雨降って地固まる?
5話目です。
ではどうぞ。
昼食後、雑貨屋で実用性の乏しいかわいらしい傘と、アジアンな雰囲気のカエルの置物を見て、何気なくアクセサリーを見てたら、
「どうせならこっちにしよう。」
そう言った芳彰に、違う店に連れて行かれた。
「ねぇ芳彰・・・本気?」
「何が?」
彼は気にした様子もないが、私は気にする。
「そんなに高いものは買って貰えない・・・って言うか、買うな!」
「美晴?」
目の前にあるのは、本物のジュエリーショップで、という事は値段もそれなりだろう。
現在医大休学中の芳彰は、ついでに家出中で、そのくせその生活費は全て親に頼っているというお坊ちゃんだ。
絵を描きたいという本人と、医者になって家業を手伝えという、親子の間の葛藤は解らなくもない。結局ほんの少し親が折れて、1年間という時間の猶予をもらい休学し・・・今に至っている。
その時間をちゃんと活かして、絵ばかり描いてるのも知ってる。
結局芳彰も折れて、復学のために勉強し直してるのも知っている。
今日が息抜きだって言うのならそれでもいい。日頃の努力を考えれば、私は文句を言う気は無い。
しかし・・・それとこれとは話が別だ。
私にプレゼントってのは違うだろう?
「ふざけるな! 今日連れ回されただけでも、いくら使ってるんだ!?」
「美晴、落ち着け。いいから落ち着け。まずは話を聞け。」
息巻いて続けようとしたが、芳彰に両肩を掴まれ先手を打たれた。
彼を見上げると、『やっぱりな』って顔に書いてあるような気がする。
「お前の言いたい事は何となく分かるんだが・・・それは違う。誤解だ。」
「何が!?」
彼は何度か深呼吸をして、覚悟を決めたかのように口を開く。
「あのな、これは俺の金。れっきとした俺の稼いだ金だ。」
「バイトでもしてたのか?」
階段下りればすぐ彼の部屋で、以前色々と探って、彼の事を随分知った気にはなっているが、実際には知らない事だらけだ。
私が知ってるのは、『史稀』と名乗ってた頃の捻くれた不振人物と、あの部屋にいる芳彰ばかりで、他は知らない。
彼の内面は見れてば分かる。しかし、彼に関する事柄は事は彼が話した分しか知らない。・・・いや、一部茜さんから聞いたな。
勿論、私があの部屋にいない間の事は知らないし。彼も特に進んで話そうって気は無さそうだし、私にも言いたく無い事はある。だから詮索しようなんて気なんか無い。
そうか・・・そうだな。私は彼が普段何をしてるのかって、本当は知らないんだな。絵が出来上がるスパンが短いから絵ばかり描いてるものだと思っていたが、それは実は私の思い込みで、バイトしてたって言われても、そうだったのかと思うくらい・・・なんだよな。
「いや、絵が売れた。」
「は?」
えーと、ごめん、それはまったく予想していなかった。
「姉貴が、いくらか勝手に持ってったって言ったろ? あれ知り合いの画廊に置いて貰ってたらしくてさ・・・それが売れたんだってさ。」
なるほど・・・すべて私の杞憂ですか。
確かにキャンバスがごっそり消えてて、理由を聞いた事がある。
芳彰は気恥ずかしそうな表情を浮かべているが、そこに嬉しそうな色は見えない。これは本人も戸惑っているという事だろうか?
手の届かない夢や理想を追いかけるのは楽しい、しかし、手が届きそうになると途端に怖くなる。何故なら、そこから先に進むには覚悟や責任が必要になるからだ。ひょっとしたら芳彰は今、そういう心境なのかもしれない。
「あのさ、そういう事は最初に言っておこうよ。・・・そしたらもっと楽しめたのにさ。」
何か悔しいから、溜息に混ぜて本音を吐いた。
「やっぱり美晴はびっくりさせるの難しいな・・・。」
芳彰も溜息を吐いて嘯く。
「そうでもない。十分びっくりしてるし、かなり嬉しい・・・。」
私は自分でもびっくりする事態が起きて、私は芳彰に抱きついた。
「美晴?」
まさか泣きそうになるなんて思わなかった。泣き顔なんか、もう絶対に見られなくない。
「だって・・・、どれだけ真剣に描いてたか知ってるから・・・。私、いっぱい邪魔したけどさ。」
「そうだな。」
優しく笑う声がして、背中に手が回された。
「おめでとう。」
「ありがとう。・・・あぁ、そうだ。先に言っておくとその服一式は姉貴からだ。でも、他は俺からの感謝の気持ちと、初デートの記念?」
記念って何だよ!?
急に女の子みたいな事を言い出したから、吹きそうになった。でも、おかげで少し自分に戻れた。素の状態でいつまでもくっついているのは、さすがに恥ずかしい。
体を離してから、私は疑問を口にした。
「そっか、でも何で茜さんが?」
「姉貴も美晴に感謝してるんだってさ、」
・・・やっぱ過保護だ。
「それと・・・、」
芳彰は急に言いにくそうにして上を向き、一度深呼吸をしてはっきりと言った。
「俺、家に戻る事にした。」
これも予想してなかった。
1年間という期限はあったものの、実家のすぐ傍で自立でもなく一人で暮らす状態は、正直言って不自然で、完全に甘えだと思っていたし・・・私もそれに甘えていた。すぐに会える場所にいる事が心地良かったのは事実だ。
でもそっか、ちゃんと決めたんだ。
「ん、頑張れ。」
だから、一言だけエールを送った。
*-*--*--*--*-*
「ねぇ、あれ。あの二人喧嘩してる?」
葵姉が言うように、雑貨屋から出てきた二人は違う店の前で言い合い・・・ではないな。
美晴さんが一方的に声を荒げていて、彼氏の方は、すぐさまなだめに回った。
「珍しいわね、美晴があんなに感情的に人に当たるなんて。」
「うん、そうだよね。」
迷惑なちょっかいを出してはきても、人に喧嘩を吹っかけて来る事は無い。
以前に一度、僕は美晴さんを怒らせた事があるが、それとも違う。
あの時は・・・僕に厳しく、自分には更に厳しくといった感じで、最終的にはどちらも苦手なはずのカラオケで、耐久レースの様相を呈した。
ただ、あの人は自分の都合だけで人を批難する事は無い。だから、あれだけ怒っているのには、それなりの理由があるのだろう・・・とは思うが、理由はさっぱり計り知れない。
葵姉と顔を見合わせて、そのまま成り行きを見守っていると、事態は急展開を迎えた。
何で急に抱きつく!?
往来の真ん中で・・・あの人そんなに情熱的な人だったのか?
「美晴・・・やるわね。」
隣から聞こえた声に驚いて見ると、葵姉は嬉しそうに手を握り締めていた。その言葉の真意を測りかねて・・・そう、それが観客としての言葉なのか、自分もそうありたいという事なのか、そこはあえて聞かないでおく事にする。
その後、美晴さん達は店へと入って行った。
再び手を繋いで、ジュエリーショップへと・・・。
庶民感覚で。




