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警部、登壇する。

《登場人物》


徳永 真実 (35)  警視庁刑事部捜査第一課警部

高山 朋美 (30)     同 巡査部長

加藤 啓太 (35)  警視庁刑事部鑑識課係長


川村 真人 (22)  西正大学法学部法学科4回生

吉岡 勝  (故人)     同      教授

佐野 優奈 (22)     同      4回生

坂倉 俊之 (54)     同      法学部長

 

 3号館の教室では、必修の為に集まった法学部の生徒がそれぞれ好きな席に座って、坂倉が入口から出てくるのを待っていた。

 時間は既に、12時半から3分経過していた。

 会場の爆破が起きて、慌ただしい状況の中での講義だから、学生の大半は休講だろうと甘く考えていたが、坂倉に対してその甘い思想が当たるわけでもなく、西正大学学生専用のネットサイトで、《連絡》という題名付きメッセージで、『坂倉教授担当の刑法Ⅰは予定通りに行います』と表示され、渋々行くしかなくなった学生たちが大半を占めている。

 坂倉がまだ、教室に来ていない事を良い事に、私語が響き渡っている状態だった。

 そんな状態の中で川村は、ずっと事件のことを思い返していた。自分のミスについて反省している。



【あの刑事が言っていた様に、あのスピーチの事が吉岡を戻す事も当たっていた。間違いない。奴は、厄介な存在だ。自分の犯罪を完璧にするには奴を乗り越えなくてはいけない!! あのスピーチの事については今後とも訊かれる可能性があるな。気をつけなくては! くそ! 厄介になってきた。なるだけ面倒は避けないと……】



 そう考えているうちに、入口から1人の立派な髭の老年男性が、教室に入り、ステージへと登壇する。

 川村の周りで座っている学生集団の人間が呟いていく。

「げっ、きやがった」

「ちぇっ、坂倉の奴、今日は、機嫌、良さそうだぜ」

 ぞんざいな評価を学生から受けている坂倉は、ステージの机にあるマイクに手をつけて、電源を入れて、皮肉混じりの挨拶をする。

「こんにちは。諸君。大変な時期にご足労を感謝するよ。よかったね。講義が受けられて……」

 坂倉の長いオープニングトークが始まっている中で再び、川村は物思いへとふけ始めた。

 彼は、自分の反省と共に、徳永が主張してきた事を考えてみる。



【それにしても、完璧な計画だったのに、自分の詰めの甘さが目に見えたかもしれんな。もう取り返しのきかないミスだ。そのおかげで、あの刑事は、色々と揺さぶりみたいなものをかけてきているな。あの行動といい。あの主張といい。ムカつく奴だ】



 ゆっくりと反省し、考える事で彼は徳永の主張について、ある事に気づいた。



【いや、待てよ。奴は、決定的な証拠を持っていない。それに今までの事は状況的な物ばかりじゃないか! スピーチや爆破の位置、吉岡の奴が移動している事ばかり。肝心な犯行や犯人については触れていない。これはもしかしたら見掛け倒しな可能性があるかもしれないぞ!】



 自分の意識内に存在している考えが発展している中で、いつもなら予定通りに講義を進行しようとする坂倉の声が、今日は予定していた内容と違っている事に気づき、川村の意識にいきなり坂倉の声が入り込み邪魔をしてきた。

「さて、今日は講義を行う前にある方をお呼びした。どうぞ!」

 坂倉は自分の顔と視線を教室の入口に向けた。入口から短髪丸眼鏡でスーツを着た男性と狐目でスーツを着た女性。

 学生達はどこか緊張感を感じている。川村は、ゆっくりと入って来た男女を見て、呆然とした。

 坂倉は説明する。

「警視庁から捜査一課の徳永警部と高山巡査部長だ。今日は少しの時間だが、君たちに話したい事があるそうだ。どうぞ警部」

 徳永はゆっくりステージに登壇し、周りを見つめる。教室の左端に、施設用消火栓があった。あとは学生たちが座っている席と机。

 徳永は、視線方向を変え、凝視している百数十人に自分の挨拶をする。

「はじめまして、皆さん。ご紹介預かりました警視庁刑事部捜査一課の徳永です。本来ならこういう事は一切しないのですが、まぁ、今回の件について、少し皆さんにも注意を持ってもらおうと思い、お時間を頂きました」

 マイクを持つ徳永の姿を見て、川村の心中で、焦りと威圧が襲いかかってきた。そんな川村を知らずか、警部は、教室の広さを感じながら、自分の声を落ち着いた口調と共にマイクに向けて発声し、設置されているスピーカーへと流していく。

「今回の事件についての明言は避けさせていただきますが、早期解決を目指して尽力していますので、どうぞ、ご安心ください。あとは、皆さんが勉学に励まれるように頑張ってくださいね」

 注意喚起とはちょっと外れたスピーチに、学生達は黙って聞いている。

 徳永は周りを見渡して、学生の顔を見ていく。1人1人、顔を確かめ、川村を見つけて、視線を当てた。目線があった事をお互いが感じている。

 1、2秒間程度の一瞬ではあったが、徳永と川村の間に揺れる何かをお互い感じていた。心の中で、川村は徳永という存在に対し、煙たがる。



【早く帰れ!! 帰ってくれ!!】



 川村は軽く目線をそらし、近くに座っている友達のノートを見つめている。その対面側となる徳永は、他の学生達に視線を向けていく。

 話す事がなくなったのを感じ、徳永は、腕時計で時間を確認した後、淡々と学生達に向けて告げた。

「最後に1つだけ。夜道は気をつけて、安全に帰ってくださいね。では……」

 徳永は聴いている学生達に向けて、数秒間、深々と礼をした。学生側から見たら徳永のお辞儀をしている頭のてっぺんが見えるくらいに。

 満足したのか警部は、礼を止め、ゆっくりとステージを降りる。

 坂倉は、あまりにも早く終わったスピーチに、ステージから降りようとしている徳永の背中に言葉をかけた。

「えっ!? もう終わりかね」

 学生と坂倉に向けて挨拶を返す。

「ええ。職務がありますから。失礼します。では、皆さん。講義、頑張ってください!!」

 会場から学生達のどよめきが起きた。

 それを気にせず徳永は、教室をあとにし、高山も学生達に一礼してから教室を出る。取り残されたような感覚になった坂倉は、咳払いをして、マイクに声をぶつけた。

「では、講義を始めよう。前回は、中止犯についての説明の途中で、終わっていたな……」

 ドアはゆっくりと締まる。

 川村は小さく、心に溜まったストレスをため息と共に吐き出した後、徳永と高山が出て行った後のドアを見つめていた。



第16話です。


話は続きます。


15話を突破しました。16話目に入りました。ここまで読んでいただきありがとうございます。これからも頑張っていきますのでよろしくお願い致します。

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