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前に進むために。  作者: 薄桜
本編
3/12

電車に乗って

3話目です。

ではどうぞ。

「ねぇ、何処行くの?」

「内緒。」

むー、一人だけ楽しそうで悔しい。

何度聞いても尋ねても、その質問にはまったく答えてくれない。私はこのまま大人しく、手を引かれるまま付いて行くしかないのか?


休日の午前中。乗り込んだ電車は見事に空いていた。

友達の志帆ちゃんみたいに電車通学じゃないから、通勤ラッシュってのはテレビの向こうの世界のものって感覚しかないけど・・・これがガラガラって状態だってくらいは分かる。

子連れの家族と、これから仲良く遊びにいくような女の子3人と、微妙な距離を保った・・・カップル?

それに比べて私達はと言えば、暑いのにぴったり隣に座って、しっかり手まで握られて、私はそんなに逃げ出しそうか? そんなにも信用が無いか?

右側の芳彰を見上げると、彼は平然として私に優しい目を向けるから・・・変に照れる。

そもそも、慣れない自分の格好に違和感を感じまくりで、居心地が悪いっていうのに、おまけに芳彰は何かカッコ良いし・・・黒いボタンの白シャツに、黒のチノパン、袖を捲った麻のジャケットを羽織り、腕には高そうな腕時計が光っている。

こんな姿は初めて見た。

普段もラフながら、何か感じ良く着こなしてるけど・・・うん。


電車が揺れる度に腕が触れ、その度に無性にドキドキが増して・・・やっぱり変だ私。

「何照れてんだ?」

妙に嬉しそうな芳彰の言葉にムッときて、繋がれたままの手を離そうとすると、逆に力を込められた。

そして、少し後悔の色がにじむ表情に思わず笑い、私は少し肩の力が抜けた。

・・・何だ、今日はやたらとすまして、振り回して、調子を狂わされてばっかだったけど、普段の芳彰と全然変わらないじゃないか。

「そんなに笑うな・・・何か傷つく。」

「大丈夫、私が安心しただけだから。」

「・・・何だそれ?」

「んー、惚れ直したってとこかな?」

うん、やっぱり芳彰かわいい。

「それ、何かを逸らかしてるだろう?」

ひどいなー、本心なのに。

疑惑の目を向けて来るから、私も真っ直ぐ見返してみると、芳彰の方が目を逸らした。

「・・・まぁいいや、ほら次降りるぞ。」

何か勝ってしまったような気がする。・・・って、

「次?」

前方上部の掲示欄に貼られた路線図に目をやると、駅名の横に飛び跳ねるイルカとシャチのイラストが描かれていた。

「・・・水族館?」

「気付くの早いな、降りる場所だけでバレたか。」

あの絵を見たら一目瞭然だと思うんだけど、その声はちょっと悔しそうな色を含んでいる。ひょっとして芳彰は、あの路線図に気付いて無いんだろうか?


 *-*--*--*--*-*


僕達も同じ電車の隣の車両に乗り込み、ギリギリ二人が確認出来る場所でこっそり様子を窺った。

「うん、やっぱりあの人よ。デジカメの人で間違いないわ。」

「へぇ・・・、年上だよね。」

何となくだけど、20歳前後くらいかなって感じがする。

「そうね。まったく、人の事は散々突付き回しておいて、自分の言はまったく報告無しなんだから。美晴らしいけど、許さない。彼氏の事だって、先生が教えてくれなかったら、きっと今も知らなかったかもしれないし・・・後で絶対吐かせてやるんだから!」

