序章
光は一切ない闇の中に、いつの間にかいた。
立っているのか座っているのか、それとも寝転んでいるのか、全くわからない。
だから、これは夢なんだ、とそう認識した。
夢だと思ったらこの暗闇に恐怖を覚えることもなく、夢なのに微睡むという、我ながら超器用な行動も取り始めた。
多分此処に母親がいれば、なんて図太い!と笑ったかもしれない。
ゲラゲラ笑う母の声が聞こえそうだと思っていたら、何処からかブツブツと話し声が聞こえてきた。
『・・・!』
何か言っている。ただ、なんと言っているかはわからない。
壁越しのように、はっきりと声が聞き取れないのだ。
『・・・・・・こせ』
はっきりと聞こえなかった声は徐々に音量と共に明確になり、何を言ってるのかしら?と耳をすませた。
『お前を、寄越せ・・・!』
声の内容は不穏だが、声自体はいい声してるわーと考えていると、今度は先程より強く同じ台詞を言ってきた。
「え?ヤだ」
『何?!』
至極当然の返事をしたのに、声の主は酷く驚いているのが声色から分かって、何で当然と思っているのこいつ?と正面を睨んだ。
「私は私のだし。
ピンク系の妄想なら他の人を当たってよね」
ふん、と鼻を鳴らす私に声の主は押し黙った。
『面白い』
少しして、聞こえて来たのはそんな笑みを含んだ声だった。
顔は見えないけれど、ニヤリとした顔が似合
いそうだと見えない顔を想像する。
『名を名乗るがよい。麿は五月雨じゃ』
「え、麿?」
『うん?麿という名か?
えらく変わった名前よのう』
「いや違う違う。
名前?山田花子」
ボケた事を話すいい声の主に、少し呆れたよ
うな声色で、普通に偽名を名乗った。
今時、名前を簡単に教えるのは、分別のつかない幼児だけでしょ?
しかも、相手は一人称マロな変な人?だし。
声は良いのにねぇ、と勿体無く思いながらマロの出方を見る。
『そうか!山田花子、よくぞ名を申した!
これでそなたは麿の物でおじゃ
恨むなら名を告げた己を恨むでおじゃー』
オホホホホ!と笑う声に、はあ、と気の抜けた声が出てしまう。
「だって、偽名だし。」
『ほほほげふっ?!
え、偽名?!』
咳き込み慌てる自称五月雨さんにうん。と頷く
「最近は五歳児でも簡単に名乗らないよ。
しかも不審者に」
『こ、高貴な麿が不審者?!
なんという不遜な娘じゃ・・・』
自分で自分をマロ言うし、姿見えないし、おじゃおじゃ言うし、不審者以外の何者でもないでしょ。
『面白いでおじゃ、気に入ったでおじゃー!』
オホホホホ!という声が再び響くと、周囲が急激に光で溢れた。
「・・・・・・うわあ」
『むむ。何じゃそのイヤそうなこえは!』
「だって、白塗りにマロ眉とか、ないわー」
先程までの闇一色の世界は、眩しさと共に白一色の世界に変わり、丁度真正面に、この空間で唯一私以外で立っている男。
ずっと話し掛けてきていたいい声の主のマロが本当にマロだったのは、非常に残念としか言えない。
せっかくいい声なのに、白塗りとマロ眉が台無しにしている、と溜め息を吐く
『大概不遜な娘じゃの、お主。
この五月雨から精神を守っただけでなく、偽名は名乗るわ、溜め息吐くわ・・・
麿、今までそなたの様な人間に出会ったことが無いでおじゃる。
じゃがの、実に面白いし気に入ったでおじゃー!
どれ、契約しようかの』
そう言って音もなく近寄ってきたマロに思わず後退りしそうになる。
だって、白塗りが寄ってくるんだよ?無理無理
『む?嗚呼、安心せよ。
もう操りはしないでおじゃ。
光栄に思うがよいぞ?この麿自ら認めた持ち手は主が初めてでおじゃる。
オホホホホ!』
きらーん、と目を輝かせ高らかに笑うマロに、はあ?と声が漏れる
「(操る気だったの?ってかなにそれ)」
『ささ!はようはよう!
名を申せ。そして麿の名を呼ぶのじゃー
あ、それと、麿と契約しなかったら一生この空間からでられないでおじゃる』
にんまり笑うマロに訳がわからない、と溜め息を溢した。
「仕方ない。よくわからないケド、こんな場所にいつまでもいるのはイヤだし。
私の名前は、峰岸 葵よ五月雨。」
『オホホホホ、確かに。
では契約でおじゃー』
そう言ってマロはいつの間にか手に持っていた扇を広げる
『では、一旦元の空間に戻るがよいぞ』
そおれっ!とマロが扇をこちらに向けて扇いだと思ったら、とんでもない威力の風に吹き飛ばされた。
「あんのくそマロー!!??」
薄れていく意識の中でオホホホホというマロ特有の笑い声が聞こえ苛ッと来た私は悪くない。