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前に進むために。  作者: 薄桜
本編
7/12

彼の考えている事

7話目です。

ではどうぞ。

・・・本当に来ちゃったよ。

海の傍というだけあり、青と白を基調とした内装のキレイな部屋で、バルコニーのある窓辺には青いカバーのクッションが置かれた白いソファと、その前にはテーブルが置かれ、壁には大きなテレビが掛けられている。そして部屋の中央には大きなダブルベッドが1台。

「・・・帰ったら何て言えばいいのかな?」

「さてな、それは俺も一緒だな。」

ベッドに腰掛けて、チェックイン時にフロントで渡された、黒いカバンの中身を(あらた)めていた芳彰は、嫌そうな顔をして手を止めた。

そうか、芳彰は茜さんを相手にするのか・・・それを考えるとちょっと怖い。

「とりあえず、可能なら笑って誤魔化そう。」

そう苦笑して、再び手を動かし始めた。

うちは、泊りがけの外出を勧めてくるような親だ。逆に聞かれないような気もする。

・・・もちろん希望的観測だけど。


芳彰が見ている黒いカバンには着替えなんかが入っていて、茜さんが先回りして届けておいたものらしく、芳彰曰く『そういう手筈』だったらしい。

・・・本当に、仲が良いなこの姉弟は。

このカバンの中には、私分の着替え一式と化粧品の類も入ってたんだけど・・・それは全て新品だった。今度は細かな模様のあるネイビーの生地のワンピースだった。芳彰がカバンから出した服をクローゼットに掛けに行った隙に、下着のサイズを確認したら見事にピッタリで溜息ものだ。

