徳永の疑い
《登場人物》
徳永 真実 (35) 警視庁刑事部捜査第一課警部
高山 朋美 (30) 同 巡査部長
加藤 啓太 (35) 警視庁刑事部鑑識課係長
川村 真人 (22) 西正大学法学部法学科4回生
吉岡 勝 (故人) 同 教授
佐野 優奈 (22) 同 4回生
― 数分後 ―
川村の自宅を後にし、2人の刑事は徳永の愛車である4WDに乗り、現場である大学へと発進させた。
高山は助手席で、川村について訊こうと、視線を運転席の丸眼鏡に向ける。
「彼の事、どう思いますか?」
徳永はハンドルを握り、アクセルを踏みながら、彼女の話について答えた。
「ん? 良い学生だと思うよ」
とぼけた様な口調だった為、高山は軽く、怒り口調で返す。
「とぼけないでくださいよ。若干怪しんでいたじゃないですか!?」
「そうだねー。ちょっと怪しいかな。君、ちゃんとメモ取ってる?」
「ええ、とっていますよ」
高山はカバンから手帳を取り出して、記載したページをめくる。
「彼、『ゼミの発表で、吉岡先生のお礼を言った』って言ったよね?」
「そうですね。『アドリブではあったけど』って。でも、それがどうしたんですか?」
ゆっくりハンドルを右に回転させて、警部は車を進行させる。
フロントガラスからは、遠くの看板で大学の到着予定地の表示が見えた。
《西正大学まで、残り4km》
徳永は、運転しながら高山に、逆質問をする。
「考えてみてよ。もし、彼が吉岡先生をマークしていたらどうなる?」
「えっ?」
聞かれた巡査部長は、よく話を飲み込めておらず、それを尻目に、警部は自分の推測を告げながらハンドルとアクセル、シフトレバーをそれぞれ操作していく。
「吉岡先生が、会場を出ようとした矢先で、あのアドリブのスピーチを彼が言って、聴衆達に被害者を注目の的にさせたらどうなると思う?」
高山はある事に気が付く。
「あっ!! 聞いてた聴衆が出ようとした吉岡先生を見ますね」
徳永も頷いて、話を続けた。
「あの映像でもそうだったけど、聴衆の首が若干、左に向いたりしていたから可能性は高いだろうね」
「なるほど……あのスピーチからすればしっかりと注目もされそうですし、可能性はありますね。でも……」
高山は口ごもる。もう1つ疑問が浮かんだ事を、徳永は悟った。
「結局は、被害者を生じさせるアプローチをしただけですよね。彼が爆破したとは言えないじゃないですか!」
徳永はあっさりと認める。
「うん。そうだね」
「それに、今の段階で、誰が爆破したのかなんて、掴めていない。不明ですよね?」
徳永は運転しながら続ける。
「そうだね。確かに犯人への証拠は未だ掴めていないし、そもそも犯人が誰なのかさえも不明だね。そう。結局は、《会場を爆破したのは誰か?》これに至るわけだね。最終的な問題になるね」
沈黙が2人の間に入る。高山はかれこれ何年も徳永の隣にいて、捜査しているが、いつもの様な空気に入っている事を、感じ取っている。
ここで高山はある事を訊いてみた。
「警部は、もしかして疑っているんですか? 彼を?」
「ん? 疑いは持っているよ。今、この事件に関わった人間の中では、1番、怪しいね」
高山は徳永の言葉を耳にして、驚きを隠せない様子。
大学の会場を爆破し、死亡者1名、重軽傷者を何名も出している犯人の正体が、同じ会場で雄弁だった歳下の大学生の仕業と考えれば、彼女の驚きについても徳永は理解できた。
巡査部長は、運転席に座る警部に向けて驚きながら告げる。
「彼は、まだ大学生ですよ。こんな事ができるなんて……」
徳永は、隣に座る高山の顔を見る事なくフロントガラスが写す外の状況を見ながら運転する。
「事件に職業も大人も子供も関係ないよ。犯人は人を殺めた人間だ。僕達は、今、事件について怪しい人間を犯人にしない為に捜査しているだけだ。いいかい?」
「は、はい」
徳永は川村が怪しい理由を隣に座っている巡査部長に教える。
「彼が怪しいのは、まず、アドリブでスピーチした理由だよ」
高山は徳永の推理を黙って聞いていく。
「彼は、4回も出場しているのに、アドリブで発表すると思うかい?」
川村の自宅に飾っていたトロフィーの棚を高山はちょっとしてから思い出した。
「……あっ!! トロフィーですか?」
徳永は1回、首を縦に降って反応し、推理を語り続ける。
「3回も連続で入賞している人間が、アドリブを含んだ発表なんてするとは思えないんだ。しっかりとスピーチの打ち合わせや練習をしているのに、変なタイミングでアドリブを入れるなんて普通ならリスクしかない発表だよ。下手をすれば減点になりかねないものだ」
巡査部長は、警部の口から出る推理を、両耳で体内に響かせ、脳内で感じ取り、言葉の羅列の意味をしっかりと読み取っていく。
正面のフロントガラスを見ながら徳永は、隣の彼女に向けて、話を続けた。
「それに、あの爆破の位置はとても不思議なんだよ。どう考えても、テロリストが仕掛けるようなところじゃないし、ましてや、1人だけが被害者になれば良い様な仕掛け方なんだよね。。まぁ、これに関してはもう1回、現場で確認しよう」
徳永はハンドルを左に曲げて、車を左に曲がらせていく。
道路は国道に入り、直線が続いている。
「そうですね。それに川村真人という青年について、もう少し知る必要があるかもしれませんね。警部」
フロントガラスには、大学の建物、外観がだんだんと見えてきている。通り道である道路に車が全くいない事を確認し、徳永は、ゆるくアクセルを踏み、速度計の針を上昇させる。
「高山君は、川村真人という学生について、調べてくれ。僕は現場の状況を考えてみる」
車はゆっくりと速度を上げ、大学に向けて走行した。
第10話です。話は続きます。




