無駄な足掻きと無駄な焦燥
6話目です。
ではどうぞ。
改めてジュエリーショップに向かうが・・・やっぱり場違いな感じで、気後れがする。
「さ、どれでも好きなのをどうぞ、って訳にはいかないけど、見てみよう。」
しかし芳彰は、自然な様子で私を誘う。
・・・そんなに慣れてるのか?
今朝もそうだったが、姉弟揃って値段を見なかった。これも育った環境の違いというヤツなのかもしれないが、私は私で違う育ち方をしている。
再度の催促を受けて、仕方なくショーケースを覗き込むが、やはり値札を見るのは怖い。
小さな指輪が何万もする事に異論は無いが、それは私の世界の話ではない。
・・・やっぱり貰うのには抵抗がある。
他を見る振りをして、どうやって断ったものか必死に考えていると、いい物を見つけた。なるほど・・・そういう手もあるか。
「あれ、ああいうのがいい。」
私はショーケースの上の小さなPOPを指差した。
「ペアリング?」
芳彰は、私が差したポップの文字を音にした。
うん、ただ私だけが買って貰うだけってのはものすごく抵抗があるけど、これなら。
「首輪とか、虫除けって事じゃないんだけどさ、何か同じ物持ってるのは嬉しいっていうか・・・普段は別に着けてくれなくてもいいんだけどさ。私も学校で着けるわけにいかないと思うし。後・・・やっぱ少し寂しいし。」
とはいえ、心の中にある事を、言葉にするのはすごく照れくさかった。何か自分でもグダグダだなって、ものすごく思う。
だから、さっきは言わずに飲み込んだ言葉を、つい言ってしまった。
そしたら芳彰は満足そうに笑って、突拍子も無い事を言い出した。
「じゃ左手の薬指でいくか?」
「はっ? なっ、えっ、ちょっと?」
言うに事欠いて、それか?
「ま、待て、そこまでは言ってない、私そんなに縛る気はないぞ。」
私は芳彰が好きだけど、まだそんな先の事は分からない。
芳彰は違う人好きになるかもしれないし、喧嘩して別れてしまうかもしれないし・・・だから、そんな特別な意味のある指に軽々しくはできないってば。
「いいから、予約させといて。」
だけど自信満々な様子でそんな事を言うから、思わず顔が熱くなる。
・・・本当に、そんな覚悟で言ってんのか?
「・・・後でキャンセルしたくなっても知らないぞ?」
「俺はキャンセルしないし、美晴にもさせないように努力します。」
うわっ、責任重大な事をそんな簡単に・・・。
私は益々熱くなって、嬉しいと思った事が恥ずかしくって、思わず目を逸らした。
「・・・私は芳彰しか好きじゃないもん。」
初めて本気で人を好きになって、尊敬出来て、傍に居るのが嬉しくて楽しくて、芳彰しか知らなくて・・・今の私には他の人の事なんて考えられない。先の自分もきっとそうだと思う。
ピンクゴールドとシルバーの同じデザインの色違いで、それぞれ小さなホワイトダイヤ、ブラックダイヤの嵌った指輪を選んだ。
私が選んだから、そうびっくりするような金額じゃない。
指輪の受け取りは、サイズ直しのために一週間ほど先になった。
*-*--*--*--*-*
ジュエリーショップから出て来た美晴さん達は、やっぱり手を繋いだまま海沿いの道を歩いて行く。
「何か本当、今日の美晴は別人みたい。」
葵姉がそう言うのも無理は無い。僕の目にも別人に見える。
自分に厳しく、潔く、どちらかと言えば男らしい性格で、そして悪ふざけが過ぎて、非常に腹の立つ人なのに、今は何だか可愛く見えるから不思議だ。
それは普段と違う服や髪型のせいって訳ではなくて、隣の男性によるものなのだろう。
今日半日追いかけてずっと感じていた事だが、あの美晴さんを落としただけでも凄いのに、きちんとエスコートして、しかも往来で美晴さんを抱きつかせた。
・・・一体どんなやり取りがあったのか、距離があってさっぱり分からないが、あれには本当に驚いた。
ずっと見ていて、僕は何となく差を感じて自分が情けないような気がしていた。心に澱が溜まっていくような心地がして。この差が年齢によるものだけであればいいと心底思っていた。
「どしたの、険しい顔しちゃって?」
葵姉に声をかけられて我に返ると、覗き込まれていた。
「ん?・・・んー、僕はまだまだ未熟者だなと。」
変な所で心配かけたくなくて、冗談めかしてこぼすと、葵姉は不思議そうに言った。
「そう? 私は今の聡太がいいけど?」
「だけど・・・」
一応僕にもプライドって物がある。見栄を張ろうってとこまでは思わないけど、差を見せ付けられるのは面白くない。
「私がいいの。あっちはあっち、こっちはこっち。背伸びしたって、人真似したっていい事無いよ? 聡太には私を見てて欲しいんだから。」
ねっ、と手を繋がれて引っ張られた。
お見通しですか・・・。
「さーて、私、本屋さんに行きたいんだけど付き合ってくれる? そうだ、かわいい封筒も買わなきゃね。」
葵姉は有無を言わさず、そのまま僕を引っ張って向きを変えた。
「追跡はもういいの?」
以外にあっさりした引き際に驚いてそう質問したのは、僕がその先を見てなかったからだ。葵姉は一瞬ギクリとして僕を見て、何の事か解らない僕は首を傾げると、ホッとしたように笑い出した。
「無理。あれにはもう付いて行けない。」
あれって?
葵姉に引っ張られながらも振り返ると、二人の向かう先には、海を臨む形にそびえる高層のホテルがあり・・・一瞬頭がパンクしそうになった。
「・・・そうだね。」
人それぞれ歩く速さが違うように、考え方も違う。付き合い方も違う。
まあ、それはそれでいいのかなって・・・今、実感した。
今日のイライラも焦りも、取り越し苦労だったなと、葵姉に見透かされてて反省したし。多少の羨ましさは否定しないが、あっちはあっち、こっちはこっちってのは間違いじゃない。
美晴の内側、聡太くんの本音。
ここまで対比で来たけど、聡太くんは残念ながらここで退場です。