戻って来た芳彰をジト目で迎えると、彼は再びベッドに座り、ついでに私も引っぱられて後ろから抱え込まれた。

「とりあえず、これからどうする?」

この体勢でのこの質問が、本当に答えを求めているとは思えない。

「先に行っとく。私これ崩されたら、自力では元には戻れないから。」

牽制と本音だ。

今朝、全てを人に施された髪と化粧が、自力でどうにかできる訳が無い。

髪は今まで少し後ろで結ぶ程度で、何がどうなってるのかよく分からない。化粧だって私は今日までした事が無かった。

「大丈夫、何とかなる。」

「・・・何を根拠に? こ、こら揉むなって、や、やっ、やぁっ!」

「んー、期待してるみたいだし?」

「ち、違う、何が期待だ! なっ、意義ありっ・・・。」

「却下します。」


・・・


「なっ!? 何? 何でこんなに跡付けた!?」

正気に戻って驚いた。

胸からお腹にかけてに存在する、尋常じゃない数の赤い跡に口元が引きつる。

「あー、何か途中から楽しくなって。」

ふ、ふざけた理由を・・・。

「そこの白いシャツに口紅付けるぞ?」

今日芳彰が着ていた黒いボタンの白いシャツを指して言うと、鼻で笑われた。

「どうぞ?」

くぅーっ、私が挑発として言うだけで、実際にはできないのを完全に見透かされている。

「あーっ、もうっ!」

「天邪鬼。」

そう言って、また1つ赤い跡を追加された。

・・・何かすごく悔しい。



更に腹が立つ事に、ワンピースを着ると赤い跡は見事に見えなくなった。

見えても困るが、これほど計算ずくなのも複雑だ。

何とか見られるくらいに芳彰が髪を直してくれて、口紅を改めて引き直し、エレベーターで上に上がった。

ホテルのレストランなんて、ボッタクリだろう? としか思えない金額設定なんだろうけど、とりあえず何も言わなかった。

「こういう時は、素直に奢られてくれ。」

って、先に言われたからだ。

予約してあるって言ってたから、今ゴネてキャンセル料取られるのもあれだし、芳彰にも言われたし・・・って、自分に言い聞かせて居心地の悪い気分を誤魔化した。


で、肝心のご飯は・・・美味しかった。

フレンチの慣れない物ばかりだったけど、キレイに盛り付けてあるなって感心した。

そっか、やっぱり見た目も大事だなぁって、感心しながら食べてると、

「また妙な事考えてるだろ?」

って言われた。失礼な、私は研究熱心なだけだ。

二人してノンアルコールで・・・私はまぁ当然だけど、芳彰は・・・そう言えば弱いって、茜さん言ってたな。

「芳彰はお酒飲まないの?」

だからあえて聞いてみた。やられっ放しは悔しい。

「・・・姉貴が何か言ってたか?」

素知らぬ顔で聞いたつもりだったのに・・・もうバレたか? 聞くなとばかりの目が私を射抜いて、ドキっとした。けど、もう一度惚けてみる。

「何を? 茜さんが何を言うって?」

「・・・まぁいいや、俺は酒弱いの。そんなとこばっか父親に似てさ、母親に似れば、姉貴みたいにザルだったのに。」

「それもどうかと思うけど・・・。」

冗談だとは思うけど、中間ってのは無いんだろうか?

「飲めないよりは、飲めた方が都合が良い事ってのがあるからさ。」

「ふーん、それは何となく解るかも。」

コミュニケーションってのは大事だと思う。

「父親はなんかそれで苦労したみたいで、少し前に無理矢理ボーリング連れて行かれた事かあってさ、ちらっとそんな事言ったんだ。その時何か黒い炎が揺らいでるような気がしたな。」

「・・・そんなに恨みがあるの?」

珍しい。芳彰が家族の事を話してる。

「借りが返せるって、目の笑ってない笑顔張り付かせてたから、結構いい性格してるんだなって、俺はあの時初めて知ったよ。」

そう言って、目を窓の外に向けた。

私もつられて外を見ると、暗い色の海にいくつか船のものらしい灯かりが浮き、もう少し向こうには緑色に光る橋が見えた。キレイだと思わなくも無いが、それより何故緑色なのだろうと思う。

「俺、本当に向き合って来なかったんだなって、びっくりした。」

芳彰は言いながら皮肉そうに笑った。おそらく自分に向けてなんだろう。

「理由つけたり、遠慮したり、まぁいいかって諦めたり、そんな事ばっかしてきたのかなって思うと、情けないよな。」

「うん、そう思う。」

私は躊躇することなく肯定した。自分で気付いているなら、気を使う必要も無い。

「・・・やっぱり、バッサリだな。」

もちろん。私に同情を求めようなんてのが間違っている。

一度は言いようの無い目を私に向けたが、鼻で笑うと、その後は満更でもない様子だ。

「だから予定より早く帰る事にしたってとこ? やり直す気になったの?」

「ん・・・、そこまで意気込んでる訳じゃないけど、今のまま続けてると戻れなくなりそうだしな。やる気になった段階で動いた方が良いかな・・・ってな。」

「いいと思うよ。今度一人暮らしする時は、是非自力でやって下さい。」

自立してから、いくらでもやればいいさ。そうすれば誰にも文句は言われない、後ろめたく思う事も無い。

「・・・一人なのか。」

しかし、芳彰は妙な事を呟いた。

「はい?」

「いいや、別に。帰ったら片付けないとな。美晴も手伝うか?」

結局説明は無く、何を言いたかったのか私には想像が付かない。何というか、誤魔化されてしまったような気がするのは気のせいだろうか?

「遠慮しとく。・・・自分で決着つけて下さい。」

「厳しいな。」

「うん。」

顔を引きつらせた彼に澄まして返した。

別に誤魔化されたからって訳じゃなく、この我が侭の後始末は、芳彰が自分でやるのが筋だと思う。おまけに、私が行ったら絶対片付けにならないのは目に見えている。

・・・それに、私が辛いじゃないか。

えーと、酒飲めないって所を軽く見られても、

これは体質なんだからどうにもならないんだぞー!

飲み会参加しても、「何だ飲めないのか」って顔されるのも結構キツイし、

だからと行って行かないのは、付き合いが悪い的な事になるし、

・・・といった不満。

酒飲んで騒いでるのって、結構羨ましいんですよ?

しっとりお酒飲んでるシーンなんて、憧れるんですよ?

以上、下戸の主張でした。

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