王妃の最後の姿
三
今日は、一点の雲もとどめぬ空をしている。この日には、合わない空だった。
王の側近は宣旨を読み上げた。
「王妃とは本来、国の母たるもので民のため、慈しみ敬うものである。しかし、京王妃(京は本名なので京王妃が正式名)は己の身勝手で側室を殺め、王と朝廷を冒瀆した。よって、余は王妃の身分を剥奪し、毒薬を与える」
目の前に用意された賜薬で、トリカブト・ヒ素などを含んだ毒薬である。王妃は、王宮殿に向かって四度のお辞儀をした。王妃は眼をつむり、今まで自分が歩んできた人生を思い返した。国王に輿入れしたとき、それは美しい着物を着て民から祝福された。待望の子を授かることもできた。
…………陛下。私は、陛下に輿入れできたことを悔やんではおりません。李梗を生むことができた私は幸せにございました。どうか、李梗を……。あの子を陛下に託します。
眼を開けると、李梗が遠くからこちらを見ていた。李梗は、今にも眼から涙がこぼれそうな顔をしている。その顔に王妃は、花のような頬笑みをかけた。それは、凛とした花が見事に咲き誇っているようだった。
……母上様。これが母上様の望む姿なのですね。ならば、私も母上様の娘としてここで最期を見届けます。
王妃は賜薬を飲み干し、しばらくすると襟元をつかんでぶるぶると震えだした。
それでも、李梗を見て、
…………どうか、生きて。私の大切な李梗、どうか生き抜いて。
グッ、と喉を鳴らして口から血が滴れ、着物の胸元が赤に染まっていく。眼を真っ赤にし、呼吸がひどく乱れ、頭を床につけるとそのまま眼を閉じた。
李梗は涙眼ではなく、双眸には光が宿し眼をそらさず、母の命の灯が消えるのを見た。
王妃が亡くなり、宮中は落ち着きを取り戻したように見えた。宮中では李梗を庇いたてる者は乳母の桐しかいなかった。外を出歩くだけで皆からの視線が突き刺さり、息苦しくなる。自分を慕ってくれた水蓮はもういなかった。心から助けてくれる者はいないと、李梗は身に染みた。
頭上で、三日月が嘲笑うかのようにひかっていた。夕刻の講義を終え、とぼとぼと歩いた。足元の短い影が寂しそうについてくる。
「痛っ」
石につまずいてしまい、転んでしまった。うっすら、膝から血がにじんでいる。
ポタ、ポタッ。
李梗の眼から涙がこぼれ落ち、手についた砂が流れた。
……母上様、私はこれからどうすればよいのですか?
光を失った今、李梗は絶望感で胸がいっぱいだった。泣いていると、誰かの影があったので顔を上げると冴がいた。
「冴……」
慌てて涙を拭った。憎い自分の無様な姿を見て、良い気味だと思っているちがいないと李梗は思った。すると、目の前に冴が手を差し伸べてきた。
「王妃様は無実です。姫様は何もしていないのだから堂々とすればよいのです」
冴は、嘘偽りのない真の眼をしていた。心から、王妃を分かっていてくれる者などいないと思っていた。出口の見えない闇の中に、一寸の光が見えたような気がした。
『誰かが手を差し伸べてくれます』
李梗は、溢れるように涙が一気にでた。母の言葉通り、そこには手を差し伸べていた冴の姿があった。冴の手をすがるようにつかむと、冴は李梗を起こした。
そして李梗と冴は、強いひかりを帯びた眼で、宮殿に向かって見つめた。