3話 編入生の噂その2
やっと、春樹と幼馴染みが再会できました。
にしても私の書き方って結構しつこいのかなと最近感じてたりします。そのうち改訂するかもしれません
里奈が計と編入生の噂の話をし始めた頃、翠と麗華は自分たちの教室である2年A組に荷物を置き、生徒会室へと向かっていた。と、言うのも、麗華と翠は生徒会役員であり、今月末にある文化祭の実行委員の中枢を担っていたためだった。
本来は今日の朝に何か仕事があったわけでもないのだが、生徒会長である優衣が昨日も朝から1人で仕事をしていたらしいので、顔だけでも見せて置こうと麗華が提案したのだ。
生徒会室は校舎の4階に存在するため、2年の教室から来るには2階分階段を上る必要があった。麗華と翠が3階に達したとき、前の方で話していた3年生たちの会話の内容が少し聞こえた。
「海外帰りで、即Sランクの個室が与えられるバイオリニストねぇ」
麗華は少し納得のいかない様子であった。
「まさにエリートっていう感じの人だよね」
翠は逆にその編入生のことが気になる様子であった。
「なんで、そんなエリートが、わざわざ桜嵐に入学してくるんだろう?その人のレベルなら海外のもっといい学校もあったはずなのにね。そもそも海外住みなんだし」
そんなことを話しているうちに、麗華と翠は4階に達し、生徒会室の扉の前にきていた。
麗華が生徒会室の扉を開くと、予想通り、優衣は1人で生徒会長の席に座り、パソコンで何かの作業をやっているようだった。
「おはようございます、会長」
「おはようございます、優衣さん」
麗華と翠はとりあえず挨拶をして、自分たちの席に座った。ちなみに2人の役職は麗華が副会長で、翠が会計である。
「おはようございます、麗華さん、翠さん」
優衣もパソコンでの作業を一旦やめ、後輩2人に挨拶をする。
「今日も朝からお疲れ様です。なにか重要な案件などがありましたか?」
その麗華の問いに、優衣は若干苦笑しつつ、
「昨日はたしかにあったのですが、今日は単に少し朝早く来る用事がありまして、時間が余ってしまったため、すこし雑用をやっていたんですよ」
と、答えた。
「それならよかったです。もし何かあったら行ってください。私も麗華ちゃんもお手伝いしますので」
「今度機会がありましたら、お言葉に甘えさせてもらいますね」
そういって、優衣は今までのパソコンでの作業を保存するため、再びパソコンへ目を向けた。そのとき、麗華は、優衣の席の机の上に置かれてあるクリアファイルに気づいた。
「会長、そのクリアファイルの中身って何ですか?」
麗華の突然の問いに、優衣は内心『しまった』と思った。まさか誰かが朝から生徒会長室に来るとは思っていなかったため、すっかりしまい忘れてしまっていたのだった。
「これは、ある生徒の情報、いわゆる経歴書みたいなものです」
さすがに中身までは見せられないものの、この程度なら大丈夫だと判断し、優衣は麗華に告げた。
「それって、もしかして、例の編入生の?」
「ええ」
優衣は隠すことなく肯定する。その返事を聞いて、翠は先ほどの先輩たちの会話内容を思い出した。
「そういえば、優衣さんが今朝、見知らぬ男性と歩いているところを見かけた生徒がいるらしいんですが、もしかして例の編入生の方ですか?」
その翠の発言で、麗華も、さきほど優衣が行っていた『朝早く来る用事』が何か見当がついたようだった。
「ええ、その編入生の方は、私の個人的な知り合いでして、私のお父様と会談の約束があったため、駅まで向かいに行ったんですよ」
「個人的な知り合いですか。やっぱり、その編入生の方ってすごいんですか?噂だとSランクの個室が与えられたとか言われてますけど」
「結論から言うと事実ですね。おそらく私が一生あがいても届かないレベルにいると思います」
この学年の今現在の編入生をのぞいたSランクの個室の所持者2人のうちの1人である優衣が、そこまで言うことに麗華は驚きを隠せなかった。
そのとき、ちょうど5分前の予鈴のチャイムが校舎内に響き渡った。
「麗華さん、翠さん、私はパソコンの電源を落とした後、鍵を閉めてから行くので、先に行ってください」
そのことに2人も異論はなかったため、
