徳永の推理
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
川村 真人 (22) 西正大学法学部法学科4回生
吉岡 勝 (故人) 同 教授
佐野 優奈 (22) 同 4回生
坂倉 俊之 (54) 同 法学部長
川村は、学生課から連絡を受けて、坂倉の講義を受けていた教室で待ち合わせしていた。現状、彼が誰にこの教室に呼ばれ、待っているかは察しがつく。
あの短髪丸メガネの刑事、徳永。あいつに違いない事は理解できていた。
【やはり、呼び出してきたか。ここまで来たという事は何か、掴んだんだろうな。だが、俺は奴より上だ。俺を逮捕する事はできないはず……】
川村、ただ1人しかいないことを確認し、自分、1人だけの空間で、不敵な笑みをこぼし、心に湧き出る自信をつけていた。
そんな時に、後ろにある出入り口のドアが開いて、徳永が姿を現す。
「いやー。すいません。おまたせしました!」
【きやがったか。ここは冷静にしなくては……】
内心、嫌な思いをしながらも表の表情には出さない様に、紳士的な態度で振舞っていく。
「いえいえ、とんでもない。僕を呼んだって事は何か、事件に進展があったって事ですかね?」
川村の内心は徳永に対しての焦燥と恐怖と苛立ちでしかなかった。早く時間が過ぎて欲しいと願っている。だが、そうはいかない。
そんな彼の心中を知る事無く、警部は、笑いながら告げた。
「ええ。そうなんですよ。実を言いますとね。爆弾が設置されていた場所の特定ができましてね……なんとですね。消火栓からでした」
徳永の誇らしげであり、喜んでいる表情を、川村は、少し眉間にしわを寄せて対応する。
「なるほど。消火栓に仕掛けられていたなんて……」
「気づきもしなかったでしょう」
川村は、苦々しい反応を徳永に向けて示した。
「ええ。びっくりです」
「でも、おかしいんですよね?」
警部が提示してくるいきなりの疑問は、本当にわざとらしい口ぶりで川村は心底、苛立ちを感じていた。それを受けた彼は知らないふりをしながら反応を返す。
「えっ? 何がです?」
徳永は川村の反応を気にする事なく、興奮気味に説明していく。
「だって考えてみてくださいよ! 爆弾が仕掛けられていたのは消火栓。普通なら扉を開けば鳴るはずなのに。当日には、鳴っていない事を証明されているんです。面白くないですか?」
少し疑問そうな表情で川村は徳永に示した。
「そうなんですか?」
「えっ? ご存知ないんですか?」
【ここは被害者の雰囲気を出しておかないとな……】
「いや、当日の事についてはあまり思いだしたくないですし……」
「あーそうですよね。まぁ、大抵、消火栓の扉は開くと大きな警報が鳴るそうなんですよ。で、カメラの映像を見たんですけどね。映像のスタートである12時半からまったくそんな警報が鳴った事なんてないんですよ。爆破した後からは鳴りっぱなしでしたけどね」
警部が考えていることについて川村は予想したように訊いてみた。
「つまり、徳永さんは、爆弾が仕掛けられたのがコンクールより前だと考えているわけですか?」
それに対して徳永は首を縦に振り、応える。
「ええ、当日ではないという事は考えられるんですよねー。それより前」
「なるほど」
徳永は川村に向けて続けた。
「犯人は前日かそれより前に会場に出向き、爆弾を仕掛けたという事になるんですよ。どうです?」
「確かに、それなら筋は通りますね」
「でしょう。そういや。川村さんは前日、会場の準備をされていたそうですね?」
川村の背中でとても嫌な汗が2・3滴、滴り落ちる。状況を打開しようと、彼は笑い声を上げ始めた。
「ええ、そうですよ。それが? いや、ちょっと待ってくれ。ハッハッハ!」
徳永は不思議そうに川村の顔を見つめている。川村は笑いながらタイミングを測って、丁度良い間の空気に戻そうとする。
「疑われているのかな? 僕が?」
川村の言葉を耳にして徳永は笑顔で対応する。
「はい。あなたを疑っています」
ちょっとの沈黙が流れた後で、話している2人は笑い出す。
笑っている中で徳永の表情と言葉に現れたあまりの潔さに、川村は苛立ちを覚えた。彼はそのまま、ゆっくりと机の上に腰掛ける。
「面白い方だ。聞きましょう」
徳永は、自分の推理を彼に向けて話し出した。
「あなたは、事件発生前日、会場スタッフとして入り、消火栓の方に爆弾を仕掛けたんです。吉岡さんが座る席の付近に……」
