ピロートーク?
「ねぇ、絵はいくらで売れたの?」
気だるい体をベッドに転がして、ようやく今になって気になっていた事を聞いてみた。
今日一日、金銭感覚の違いに困惑しっぱなして、変に気疲れした。
芳彰が体の向きを変え、マットが揺れる。
「さぁ? まとめて持ってかれたのが、20万になってた。一枚いくらだろうな?」
「に、20万???」
仰向けの芳彰は事も無げに言うが、私は相当に驚いた。
「そ、けど何か怖くて聞けなかった。」
「・・・そっか。」
「自分の描いた物に、一体いくらの値が付けられたのかって知りたいけど、それを知るのも何かさ・・・。」
そう言うと再び向きを変え、私を引き寄せて抱き込んだ。これは芳彰が不安を感じてる時の行動で・・・どうやら私の出番みたいだな。
「私は芳彰の絵好きだよ。最初に見せられたやつは、腹が立った覚えしかないけど、キレイだったとは思う。」
私は随分と前の話をした。
まだ本名も知らなくて、初めて芳彰の部屋に連れて行かれた時の事。
私がモデルだと言って見せられた、感覚的な絵。荒野に建つ城の楼閣に咲く黄色い花。
同時に、『お前、そんな感じだろ?』って、私の事を見透かしたような事をつらつら言われ、弱い部分なんか気付かれたくもなかったのにって、泣くほど悔しい思いをした。
・・・自分でも認めたくない部分を、あんなにもはっきりと指摘されたから。
「そうなのか? 初めて聞いたな、それ。」
「当たり前だ。初めて言ったんだから。」
わざわざ弱みを見せるような真似が、できる訳が無いだろう?
「お前、何の絵になるのは気にしてるくせに、出来上がった物には興味無さそうだからさ・・・そんな事言われるとは思わなかった。」
薄暗くて顔は見えないけど、その声は心底意外そうで、私としても心外だった。
「そう言われても好きなんだ。世界観とか、意外性とか、描いてる時間とか、その後姿とか・・・。」
何かつい言ってしまったが、言ってて段々恥ずかしくなってきたものの、たぶんもう遅い。
「それだけ?」
やっぱり、見事にそれを察知した芳彰が攻勢に打って出てきた。・・・余計な事を。
「・・・何を言わせたい?」
「俺は?」
「・・・・・・嫌いなら、こんなとこにいない。」
そんな今更な事、聞かないで欲しい。恥ずかしいじゃないか!
「そこは『好き』っていってくれないんだ?」
「言わせようとしてるから言わない。」
そんな手には、絶対乗りたくない。
「・・・本当に、天邪鬼だな。」
「習性だ。」
そうだよ、私は捻くれ者ですよ。
「なら・・・」
そこで一度言葉を切った芳彰は起き上がり、更に余計な事を言い出した。
「言わせてやる。」
「はぁ? ちょ、ちょっと、今何時だと? やっ、こら、ぁ、んーっ!!」
意図に気付いた私は、逃げようとしたが、あっさり捕まって組み敷かれてしまった。
まぁ、どちらにしてもこんなホテルの部屋の中で、逃げ場は無いのが当然で・・・分が悪いとかそんなレベルの話でもない。
「ちょ、まてっ、そういうのは違うだろ!?」
「さて、知らないな。美晴が素直じゃないからだ。」
・・・そして、たぶん私は何度も好きと言わされた・・・のだと思う。
はっきりは覚えてない。
・・・それにしても、卑怯だ!!
朝は芳彰に起こされた。
ちょっかい出されて目が覚めたが正しい。
たぶん早い時間だったのだろうけど、芳彰のせいで結局朝食の時間ギリギリに、慌てて服着て1階のバイキングレストランに行く破目になった。
それにしても、芳彰を見てると何か色々新鮮だった。
朝の身支度なんて当たり前の事で、特に男の人がヒゲ剃るって、当たり前の事なんだろうけど、私には珍しかった。
何年ぶりだろう? 父さんが死んじゃってからだから・・・5年ぶり?
じーっとその様子を眺めてたら、何か嫌がられた。
そして、問題なのは私の準備・・・。
このしっかり取り揃えられた化粧品は、使わなくてはいけないのだろうか?
容器のロゴは、きっと誰でも知ってるブランドだけど、でも化粧の仕方を誰でも知ってるなんて思うなよ?
あるだけの化粧品をベッドの上に転がして、好奇心と羞恥心の狭間で揺れていたら後ろで笑う声がした。
「はいはい、見よう見まねでよければ手助けするぞ?」
自分の支度が終わった芳彰は、腹が立つほど余裕の態度だ。
しかし同時にこの瞬間、私の中の天秤は一気に好奇心の側に傾いた。
「化粧水付けて、下地塗って、ファンデーションまでは、やってみようか?」
そう言って、芳彰はボトルとチューブの容器を順番に並べる。
「どこまで分かる?」と聞かれた私が、「さっぱり。」と答えたからだ。
「親がやってるの見てれば、何となく分かんないか?」
「興味が無かった。」
「・・・そうか。」
なら仕方が無いなという溜息を吐かれて面白いはずも無い。だがしかし、それはとりあえず置いておいて、指示に従い順番に塗ってみたが、途中で出し過ぎないとか、ちゃんと伸ばせとか、細かい言葉が飛んできた。
それから先は、芳彰がやってくれた。
スポンジでもう一回ファンデーションはたかれて、アイラインやアイシャドウ。を施された。
「こういうのは絵を描くのと同じ感覚だって。何となく、キレイな感じになればいいんだから。」
・・・そうかもしれないが、何となく失礼な表現じゃないかそれ? 人の顔をキャンバスみたいに言うな。
それにしても、手馴れた感じで違和感を覚える。
「他の人にもしてるのか?」
「何で? 初めてだって、妙な事を勘繰るな。」
手を動かしたまま、軽くいなされた。
だとしたら本当に器用なものだ。本当に絵を描いてる気でやってるのかもしれない・・・でも、やっぱりそれはそれで複雑だぞ?
まー、お泊り旅行なんてこんなものですよ(笑)
化粧がお絵描きってのは、私が常日頃思っている事だったりします。
とは言え本人5分くらいで終わりますが。
アイシャドウなんかは塗り絵だなって、
化粧の頻度も低いんですけど(^^;




