蛇足のさらに蛇足
蛇足・姉のため息のさらに蛇足。拍手お礼の再掲です
「君がいないと何もできない」
ほら見なさい、と彼女は思う。想像した通りのことを、夫は言う。
「何もできないこと、ないでしょう。こうして、迎えに来たし、歩いているし、なんなら呼吸もできているじゃない」
「君はすぐそうやって屁理屈」
「あなたほどじゃないわ」
つんとそっぽを向くと、夫が小さく息を吸う音が聞こえた。
「もしかして、僕から逃げたくて村を出たんじゃないよね?」
「は?」
夫は真面目な顔をしていた。
「弟くんのことを口実にして、実家からもう僕の村には戻ってこないつもりだったとか」
「馬鹿にしないでよ」
彼女の怒った声に、夫は怯んで口をつぐんだ。
「そんなことに弟をだしにつかったりしないわ」
「そう、そうだよね、ごめん」
「どうして、私があなたから逃げたくなったりするのよ」
夫はうつむいた。どうにも情けない。
「…だって、帰ってこないから」
あっきれた。彼女はため息をつく。それを聞いて夫の肩がますます落ちた。
「もう少し、私のこと、信じてくれてもいいんじゃない?」
帰るのが遅くなった彼女が確かに悪いけれど、だからといって、夫も子どもも家族も置いて、彼女が去るなんて思われていたことは心外だ。
「…私たち、夫婦なんだから、これくらいでもめてちゃ、やってられないわよ」
家事の途中だから、戻らないと。彼女は置いてきた水瓶のことを思い出して振り返った。
「全く。心配したの一言くらいあってもいいんじゃない?」
ぼそりと呟いた言葉は、聞こえていたらしい。
「もちろん、心配したとも!どこかで迷ってないかとか、襲われていないかとか、探しまわって。だからここまで三日もかかったんだ。満月の夜に出たのに」
なんと夫は、満月の日には村を出ていたらしい。気が早いにもほどがある。
「極端なのよ、あなたは」
怒った声を出した彼女はしかし微笑んでいた。