかくプレッシャーのような緊張が離れていった。
もう1度、座り込んだ彼は、ただただ自分の言い訳めいた主張を繰り広げていく。
「問題流出を行っていたのを教授が調べていたんです。そしてばれ、自分が大學に居れなくなる事を防ぎたかった」
徳永は、続けて訊く。
「じゃあ何故、問題を流出したんですか?」
「ゲームみたいなものです。そう。チキンレースみたいな……」
川村から放たれる言動の悪意が徳永にとって快く感じる事はなかった。
「あなたは法を学ぶべき人間ではなかったのかもしれませんねぇ」
徳永の言葉に対して川村は告げるが言葉の威力は、映像では雄弁だった男とは違ったものだった。
「そこらへんで遊びほうけている学生よりかはましです」
徳永は静かに告げる。
「いいえ。ましではないです。あなたは法を学ぶ中でもいけない事を行った。ましてや法に触れる……」
川村は黙ったまま窓に視線を向ける。徳永が言う言葉に対して予測ができたからである。だからこれ以上、聞く必要もないと判断していたのだ。それを気にすることなく徳永は告げる。
「人に危害を加えた事です。その上、人の命を奪っている。あなたは一生をかけても許されない。最大の禁止事項を行った」
話を切り替えようとした川村はある疑問を警部にぶつけた。
「刑事さん。何処で僕が犯人だと、いつ、感じ始めていたんですか?」
徳永は川村の質問に対して即答する。
「あの映像を見せてもらった時、あなたの疑いが強まったんですよ」
「何?」
淡々とした口調で徳永は、丸メガネを取り外し、レンズ掃除をしながら告げる。
「あなたは、私に会った時、『爆破された方向を覚えているか?』という質問をした。あなたは『施設用消火栓』と仰った。しかし、映像で爆破された瞬間の映像は深々とあなたが礼をされていた。見えるわけがないんですよ」
川村は過去の言動を遡って考えてみると確かにおかしい事に気が付いた。徳永は、ステージの方に指をさす。
「もう一回、実践しましょうか?」
座り込んだまま首を横に振り彼は、否定した。
「いや……。もういいです。それはやられたな」
憐れみを含んだような表情で徳永は川村に言葉を返す。
「アリバイ作りの映像が逆に証拠になったわけです」
これには同感だったらしく、彼はため息をついた。
「いいアイデアだったのにな。大きな失敗だったかもしれないな」
徳永は手で教室の出口を示し、川村に見せる。
「残念でした。さぁ、参りましょう」
「ええ」
川村は、椅子から立ち上がり、教室の出口へとゆっくり歩き始めていく。
彼には後悔はないものの、何かこみあげてくるもやもやした空気が心を追い詰めているのは薄々感じとっている。
徳永は彼に告げる。
「あなたは、間違っている事を気付けなかった」
「……百も承知です刑事さん。だから教授は死んだ」
警部の言葉にすぐ反応し、返した川村は後ろにいる警部の顔を軽く笑顔で見つめ返し、それからは警部の顔を見る事はなかった。
END
最終話です。最後まで読んで頂きありがとうございました。
ちょっと投稿期間が空いたりと少々時間がかかってしまいましたが、最終話です。
楽しんで頂けたなら良かったです。
ありがとうございました。




