処罰
――翌朝――
今日は土曜日、いつもなら補習という名の平常授業が行われるのだが、昨日の今日のため中止となった。
だから朝ものんびりとしていた。
「お兄ちゃ~ん、起きて~」
9時を過ぎた頃、マナミが起こしにやってくる。いつもと違って起こし方も大人しい。
「学校ないんだし、もう少し寝る」
「じゃあ朝とお昼は自分で用意してね?」
「おはよう!」
「おはよう、お兄ちゃん」
1階におりると、玄関がいつもとは違い、靴が一足多いのに気付いた。
「…マナが来てるのか」
「そ。お兄ちゃんよくわかったね」
「午前中でも俺んちに来るのはアイツくらいだ」
応接間に行くと、そこにマナがいた。
「おはよう。元気そうだね」
「大したことなかったからな。で、学校も休みだってのに何の用だ?」
「い、いやほら、マモル君大丈夫かなー、って」
「別に昼すぎに来てもいいじゃん」
「お出かけするっていってたから来たんだよ」
「あー、そういえばそうだった」
今日は警察署に行って優希の親父さんと会う予定があったんだった。すっかり忘れてた。
「まぁまぁ。とりあえずお兄ちゃん、先にご飯にしよ?」
話が一段落したところでうまくマナミが入ってくる。
マナミの言葉に従い、食卓に着く。テーブルの上には二人分の食事が用意されていた。
「なんだ、お前は食べないのか?」
「うん。私は食べてきたからね」
「その間暇だろ、テレビ好きなの見ていいぞ」
「はーい」
マナは隣の部屋に消えていく。少しするとテレビ番組の音声が聞こえてきた。
―――ぐぅ~~~
その直後、お腹の鳴る音がする。一瞬テレビからかと思ったが、隣でマナミが真っ赤になっていた。
「もしかして…俺が起きるまで我慢してたのか?」
マナミは静かにうなずく。マナに聞こえていないのが不幸中の幸いだろう。
「と、とりあえず食べようか。いただきます」
「…いただきます」
焼き鮭に箸をつける。俺が食べ始めるのを待ってから、マナミが食べ始める。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした」
食事の間に聞いたが、マナミは朝いつも通りに起きて俺が起きるのを待っていたらしい。
ご褒美というわけではないが、頭を撫でてやった。子猫のような愛らしい反応が返ってきた。
食器を流し台に持っていき水につける。戻り際に果物ナイフを取りだし、冷蔵庫からリンゴを持ってくる。
「お兄ちゃん、リンゴ切ってくれるの?」
「えっ!?」
マナミの言葉を聞いたマナが向こうの部屋から飛んでくる。
俺は料理はあまりできないが、包丁(というより刃物全般)の扱いには長けている。その技術だけならこの2人を上回っているといえる。
そのせいか、調理実習では切る以外の作業はほとんどやらせてもらえなかった。
ちなみに最近は皮も食べるように意識しているので、特にスゴ技を披露することはない。
俺は淡々と食べるサイズにリンゴを切っていく。密が多かったので、なるべくヘタと種の部分だけになるよう丁寧に取り除く。
丸ごと一個切り終えた後、爪楊枝を二本差して二人の前に差し出す。
「もう食べていい?」
「いいぞ」
マナミが一つをとり口に頬張る。しゃくしゃくと歯ごたえのある音がこっちにも聞こえてくる。
俺も手前の方のリンゴを刺し、食べる。マナはこの食べ方に驚いていた。
「そうだ、二人に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
「なになに?」
「警察署ってドコにあんの?」
「えっ」
マナが口をあんぐりとあけている。
「知らなーい」
「マナミちゃんも知らないの!?」
マナミも場所は知らないようだ。その事にもマナは驚いていた。
「普通知ってるもんじゃないの…?」
「用がないからな。来年は行くかもしれんが…」
「も~っ。しょうがないなぁ」
手提げの中から紙とペンを取りだし、俺達に図で説明してくれる。
