法学部長と高山
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
川村 真人 (22) 西正大学法学部法学科4回生
吉岡 勝 (故人) 同 教授
佐野 優奈 (22) 同 4回生
坂倉 俊之 (54) 同 法学部長
― 西正大学法学部研究棟 午前11時40分 ―
徳永と高山の2人の刑事は2手に分かれて、それぞれが事件の捜査に掛かる。
警部が現場となった大学の教室へ向かっている間に、高山は、吉岡を知っている仕事の上司の立ち位置である人物に話を聞きに、その人物の研究棟へ向かった。
法学部研究棟の内装は老朽化しているせいか、建設当時はさぞかし綺麗だったであろう真っ白い壁が、朽ち、色が変色し、薄い灰色が混じった様な状態。
歴史を感じさせる作りになっているのを彼女は味わう。
「大分、古いんだなぁ。この大学……」
研究棟の見取り図を確認して、研究室の位置について調べる。目的の所まではちょっとの距離。
彼女は歩いて、事前に連絡をし、アポイントをとっている法学部長の坂倉の研究室へと歩いていく。
ちょっと歩いた時には、目的の部屋に到着した。
《法学部長室 坂倉 俊之》
「ここかな?」
大きく威圧感を感じさせるドアの前に名前の札が立てかけられてあり、隣の札入れには、《在室》と表示されている。
高山はゆっくりと2回、ノックをした。
数秒、沈黙した後で、ドア越しから低い声が聞こえる。
「入りなさい」
ドア越しから聞こえる声に対して、彼女も挨拶を返す。
「失礼致します」
ゆっくりとドアを押して、学部長室へと入る。
入った先に老眼鏡をかけた灰色の綺麗なスーツを着こなした老年の男性が、棚に置いてある六法辞書をめくっている。
この状況から巡査部長は、辞書をめくる白髪交じりの老人が坂倉だと判断した。
六法辞書を棚にしまい、高山に向けて坂倉は老眼鏡越しの鋭い目を挨拶と共に見せる。
「君が警視庁の徳永警部かね?」
妙な威圧感を彼女は感じた。
その上で、高山の事を徳永だと彼は勘違いしているとすぐに判断し、訂正する為に、警察手帳を見せる。
「ああ、いえ、私は警視庁刑事部捜査一課巡査部長の高山と申します。徳永警部と大学の方には来ているんですが……」
老眼鏡を上げて、彼女が提示している警察手帳が見える様にした。
若干、ぼやけているが、桜の代紋が写っているのが理解でき、ある程度の安心はしている。
「君が徳永警部の部下か。肝心な御本人が来ていないのは、どういう事かね?」
高山の不穏な状況を内心察知し、坂倉という人間についてある程度、面倒な人間とカテゴライズした。
「申し訳ありません。徳永警部は先に現場の方へ向かっていますので、一応先にお話を聞いといてくれとの事でして……」
坂倉はため息をついて、自分の席へと座り、頬ずえを付いている。
「何か訊きたい事があったね? 吉岡君の事かね?」
高山は、首を縦に振り、肯定し、言葉にして出す。
「ええ、そうです。1つ、2つお伺いしたいことがありまして……よろしいですか?」
入口前で立ったままの状態の高山に対して、少々、微妙な感覚になった坂倉は声をかける。
「まぁ、そちらに座りたまえ」
「失礼します」
高山は坂倉の言葉を受けて、応対用のソファーに座った。柔らかいクッションの感覚が、高山の体重と背中を受け止める。
彼女は早速、訊きたかった事を訊いていく。
「吉岡教授について、当日、何かご予定があったのですかね?」
坂倉は、少し表情が厳しくなる。
「ゼミナールコンクールの後に、教授会が開かれる予定だったんだが、君もお察しの通り爆破事件を起こされてね。その処理について、今、考えていた所だ」
「そうでしたか……。教授会では何を話されるんですか?」
高山が口にした質問について、老年の学部長は淡々と答えた。
「今後の予定だよ。今後のカリキュラムやテストの実施について。そういえば、テストの事で吉岡君から話があると言っていたよ。真相は闇の中だがね」
彼女は坂倉の話について自分の耳で聴きながら手帳にまとめる。
「なるほど。教授会で吉岡さんが何かを発表する予定だったんですね?」
坂倉は、手帳に話している事を記載している高山を尻目に、机に置いていたチョコ菓子を1つ口にしながら話を続ける。
「ん、ああ。話していた時は、やけに緊張感があったね。何か報告しなければいけなかった事があるとか言っていたな」
巡査部長は、坂倉の証言を手帳でしっかりと書いていき、まとめていく。
「そうですか。吉岡教授が誰かに恨まれていたとかありますか?」
坂倉は、高山の質問に対して、大きく笑いながら答える。
「はっはっは。敵ならいっぱいいるよ。仕事仲間にもいるよ。法律や行政、裁判となると違った意見が出てくるからな……それに、我々にとって一番の敵は、誰か知っているかね?」
坂倉の質問に対して、全く意味も理解できず、手帳の手を止めて、愛想笑いで返した。
「ちょっと、良く分からないですね。すいません」
彼女の反応を見て、学部長は笑いながら即答。
「なぁに、簡単だ。学生だよ。奴らは卒業や単位の為になんだってする。カンニング、代理出席、コピペ。下手をすればなんだってやる奴らだ。もはやそこにモラルなどは存在しない。君達も学生だと判断して安心してはいけないという事を忠告しておこう」
彼の忠告を聞いて、彼女はただただ『はい。そうします』等と彼女は、返すしかなかった。
「はい。そうします。あっ、それで思い出したのですけど、坂倉さんもゼミナール大会には、参加されていたのですか?」
「いや、私は出席もしていないよ。あれは経済、経営学部主催だったのを、吉岡君が無理やり法学部の意地として参加しているだけだよ」
高山は意外な事を聞き、手帳にメモをしていく。
「ふむ。なるほど。それとかで、何か問題とかってありましたか?」
老眼鏡を外し、白い髪の毛を掻きながら、坂倉は、高山の質問に対して答える。
「反対している教授もいれば、賛成している教授もいたから……半々だな。ただ、学生達は反対しかなかったようだがね」
「そうですか」
「ああ、吉岡君のゼミでは、トラブルは、聞いた事がないからな」
高山は手を止めて、1人の老人の話を聞いていた。
第12話です。高山と法学部長の事情聴取に入ります。
話は続きます!