「では、会長、失礼します」
「後はよろしくお願いします」
自分の机の中から、何枚か書類をとりだした後、2人は優衣より先に生徒会長室を後にした。
優衣は2人が出て行った後、1つ大きく息をついた。
そして、机の上に置いてあるクリアファイルを手に取り、中から1枚の紙をとりだした。
その紙は先ほど優衣が行ったとおり経歴書で、名前の欄には『桜井春樹』と書いてあり、その下の経歴の部分には、おそらく麗華やや翠や直哉が予想もしていないでないであろう経歴がズラッと並んでいた。
☆☆☆☆☆☆☆
始業のチャイムが鳴ると、教室の前の扉が開き、2-Aの担任である行永という教師が入ってきた。行永は少しゴツイ体型をしており、何も知らない人は体育の教師かと思うであろうが、れっきとした古典の教師だ。
「もうおまえらは知ってると思うが、今日、このクラスに編入生がやってくる。もう知ってるやつもいるだろうし、隠しておいても仕方ないから、先に行っておくが、編入生は理事長から直々にSランクの個室を与えられてる。おまえたちも学ぶべき点も多いだろうし、おまえたちから学ぶ点も多いはずだ。是非、大いに競い合ってくれ。じゃあ、入ってきていいぞ」
Sランクの個室の話は噂としてはクラス中に広まっていたが、実際に教師がその事実を認めたとなると、少し教室はざわついた。
そんな中、教室の前の扉が再び開かれ、1人の男子生徒が教卓のところまでやってきた。その男子生徒は、身長は175cm前後で体系的には少し細身だった。顔はそれなりに整っていて、一部の女子から黄色い歓声が上がった。
「初めまして、今日からこのクラスの一員となりました桜井春樹と言います。日本には7歳の時まで住んでいて、それからはずっと海外暮らしでした。日本にも今朝フランスから久しぶりに帰ってきたばかりで、まだあまり日本にもなれていませんし、いろいろな面でご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうかよろしくお願いします」
その男子生徒、春樹の自己紹介はかなり簡潔なものであった。自分が得意な楽器なども言ってははいないが、手に持ったバイオリンのケースを見れば誰もがバイオリンだと気づくことができた。
「よし、じゃあ、桜井は右端の列の一番後ろに座ってくれ。あと、どうせおまえらもいろいろ聞きたいことがあるだろう。後のホームルームの時間は、勉強するもよし、質問するもよし、好きにやってくれ」
そういって、行永は教室から出て行った。とりあえず、春樹も言われたとおりに教卓から見て右端の列の一番後ろの席、名前順で言うと、一番後ろの人のさらに後ろの席に向かった。
席に座る前に、バイオリンのケースを、職員室で渡されていたロッカーの鍵を使って、教室の後ろにあるロッカーにしまい、ようやく、席に座った。
クラスを見渡してみると、クラスメイトたちは話しかけていいものかどうか迷っているように見えた。そして、ちょうど右隣の席(黒板の方向を向いて)とその前の席に見知った顔があることに春樹は気づいた。
春樹の隣の席に座っている翠は、心ここにあらずといった感じで、春樹が隣にきたことにも気づいていない様子だった。そして、その前に座っている麗華も驚いた表情を隠せていなかった。
春樹もどうするものかと迷っていたが、そんな状況を打開したのは席を立ち上がって春樹に近づいてきた直哉だった。
「春樹~、久しぶりじゃねえか」
直哉はよほど再会がうれしいのか、春樹の方に腕を回し、後ろから少しこづいてきた。
「直哉、おまえも全く変わらないな」
春樹の方も、久しぶりの幼馴染みとの再会はうれしいようで、とてもいい笑顔をしていた。
そんななか、隣のやりとり聞いて、ようやく翠も呆然としていた状態から回復した。
すると同時に、翠は嗚咽は漏らしていないものの、泣き始めてしまった。
「え、ちょ、ちょっと翠、いきなり泣き出さないでしょ」
さすがの麗華も焦った様子で、翠にハンカチを差し出した。そして、
「ちょっと、直哉、この状況どうにかしなさい」
ただでさえしゃべりかけにくかったのに加え、突然翠が泣き出すというもう何ともいえない雰囲気の打開は、損な役回りの直哉にゆだねられたのであった。