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前に進むために。  作者: 薄桜
本編
6/12

無駄な足掻きと無駄な焦燥

6話目です。

ではどうぞ。

改めてジュエリーショップに向かうが・・・やっぱり場違いな感じで、気後れがする。

「さ、どれでも好きなのをどうぞ、って訳にはいかないけど、見てみよう。」

しかし芳彰は、自然な様子で私を誘う。

・・・そんなに慣れてるのか?

今朝もそうだったが、姉弟揃って値段を見なかった。これも育った環境の違いというヤツなのかもしれないが、私は私で違う育ち方をしている。

再度の催促を受けて、仕方なくショーケースを覗き込むが、やはり値札を見るのは怖い。

小さな指輪が何万もする事に異論は無いが、それは私の世界の話ではない。

・・・やっぱり貰うのには抵抗がある。

他を見る振りをして、どうやって断ったものか必死に考えていると、いい物を見つけた。なるほど・・・そういう手もあるか。

「あれ、ああいうのがいい。」

私はショーケースの上の小さなPOPを指差した。

「ペアリング?」

芳彰は、私が差したポップの文字を音にした。

うん、ただ私だけが買って貰うだけってのはものすごく抵抗があるけど、これなら。

「首輪とか、虫除けって事じゃないんだけどさ、何か同じ物持ってるのは嬉しいっていうか・・・普段は別に着けてくれなくてもいいんだけどさ。私も学校で着けるわけにいかないと思うし。後・・・やっぱ少し寂しいし。」

とはいえ、心の中にある事を、言葉にするのはすごく照れくさかった。何か自分でもグダグダだなって、ものすごく思う。

だから、さっきは言わずに飲み込んだ言葉を、つい言ってしまった。

そしたら芳彰は満足そうに笑って、突拍子も無い事を言い出した。

「じゃ左手の薬指でいくか?」

「はっ? なっ、えっ、ちょっと?」

言うに事欠いて、それか?

「ま、待て、そこまでは言ってない、私そんなに縛る気はないぞ。」

私は芳彰が好きだけど、まだそんな先の事は分からない。

芳彰は違う人好きになるかもしれないし、喧嘩して別れてしまうかもしれないし・・・だから、そんな特別な意味のある指に軽々しくはできないってば。

「いいから、予約させといて。」

だけど自信満々な様子でそんな事を言うから、思わず顔が熱くなる。

・・・本当に、そんな覚悟で言ってんのか?

「・・・後でキャンセルしたくなっても知らないぞ?」

「俺はキャンセルしないし、美晴にもさせないように努力します。」

うわっ、責任重大な事をそんな簡単に・・・。

私は益々熱くなって、嬉しいと思った事が恥ずかしくって、思わず目を逸らした。

「・・・私は芳彰しか好きじゃないもん。」

初めて本気で人を好きになって、尊敬出来て、傍に居るのが嬉しくて楽しくて、芳彰しか知らなくて・・・今の私には他の人の事なんて考えられない。先の自分もきっとそうだと思う。


ピンクゴールドとシルバーの同じデザインの色違いで、それぞれ小さなホワイトダイヤ、ブラックダイヤの嵌った指輪を選んだ。

私が選んだから、そうびっくりするような金額じゃない。

指輪の受け取りは、サイズ直しのために一週間ほど先になった。


 *-*--*--*--*-*


ジュエリーショップから出て来た美晴さん達は、やっぱり手を繋いだまま海沿いの道を歩いて行く。

「何か本当、今日の美晴は別人みたい。」

葵姉がそう言うのも無理は無い。僕の目にも別人に見える。

自分に厳しく、潔く、どちらかと言えば男らしい性格で、そして悪ふざけが過ぎて、非常に腹の立つ人なのに、今は何だか可愛く見えるから不思議だ。

それは普段と違う服や髪型のせいって訳ではなくて、隣の男性によるものなのだろう。

今日半日追いかけてずっと感じていた事だが、あの美晴さんを落としただけでも凄いのに、きちんとエスコートして、しかも往来で美晴さんを抱きつかせた。

・・・一体どんなやり取りがあったのか、距離があってさっぱり分からないが、あれには本当に驚いた。

ずっと見ていて、僕は何となく差を感じて自分が情けないような気がしていた。心に澱が溜まっていくような心地がして。この差が年齢によるものだけであればいいと心底思っていた。


「どしたの、険しい顔しちゃって?」

葵姉に声をかけられて我に返ると、覗き込まれていた。

「ん?・・・んー、僕はまだまだ未熟者だなと。」

変な所で心配かけたくなくて、冗談めかしてこぼすと、葵姉は不思議そうに言った。

「そう? 私は今の聡太がいいけど?」

「だけど・・・」

一応僕にもプライドって物がある。見栄を張ろうってとこまでは思わないけど、差を見せ付けられるのは面白くない。

「私がいいの。あっちはあっち、こっちはこっち。背伸びしたって、人真似したっていい事無いよ? 聡太には私を見てて欲しいんだから。」

ねっ、と手を繋がれて引っ張られた。

お見通しですか・・・。

「さーて、私、本屋さんに行きたいんだけど付き合ってくれる? そうだ、かわいい封筒も買わなきゃね。」

葵姉は有無を言わさず、そのまま僕を引っ張って向きを変えた。

「追跡はもういいの?」

以外にあっさりした引き際に驚いてそう質問したのは、僕がその先を見てなかったからだ。葵姉は一瞬ギクリとして僕を見て、何の事か解らない僕は首を傾げると、ホッとしたように笑い出した。

「無理。あれにはもう付いて行けない。」

あれって?

葵姉に引っ張られながらも振り返ると、二人の向かう先には、海を臨む形にそびえる高層のホテルがあり・・・一瞬頭がパンクしそうになった。

「・・・そうだね。」

人それぞれ歩く速さが違うように、考え方も違う。付き合い方も違う。

まあ、それはそれでいいのかなって・・・今、実感した。

今日のイライラも焦りも、取り越し苦労だったなと、葵姉に見透かされてて反省したし。多少の羨ましさは否定しないが、あっちはあっち、こっちはこっちってのは間違いじゃない。

美晴の内側、聡太くんの本音。

ここまで対比で来たけど、聡太くんは残念ながらここで退場です。

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