王妃の罪(?)
室から出てきた王妃を見た側近は、
「王妃様、姫様は何と仰っておりましたか?」
眉宇を寄せて訊いた。
「言えなかった……」
側近は、ハッと顔を上げ、
「言わなかったとは、何故ですか?」
「あの子の笑う顔を見たら言おうとした言葉が喉にしまいこんでしまった」
ため息をつくと悲しげな顔をした。
実は、五日前に側室のひとりが亡くなっていた。当初は病死だと思われていたが、調べたとこ側室は食後に急に苦しみ、そのまま息絶えたという。宮中で毒殺疑惑がささやかれた。
そして、疑いをかけられたのが王妃だった。側室に嫉妬した王妃が毒殺を企てたと根も葉もない噂が流れ、王の耳にも届きくようになり、王妃に尋問するようにと命が下った。それからと言うもの、尋問される日々が続き、精神的に苦痛を感じていた。
「王妃様……」
側近は涙ぐむような眼で王妃で言った。王妃の慈悲深い心に余計、胸がに痛みを覚えた。
二
屋根を打つ雨音が聞こえる。朝から雨が、また強くなってきたようである。
狭い室は薄暗く、息が詰まるような大気が澱んでいた。室には、王妃は椅子にかけて、王妃の目の前に官庁が座っている。
「王妃様、全てをお話するまで我々も新たな手を打つ覚悟にございます」
官庁は蛇のような眼で王妃を睨んだ。
「全てとは? 私は全てを話した。これ以上、尋問しても無駄でしょう」
王妃は官庁の眼をそらさずに答えた。王妃の威厳を確と保っている。
「左様ですか……。それは残念でなりません」
と、くぐもった声で言った。双眸だけが笑って王妃を見すえている。官庁は配下から小さな布袋を渡された。官庁は、机の上にそれを置き、王妃に見せた。
「これが何かお分かりですか?」
だが、王妃には布袋を見ても何も分からなかった。眉宇を寄せていると、
「この中身は毒にございます」
この男は何としてでも、王妃の自白をされるつもりだった。官庁の非道なやり方に王妃は怒りを覚えた。王妃は顔を上げた。
「このような物まで用意して私に罪を被せるつもりか?」
官庁を射るように睨み付け、語尾を強くして言った。
「我々が用意したのではなく、王妃様、ご自身が用意したものでは?」
官庁が静かな物言いで訊いた。調べによると毒を取り寄せた記録が王妃の実家から見つかった。しかし、それは何者かによる王妃を陥れるための陰謀だった。
王妃は少し、黙っていたが再び官庁を強い眼で見た。自分は用意していないと、はっきりと答えた。
「このことは陛下もご存知です。王妃様の口から全てを話して頂きたかったのですが残念にございます」
官庁は低い声で王妃を見据えた。
……陛下はご存知?
陛下は全てを知った上で尋問し、自分を疑っていることが茫然自失だった。こんな胸が痛みつけられたことはない。
「王妃様、この意味を分かって頂けましたか」
官庁の口元が笑っているように見えた。
李梗は手首につけている鴇色の玉を見つめていた。玉を朱の紐でつないだ腕飾りは王妃がお守りだとくれた。あまりに嬉しそうに玉を見つめるので王妃は、もうひとつ水色の玉を渡した。李梗は驚き、
「いいえっ、ふたつも頂くわけには」
水色の玉を返そうとしたら、王妃が
「水色の玉には、大切だと想う者に渡すと互いがどんなに遠くにいようと心はつながるという言い伝えがある」
と、李梗の手首をつつみこむようにはめた。水色が窓から射し込む陽のひかりでかがやいた。大切な者が現れたら渡せという意味なのだろうか……、と思った。
王妃の顔を見ると、穏やかに微笑んでいたが、どこか物寂しいものがあったのが気になった。
……母上様? なぜそのような顔をなさるのですか。
李梗の胸に一寸の針が刺さったような痛みがした。
王妃の室を出ると空が淡い鴇色に染まっており、玉と同じ色をしている。
王妃の身に何か起きたのではないかと思った。先達ても、何か話すつもりで訪ねたに違いない、でも話さなかったのは事が大きすぎて言えなかったのだと悟った。王妃のことで考えていると宮女が何やら声をひそめて話しているのが見えた。
李梗は眼を細め、耳をたてて聞いた途端、李梗の顔から血の気が引き、体が顫えだした
……母上様が側室を殺めた罪により賜死?
李梗が考えていた災いより、はるかに大きなものだった。宮女は、ハッと驚いた顔をした。目の前に顔をこわばらせた李梗がいたからだ。
「今の話、詳しく教えなさい」
「ひ、姫様……」
宮女の顔は蒼ざめ、唇や顎の先が小刻みに震え出した。
あたたかな春であったが、やけに風が冷たかった。