彼の考えている事
7話目です。
ではどうぞ。
・・・本当に来ちゃったよ。
海の傍というだけあり、青と白を基調とした内装のキレイな部屋で、バルコニーのある窓辺には青いカバーのクッションが置かれた白いソファと、その前にはテーブルが置かれ、壁には大きなテレビが掛けられている。そして部屋の中央には大きなダブルベッドが1台。
「・・・帰ったら何て言えばいいのかな?」
「さてな、それは俺も一緒だな。」
ベッドに腰掛けて、チェックイン時にフロントで渡された、黒いカバンの中身を検めていた芳彰は、嫌そうな顔をして手を止めた。
そうか、芳彰は茜さんを相手にするのか・・・それを考えるとちょっと怖い。
「とりあえず、可能なら笑って誤魔化そう。」
そう苦笑して、再び手を動かし始めた。
うちは、泊りがけの外出を勧めてくるような親だ。逆に聞かれないような気もする。
・・・もちろん希望的観測だけど。
芳彰が見ている黒いカバンには着替えなんかが入っていて、茜さんが先回りして届けておいたものらしく、芳彰曰く『そういう手筈』だったらしい。
・・・本当に、仲が良いなこの姉弟は。
このカバンの中には、私分の着替え一式と化粧品の類も入ってたんだけど・・・それは全て新品だった。今度は細かな模様のあるネイビーの生地のワンピースだった。芳彰がカバンから出した服をクローゼットに掛けに行った隙に、下着のサイズを確認したら見事にピッタリで溜息ものだ。
戻って来た芳彰をジト目で迎えると、彼は再びベッドに座り、ついでに私も引っぱられて後ろから抱え込まれた。
「とりあえず、これからどうする?」
この体勢でのこの質問が、本当に答えを求めているとは思えない。
「先に行っとく。私これ崩されたら、自力では元には戻れないから。」
牽制と本音だ。
今朝、全てを人に施された髪と化粧が、自力でどうにかできる訳が無い。
髪は今まで少し後ろで結ぶ程度で、何がどうなってるのかよく分からない。化粧だって私は今日までした事が無かった。
「大丈夫、何とかなる。」
「・・・何を根拠に? こ、こら揉むなって、や、やっ、やぁっ!」
「んー、期待してるみたいだし?」
「ち、違う、何が期待だ! なっ、意義ありっ・・・。」
「却下します。」
・・・
「なっ!? 何? 何でこんなに跡付けた!?」
正気に戻って驚いた。
胸からお腹にかけてに存在する、尋常じゃない数の赤い跡に口元が引きつる。
「あー、何か途中から楽しくなって。」
ふ、ふざけた理由を・・・。
「そこの白いシャツに口紅付けるぞ?」
今日芳彰が着ていた黒いボタンの白いシャツを指して言うと、鼻で笑われた。
「どうぞ?」
くぅーっ、私が挑発として言うだけで、実際にはできないのを完全に見透かされている。
「あーっ、もうっ!」
「天邪鬼。」
そう言って、また1つ赤い跡を追加された。
・・・何かすごく悔しい。
更に腹が立つ事に、ワンピースを着ると赤い跡は見事に見えなくなった。
見えても困るが、これほど計算ずくなのも複雑だ。
何とか見られるくらいに芳彰が髪を直してくれて、口紅を改めて引き直し、エレベーターで上に上がった。
ホテルのレストランなんて、ボッタクリだろう? としか思えない金額設定なんだろうけど、とりあえず何も言わなかった。
「こういう時は、素直に奢られてくれ。」
って、先に言われたからだ。
予約してあるって言ってたから、今ゴネてキャンセル料取られるのもあれだし、芳彰にも言われたし・・・って、自分に言い聞かせて居心地の悪い気分を誤魔化した。
で、肝心のご飯は・・・美味しかった。
フレンチの慣れない物ばかりだったけど、キレイに盛り付けてあるなって感心した。
そっか、やっぱり見た目も大事だなぁって、感心しながら食べてると、
「また妙な事考えてるだろ?」
って言われた。失礼な、私は研究熱心なだけだ。
二人してノンアルコールで・・・私はまぁ当然だけど、芳彰は・・・そう言えば弱いって、茜さん言ってたな。
「芳彰はお酒飲まないの?」
だからあえて聞いてみた。やられっ放しは悔しい。
「・・・姉貴が何か言ってたか?」
素知らぬ顔で聞いたつもりだったのに・・・もうバレたか? 聞くなとばかりの目が私を射抜いて、ドキっとした。けど、もう一度惚けてみる。
「何を? 茜さんが何を言うって?」
「・・・まぁいいや、俺は酒弱いの。そんなとこばっか父親に似てさ、母親に似れば、姉貴みたいにザルだったのに。」
「それもどうかと思うけど・・・。」
冗談だとは思うけど、中間ってのは無いんだろうか?