うわっ、葵姉の変なスイッチが入った。これは今日とことん追いかけそうだな。

っていうか、先生から聞いたってのも気になる話なんだけどな。

「んー、でもあの人、どっかで見た気がするんだけどな・・・。」

「何? 写真じゃなくて?」

「うん、それより前。・・・何となく、あのシルエットに見覚えがあるのよね・・・。」

そう言って目を閉じ、一本立てた人差し指を眉間に当てて、どうやら記憶を探っているらしい。

一方美晴さんに目をやると、照れて終始落ち着かない様子で・・・僕は今とても珍しい物を見ているんだと思う。

それでもずっと手は繋いだままで、まったく仲が良いものだと呆れる反面、実は少し羨ましかった。

こちらの彼女はと言えば、未だ思い出そうと頑張っていて、頭の中の言葉が微かに口から漏れているが、まだしばらくは帰って来そうにはない。

・・・もしずっとこのままだと、僕は葵姉と手を繋げそうな気がしない。

3つ目の駅に着く頃に、不意に美晴さんの笑う声がした。

僕は急いで視線を戻したものの、多分何かを見逃した。一体何があったものか、彼女は既にいつも通りの雰囲気だった・・・やっぱり僕達は珍しいものを見てたんだなと、宝くじにでも当たったような気分になった。


 *-*--*--*--*-*


電車を降りて改札を抜けると、駅から繋がる連絡通路を抜けて水族館へと向かう。

芳彰は入場券を買わずに、ジャケットの内ポケットからチケットを取り出した。

半券とパンフレットを返すスタッフに「お楽しみ下さい。」と笑顔で見送られ、すぐの角を曲がると私は思わず目を見張った。

壁一面にはめ込まれた、たくさんの魚が泳いでいる巨大な水槽に圧倒された。

案内板には『近海の魚たち』とあり、熱帯魚のような派手な色合いではないが、上から差し込む光の筋が、まるで美しいドレープをのようだ。

群れで舞う小さな魚達は一糸乱れぬ動きを見せ。悠々と泳ぎ回る大きな魚は、のんびりと見せ掛けの自由を楽しんでいる。

これは、なかなかに圧巻だ。

「初めて来たのか?」

見とれる私に、満足そうな面持ちの芳彰が声をかけて覗き込んできた。

「うん、リニューアルしてからは初めて。以前のは遠足とか家族で来た事あるけど・・・全然違うね。」

「そうだな、二年位前だっけ? 俺は・・・昔のは遠足で来たな。」

何となく違和感のある言葉と間だった。

あの台詞、そして驚く私に満足して・・・って事は、以前に絶対に来ているはずだ。

何もわざわざ隠さなくたっていいのに。そんな事されると追求したくなる。

「じゃぁ、新しくなってからは?」

「・・・さ次見ようか。」

芳彰はあっさり逃げた。

その態度があまりにも分かりやすくて、おかしくて、

「変に誤魔化すと、当時の彼女に悪いぞ。」

そう言って笑ってやると、ジト目で見られ、

「・・・やっぱり、変なやつだな。」

と芳彰は溜息のような、苦笑を漏らした。


 *-*--*--*--*-*


入口でそれぞれにチケットを買って中に入った。

予想外の出費になるが・・・まぁ予想外のデートだから仕方が無い。

「きれい。」

だけど、嬉しそうに水槽に近付く葵姉を見てると、こういうのもいいなって思う。

「ずいぶん変わったね。」

小さい頃に来た時の水色の壁に嵌った水槽とはまるで違い、今のここは光と色が押し寄せてくるようで迫力がある。

円柱の水槽をぐるぐると回るイワシの群れ、エイが飛ぶ180度水槽のトンネル、体の一部が明滅するクラゲ、水槽のどこにいるのかよく探さないと分からない小さな珍しい魚、ふてぶてしい顔した密林のナマズ、すごい速さで泳ぎ回るペンギン、人懐っこそうに寄ってくるイルカ。

美晴さんの事はどうでもよくて、実は忘れてしまったんじゃないかと思えるほど、葵姉は楽しんでいた。

でも、二人を追いかけて来たから、こんな彼女が見られた。

もし、二人を追いかけていなかったら、僕達は今頃どこで何をしていたのだろうか?

うーん、水族館行きたいなぁ・・・。

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