云々と首を軽く振って頷きながら警部の推理を川村は適当に聞いている。
「それで?」
徳永は落ち着いた口調で、続けた。
「そしてコンクール当日に、あなたが発表する時に爆破しようとした。自分が被害者の1人になれば、容疑者から外れるでしょうから。好都合だったのでしょう」
「面白い……」
徳永は彼のやる気ない口調による反応返しを無視して、自分の推理を続けた。
「だけど、爆破を実行しようとした時、アクシデントが起きた。吉岡先生の離席ですよ」
川村の表情が少し変わった様な気を徳永は感じ取る。
「本当はもっと早く爆破する予定だったのでしょう。しかし、吉岡先生が席を立った事で、変更せざるしかなかった……そうでしょう?」
「いっそ小説家になるといいですよ。あなたの考えは面白い」
徳永は褒められたような皮肉を言われた様な言葉を間に受ける。
「ありがとうございます。いい趣味になりそうですよ。そういうあなたもあのスピーチは雄弁でしたね」
自分自身への評価に対しては笑顔で対応した。
「それはどうも」
徳永はそのまま推理を皮肉交えて、腰掛けて、頷いているだけの学生に言う。
「まぁ、その雄弁なスピーチで、吉岡先生を殺したとも言えます。そのスピーチによって先生は席に戻り、爆破を受けた……」
川村はまだ理解していなさそうに返す。
「つまり?」
徳永は、淡々と自分の推理を言った。
「あなたのスピーチは先生の姿を他に注目させて、移動させない為にあったんですよ。いかがです?」
「……1ついいですかね?」
「ええ、どうぞ」
「確かに、僕はスタッフだった。爆弾を仕掛けられるのも容易でしょうなぁ。でも、僕がそれを仕掛けた。それを爆破したという証拠はありますか?」
徳永は淡々と答える。
「あなたがスピーチをした映像があります」
「でも、それは、先生を席に戻したというだけの映像でしょう? 僕が爆破したという根拠ではないと思いますが……」
徳永は痛いところを突かれたと感じているのか、彼は眼鏡を外し、黙ってハンカチでレンズを拭いている。
その態度でも川村の苛立ちを更に増幅させた。
【こいつ、本当に舐めているな! ふざけやがって……】
「徳永さん。だんまりという事は、そういう事は正解だと思って頂いているとの事で宜しいですね?」
「確かにあなたの仰るとおりです。あの映像は、吉岡さんを席に戻しただけの映像です。あなたが爆破したという証拠はありません」
この時点で川村は勝負がついたと感じ、机の上に体重をかけていた腰を上げて、警部に軽く握手を求めた。
「いやー楽しい時間でした。ありがとうございます。徳永さん。犯人逮捕、頑張ってくださいね」
徳永は眼鏡を掛け直して、彼が示している握手に応えた。
「もちろんです。刑事ですから。追い詰めてみせますよ。その時、いい報告ができると良いんですがね」
「期待していますよ。では」
川村はゆっくりと教室の出入口へと歩いていく。
「ああ。言い忘れていた。もう1つだけ」
後ろから聞こえる刑事の声に、川村は歩くのやめ、深くため息をついて徳永に言った。
「まだ、何か?」
「いえ、最初に会った時に、あなた爆破の方向を仰っていましたよね? 消火栓からだったって……」
踵を返し徳永の顔を見つめる。相変わらず嫌な顔だ。
川村の態度は少し、呆れと嫌悪感が増したような態度で返す。
「それが? 確かにそうでしたけど」
「あなたは深く吉岡先生に向けてお辞儀をしていたじゃないですか? お辞儀をしていたのなら見えるのは下の方で、実際、光で爆破したのが分かるのでは?」
川村の脳内で大きな何かが弾けた。
【なんだとっ!?】
「いえね。爆破の発生源が消火栓からだって事は、あなたには分からないはずだなって思いましてね……おかしくありませんか?」
川村は内心の焦りを見せない様に、自分の首を左人差し指で掻きながら答える。
「ひ、光で見えたんだよ」
徳永は彼の言葉に対して、考えを述べた。
「1礼を実際にやったんですけど、あれは分かりませんね。見えるのは、机に置かれた筆記用具と紙ぐらいですよ。爆破の発生源なんて音でやっとくらいですけどね。実際、音でも難しいものですがね。いえ、ありがとうございました。あ、また、来ます」
徳永は考えを述べた後で、深々と1礼を返して、別の出入口へと歩き、教室を後にした。
1人だけ残された教室で、川村は、近くの机に拳をぶつける。
【くそ! クソ! くそ!! あのクソ刑事!!】
自分の墓穴が後になって腹に直撃する痛みだった。
第21話です。
話は続きます!!