「飲めないよりは、飲めた方が都合が良い事ってのがあるからさ。」
「ふーん、それは何となく解るかも。」
コミュニケーションってのは大事だと思う。
「父親はなんかそれで苦労したみたいで、少し前に無理矢理ボーリング連れて行かれた事かあってさ、ちらっとそんな事言ったんだ。その時何か黒い炎が揺らいでるような気がしたな。」
「・・・そんなに恨みがあるの?」
珍しい。芳彰が家族の事を話してる。
「借りが返せるって、目の笑ってない笑顔張り付かせてたから、結構いい性格してるんだなって、俺はあの時初めて知ったよ。」
そう言って、目を窓の外に向けた。
私もつられて外を見ると、暗い色の海にいくつか船のものらしい灯かりが浮き、もう少し向こうには緑色に光る橋が見えた。キレイだと思わなくも無いが、それより何故緑色なのだろうと思う。
「俺、本当に向き合って来なかったんだなって、びっくりした。」
芳彰は言いながら皮肉そうに笑った。おそらく自分に向けてなんだろう。
「理由つけたり、遠慮したり、まぁいいかって諦めたり、そんな事ばっかしてきたのかなって思うと、情けないよな。」
「うん、そう思う。」
私は躊躇することなく肯定した。自分で気付いているなら、気を使う必要も無い。
「・・・やっぱり、バッサリだな。」
もちろん。私に同情を求めようなんてのが間違っている。
一度は言いようの無い目を私に向けたが、鼻で笑うと、その後は満更でもない様子だ。
「だから予定より早く帰る事にしたってとこ? やり直す気になったの?」
「ん・・・、そこまで意気込んでる訳じゃないけど、今のまま続けてると戻れなくなりそうだしな。やる気になった段階で動いた方が良いかな・・・ってな。」
「いいと思うよ。今度一人暮らしする時は、是非自力でやって下さい。」
自立してから、いくらでもやればいいさ。そうすれば誰にも文句は言われない、後ろめたく思う事も無い。
「・・・一人なのか。」
しかし、芳彰は妙な事を呟いた。
「はい?」
「いいや、別に。帰ったら片付けないとな。美晴も手伝うか?」
結局説明は無く、何を言いたかったのか私には想像が付かない。何というか、誤魔化されてしまったような気がするのは気のせいだろうか?
「遠慮しとく。・・・自分で決着つけて下さい。」
「厳しいな。」
「うん。」
顔を引きつらせた彼に澄まして返した。
別に誤魔化されたからって訳じゃなく、この我が侭の後始末は、芳彰が自分でやるのが筋だと思う。おまけに、私が行ったら絶対片付けにならないのは目に見えている。
・・・それに、私が辛いじゃないか。
えーと、酒飲めないって所を軽く見られても、
これは体質なんだからどうにもならないんだぞー!
飲み会参加しても、「何だ飲めないのか」って顔されるのも結構キツイし、
だからと行って行かないのは、付き合いが悪い的な事になるし、
・・・といった不満。
酒飲んで騒いでるのって、結構羨ましいんですよ?
しっとりお酒飲んでるシーンなんて、憧れるんですよ?
以上、下戸の主張でした。




