六話
「ああ、そうそう・・・
まだ言ってませんでしたね」
そう言って、部屋を出てすぐ、茨木さんは立ち止まって振り向き、私と目を合わせ微笑んだ。
うーん、美形の微笑みは破壊力抜群だよ。
思わず後退ってしまった・・・。
「?何故後退るのですか?」
小首を傾げないで!!と叫びたいのをぐぐっと押し留め、気にしないで下さい!と笑って誤魔化した・・・
笑って誤魔化すのは日本人の得意技だと思う。
とはいえ、茨木さんも日本人。訝しんだようだけど、そこは大人だからか流してくれたようで、改めて微笑んだ。
「ようこそ、西日本特殊案件対策本部へ。
歓迎いたします。これから、どうぞ宜しく御願いいたします」
眼鏡をキランと輝かせ、手を差し出す茨木さん・・・その手を取ったときから、私のごくありふれた日常は180度変化したのだが、この時の私はイヤな予感がすると漠然と思っただけだった。
「さ、ここが調査班のフロアになります」
イヤな予感を感じながら交わした握手の後、案内されたのは4階だった。
・・・ちなみにこのビル、地下2階、地上8階建てなんだそう。
1階には玄関と警備スタッフが常駐する部屋があって、2階には最初に通された応接間がある。
3階が先程まで居た部屋で、他にある部屋全て会議室なんだそうだ。
4階が調査班のフロア・・・なんと各班ワンフロア使っているらしい。
5階が対処班と訓練室で6階に研究班のラボがあり、7階には記録班と資料の保管庫、8階には食堂や医務室があるらしい。
ちなみに地下には訓練室と取調室という名の強力な結界の張られた牢などがあるらしい・・・結界だなんてつくづくファンタジーだ。
「調査班は4班最多の職員がいます。
異能者は少ないですが、職員としての能力は皆さん高いですよ」
心なしか誇らしげに見える茨木さんに、ちょっとだけほっこりした気持ちになった。
部下を誇る上司って、ステキだと思う。
アルバイト経験もない人間が、分かったような口聞くな、と言われてしまえばそれまでだが、仕事を評価してくれる上司が貴重なことくらい、今時高校生なら察せる、と思う。
「さて、皆さんに紹介しましょう。簡単に自己紹介してくださいね」
「(無茶振りキター・・・)」
サラッと無茶振りされ、目を見開く私のことなど気付かないのか、フロアの中で一番大きな扉をバーンと開けてしまう茨木さんの背中を思いっきり蹴飛ばしたくなったのは秘密だ。
「(心の準備が必要ですよ・・・)」
逃げ出したくなる気持ちを抑えながら、手招きする茨木さんの後を追って部屋に入れば、視線が刺さる刺さる。
思わず、存在を忘れかけていた(酷い?)マロの手を思いっきり握りしめた
『痛いでおじゃー!!!??』
「あ、ごめん」
きゃーーと声を上げるマロに謝り、突き刺さる視線に逃げ出したくなる気持ちを思いっきり押し留めて、前を向く。
「皆さん、本日より、アルバイトとして調査班と対処班を兼務することになった、峰岸葵さんです。
峰岸さん」
「(視線がぐっさぐっさと刺さっているよ・・・)
初めまして・・・本日?より此方で働かせていただきます峰岸葵と申します。アルバイトは初経験なので、至らない点は多いと思いますが、どうぞ宜しく御願いいたします」
ぺこりと頭を下げると、おお!葵が礼儀正しいでおじゃ!!?明日は槍が降るでおじゃるーーー!!!
という非常に不愉快な声が聞こえたのでマロの脇腹をガスっと突き刺しておいた。
「・・・峰岸さん、漫才は後で御願いします」
「漫才ではありません」
茨木さんの言葉に即答すれば、ブハッと吹き出す声が幾つも上がった
「(最悪だ・・・)」
恨みを込めてもう一度マロの脇腹を攻撃して、漸く部屋を見渡す余裕が生まれた・・・。
「(広いし、人多!!)」
所狭しと並べられた机、それに着くスーツな人達。
「(今更だけど場違い感が半端無い・・・帰りたい)」
「おぉ、来たばっかりで帰りたいなんて言うなよ!さっびしいなぁ!!」
「・・・どなたでしょう?」
心の声を言い当てられ、そんなに分かり易い顔をしていたかと内心焦りながら声の主に首を傾げる。
そこにいたのは、鳶職のような格好をした、豪快に笑うオニーサンだった。
「はじめまして、お姫様。
俺は覚の千葉。覚ってのは、自分の意志関係なく人の頭の中覗いてしまう能力のことだ。
意志関係なく聞こえてくるんでな・・・悪気はないんで怒らんでくれよ?」
「いえ、此方こそごめんなさい」
思わず謝れば、オニーサンはきょとんとした顔のあと、ぐしゃぐしゃと髪を掻き混ぜてきた。
正直この年になるとヒトに頭を撫でられる機会はそうないので、照れる。
「うんうん。今時娘にしてみれば、エライ擦れてない子やなぁ」
「千葉、その辺にしておけ。課長が凄くモノ言いたげにお前を睨んでるから」
「げっ堪忍!課長!!!!」
「お前は本当にしょうのない・・・仲良くなるのは結構ですが、私のことを忘れないで欲しいモノですね」
きらんと眼鏡を光らせる茨木さんに、千葉さんは凄い勢いで頷いたのだった