母の最期の言葉
いきなり、床下からふたりが現れたので王妃は眼を剥いた。母の顔を見て眼が赤くうるみ、母に抱きつきつくと嗚咽をもらした。王妃は、李梗の頭に頬をすりつけて、母を許せよ、そう言いながら涙をこぼした。その姿を見て冴は、王は実の子でさえ仲を引き裂くのか、というやりきれない思いが込み上げてきた。
「私が父上様に必ず、母上様が無実なのだと説得してみます」
王妃は首を横に振り、もうよいのだと言った。すでに、李梗が王宮殿に行き、王に哀願していたことを耳にしていた。王は李梗に会うことも拒絶し、ひたすら王宮の扉で訴えたが無駄に終わってしまった。
「聞きなさい。これからあなたに幾度なく苦難なことが起こるでしょう……。そのときは己の信じ、ひたすら突き進みなさい。一度、決めた道を後悔のないよう。これが愚かなる母の切なる願いです」
あたたかな涙のしずくが頬を流れた。この言葉は李梗の胸に強く刻み込まれた。
王妃は涙をぬぐって、
「冴、李梗を連れて行きなさい」
李梗を離した。それは、もう二度と会えないことを意味している。李梗を思うと、冴はどうしても逡巡してしまった。
「冴、王妃の最期の命を言い渡す。娘を頼む」
切ない表情で言った。ただ、それは王妃の姿ではなく、王妃もただひとりの母としての姿だった。
「受け賜りました、王妃様」
頭を伏せたとき、冴の眼から涙がこぼれおちた。