停学1日目①
「お兄ちゃん、学校いくよー!」
玄関で一足先に靴を履き、つま先をトントンさせながら言う。
「ん?俺今日から1週間停学だぞ」
「あっ…。そうだった」
マナミがしょぼくれているのを見るのは辛い。そこでとっさの思い付きから
「まぁ、自宅謹慎じゃないんだから学校の前に行くくらいはいいだろ」
と言ったところ、マナミはさっきまでの明るさを取り戻し、俺の手を引っ張りながら家を出た。
「あっ、マナせんぱい!おはようございます」
「おはよう、マナミちゃん」
行儀よく一度立ち止まってから挨拶をする。マナもそれに応えて挨拶を返す。
「それから、マモル君も」
「なんだ、驚かないんだな」
「まあね。伊達に17年幼馴染やってないよ」
マナにしては珍しく、ちょっと勝ち誇っている。反面マナミはライバルに負けたような目をしていた。
「でも優希ちゃんには見つからない方がいいよ?」
「わかってる、だが校外で合うことなんてそうないだろ」
「挨拶運動で門のトコにいるかも!」
「んな馬鹿な」
「・・・あっ」
マナが歩みを止める。俺とマナミが不審に思って振り返ると、携帯の画面を見ながら何かを確認していた。
「まさか、今日挨拶運動やってる日なのか?」
「…ううん、それよりマズイかも」
「どーゆーこと?」
「今日は…交通安全の街頭指導の日なの」
「げっ」
「がいとーしどー?」
ウチの学校には交通安全委員という委員会があって、学期に一回くらいの頻度で通学状況をチェックしている。
ほとんどは自転車通学者がチェック対象だったが、PTAから抗議でもあったのか歩き携帯やイヤホンの着用にもうるさくなってきている。と説明した。
「ふ~ん…でもそれの何がまずいの?」
「その街頭指導に、どういうわけだか優希が出張ってきてな」
「マナミちゃんもマモル君と優希ちゃんの関係は知ってるでしょ?」
「う、うん…」
「で、この通学路上に現れるってわけだ」
「じゃ、じゃあこうやって出会う前に分かったんだし、道を変えたらいいんじゃないの?」
「今まではそうしてたんだが…今年はダメそうなんだ」
「なんで?」
俺は双眼鏡を取りだし、マナミに手渡す。
「あそこの電柱の影、ウチの生徒がいるだろ?」
「あ、ホントだ」
人の姿を確認したマナミは双眼鏡をマナに渡す。
「で、あいつは風紀委員のメンバー。あとはわかるな?」
「尾行されてるってこと?」
「そういうこと、だから道を変えても筒抜けってわけ」
「なるほど。でもさ、マモル君」
「うん?」
「ということは今ここにマモル君がいることもバレてるってことじゃない?」
思考が停止する。マナの言うとおりだ、よく考えればすぐ気付くはずのことなのに。
優希の襲来を危惧するようになったからか、遠くから誰かが全速力で走っているのを感じる。
「・・・来るぞ」
「「えっ?」」
――――ドドドドドドドド
進行方向から走ってくるのが見える。もちろん、優希である。
「ついに尻尾を出したわね黒武者守!」
あれだけの速度で走って息を切らしていない優希のスタミナに感心する。
「何もしてないだろ」
「アンタ、今日から停学なのわかってるでしょ!」
「まぁ、自分のことだし」
「でもお兄ちゃん言ってたよ!『自宅謹慎じゃないから学校の近くに行くまではいい』って!」
珍しくマナミが優希に噛み付く。優希も意外だったという表情を見せ、
「…ま、そうね。いいわ、見逃してあげる」
あっさりと引くものだから、今度はこちらが驚く。
「…と、とりあえず、見逃してもらえるってんなら行こうぜ」
「そ、そうね」
前例のないことに戸惑いながらも、俺達は優希を追い越し学校へと進む。
「・・・行ったわね」
「ユキさん…聞かなくてよかったんですか?」
「なんでか知らないけど、『聞かない方がいい』って思ったの」
「女の勘ってやつですね、私も経験あります」
「そうそう。それにパパが認めるってことは・・・」
「そんじょそこいらの高校生じゃなさそうですね」
「えぇ。ところであなたのご両親、結構顔が広いんですって?」
「まぁ…それなりに」
「『新開 龍見』って人、知らないか聞いてみてくれない?」
「は、はぁ…わかりました」
「それじゃ、私達も学校に戻るわよ」
「はい!」
(パパが認めた守以外の人…その人も守と何か似たものがあるはず)
「ついに…着いちゃったね」
「あぁ。じゃ、勉強頑張れよ」
「うん!お兄ちゃんも留守番よろしくね」
「もっと今生の別れみたいになると思ったら、案外そうでもないんだね」
「ん、まあな」
「じゃあねお兄ちゃん。行ってきま~す!」
「行ってらっしゃい」
マナと2人で学校の中へと入っていく。俺はそれを外から手を振り見守る。
2人が校舎の中に入るのを確認した後、俺は引き返し家に帰る。
一度家に帰った俺は地下に下り、隠し通路を通って再度学校を目指す。
直線が多い作りになっているので、乗り物に乗っていけば早いのだが、帰りはマナミと地上を帰ることになるので歩いて通路を進む。
ちなみにこの通路は学校以外の場所にも通じている。緑自園や駅の地下、はてには市役所にも出入り口がある。
電気も電力会社から融通してもらっているため、照明はついていて明るい。だが携帯が通じることはない。
15分ほど歩き、【↑南校】という表示のあるところまで来る。この上にある出口が、学校の校舎裏につながっている。
出入り口を少し開けて外の様子を窺ってみたが、特に誰もいなかった。扉を閉め、音を立てないように気を付けながら校舎内に侵入する。
時刻は9時過ぎ、すでに1限目の授業は始まっているため廊下に人はほとんどいない。
ここからは、音を立てないことよりも直接人に見つからないことに重点を置いて移動する。
―証明には大きく3つの方法がある。1つは直接証明する方法、2つ目は背理法、3つ目は対偶を・・・―
マナミの教室の前に来る。どうやら数学の授業のようだ。席もわかっているからちょっと様子を見たいところだが、生憎マナミの席は廊下側ではない。仕方がないので今回は諦めて先に進む。
局室の前に到着する。周囲を確認してから扉を開け、中に入る。
室内には誰もおらず、隠れて時間を過ごすにはうってつけの場所だった。
都合よくベッドもある。俺はベッドに潜り込み、昼頃までは寝て過ごすこととした。