臣下がつく
李梗は、水蓮が用意したお菓子に眼をかがやかせた。中でも、穀物の粉に初蜜などを混ぜ合わせ揚げた薬菓という菓子が好物で、食感がしっとり、もちもちするので李梗の顔がほころんだ。
「ところで、先達ての臣下の冴とはどうだ」
水蓮に訊かれ、
「あっ、はい。それが……」
急に口を濁し、首をすくめた。李梗が口を濁したのも無理はなかった。父王から急に、冴が臣下になることを告げられた。それは問題なかったのだが、この冴が李梗に逆恨みしてきたからだ。
冴は宰相の息子で、文武両断の才があると評判だったことは李梗も耳にしていた。十一歳とは思えない切れ長の眼をした端正な顔の主だ。冴の二親は、すでに他界しており、海という兄がいた。海は二十歳過ぎで、武官である。海の右に出る者はいないほど秀逸で兄が憧れであった。
しかし、半月前に淋城国の戦で囮となった海は戦死した。囮であったが、援軍養成という戦略だったが、状況が深刻になり、国王は援軍要請を命じなかった。
わずかな兵で敵軍にぶつかり、海は討ち死にした。海を心から慕い、優しく海のように広い心の持ち主だった兄を見殺しにした国王と娘が憎らしくてたまらなかった。悲痛と怨念が宿った眼で、
「のうのうと生きやがって。兄上じゃなくてあなた様が死ぬべきだった!」
腹から絞り出すような声に李桔梗は胸をえぐられるような痛みを感じた。
李梗は、その事を姉に話すと、水蓮は怪訝な顔をしていた。
「なんと無礼な者だ! 罰を与えねばならぬ」
語尾を強くして怒りをあらわにしていた。予期せぬ言葉に李梗は慌てて、
「よっ、よいのです。それだけはおやめ下さい」
必死に頼むと水蓮はため息をつき、
「そなたがそう言うなら此度ばかりは不問にしよう」
と、納得した。冴が非道な扱いをされたら余計、胸が痛む。李梗は早く冴と仲むづましくなりたいと心の中で呟いた。
そのとき扉があいて誰かが入ってきた。
「それで、李梗は元気がなかったのですね」
室に入ってきたのは王妃だった。
王妃は二十八歳。十五歳で王妃に選ばれたが子が授からず、苦労したが二十歳のときに待望の子を授かった。それが李梗である。色白で微笑む姿は天女のようだと言われていた。
「母上様」
李梗は屈託のない笑みをあいた。水蓮は立ち上がると王妃に席を譲った。
「母上様、どうぞ」
水蓮にとって王妃は生母ではないが、国の母であるため、母上と呼ばなければならない。水蓮が王妃に茶を入れているとき、
「母上様、私は冴に何をすればよいのでしょうか」
李梗は、しおしおとした声で訊いた。冴のことで気が休まらなかった。
「冴は今、ひどく心を痛めて孤独と戦っているはず。そなたが側にいて諦めず、接しておあげなさい。さすれば、心を開いてくれるに違いない」
王妃は、穏やかな微笑を浮かべ、李梗の頭を優しくなでた。王妃はいっぱいだけ茶をめしあがると、後はふたりだけで茶を楽しみなさいと言い、室を出て行った。李梗は何か違和感を覚えた。
……母上様は用があったのでは。
冴のことを訊くためにわざわざ、水蓮の室まで訪ねるのはおかしい、何か話すべきことがあったはずだと李梗は悟った。