「まずマモル君の家から緑自園に向かって真っすぐ行って…」
「ん」
「園の外周を半時計回りに進むと危険区域の入り口が見えてくるの」
「なるほど」
前にも言ったが、この辺りの人は『危険区域には行ってはならない』と教育される。そのため危険区域に近づくと、引き返すことを促す看板などが多くなってくる。
「その途中に大きな通りがあるから、そこを右折ね」
「ふんふん」
ちなみにこの通りは『親不孝通り』という別名がある。俺もマナもそのことは知っている。マナミは知らないかもしれない。
この名前を使わなかったのは、親がいない俺らへの彼女なりの気配りだと思われる。
「で、この通りをまっすぐ行けば右手に見えてくるよ」
「ん、だいたいわかった」
「そんなトコにあったんだ」
「じゃあ場所もわかったことだし、さっそく行ってくるわ」
「「いってらっしゃ~い」」
二人に見送られ、家を出る。
交通事故や詐欺被害の予防を喚起するのぼりが複数立てられている門を通り、警察署の敷地内に入る。
「ここが警察署か…」
危険区域の入り口の真正面に鎮座するように建てられている。
向こうからの嫌がらせも多々あるようで、壁には無数の傷やへこみ・部分的に修復補強した痕跡がある。
自動ドアを通り抜け、署内に入る。役所とは違う独特の緊張感が漂っている。
右も左もわからない俺はまっすぐ進み、受け付けっぽい女性に所長室の場所を聞いてみることにした。
「すいません」
「はい、なんでしょう」
「所長室ってどこですか?」
近くにいた人たちの視線が集まる。まぁ当然だろう。
「お名前とご用件をお聞かせいただけますか」
しかし受付の人は動じることなく淡々と業務を続ける。
「黒武者守です」
「「「!?」」」
名前を出した途端に周囲に激震が走る。湯呑を落としたり、書類をぶち撒けたりと散々なことになった。
「用件は…」
「もう結構です。当人に確認しますので少々お待ちください」
それでもこの受付の人は平然と受話器を取り、内線をかける。色々な人が来るだけあって慣れっこなのだろうか。
「……はい。はい。かしこまりました」
――ガチャッ
「担当の者が来ますので、かけてお待ちください」
受話器を戻し、座席のある方を手で示す。
「わかりました。ありがとうございます」
言われた通りその辺の座席に座る。しばらくすると若手の警察官がこちらにやってくる。
「君は警察署じゃなくて刑務所に行くべきなんじゃないの?」
「………。」
「もしかして自首したつもり?アッハッハ、自首してもそんな罪は軽くならないからね!」
下卑た笑い声が署内に響く。一般の人は危険人物がいるかのようにこちらを見る。
受付の向こうのデスクでは、何人かが頭を抱えている一方で、この状況を楽しんでいる者もいた。
「どうして何も言い返さないんだい?あぁそうか、全部図星でぐうの音も出ないんだね!」
一般人のおばちゃんは近くの同類と密談を交わす。その輪は少しずつ大きく広がっていき、新しく入ってくる人に教えるようにまでなっていた。
耳を貸さない人もいたが、暇で話題を欲しているおばちゃんたちが入れ食い状態だった。
「お待たせしました。私、担当の赤松です」
「あ、どうも。黒武者です」
お互いに一礼し、会えたことがうれしいのか握手を交わす。若手は理解できない様子だった。
「それではご案内します、どうぞこちらへ」
俺達はエレベーターに乗り込み、5階へと上がっていった。
――――5F――――
ピンポン音の後にドアが開く。パッと見たところでは普通のオフィスとそう変わらない。
赤松さんに案内されて署長室へと向かう。すれ違う署員たちは皆俺達に一礼する。中には敬礼をする者もいた。
「ここが署長室です。それでは、私はこれで…」
後ずさりをしながらその場を去っていく。
―――コン、コン
「入りたまえ」
「…失礼します」
署長室の重い扉を開け、中に入る。
「黒武者守です」
「よく来てくれた、まぁそこに座ってくれ」
「失礼します」
俺は指示通り上座に座る。
「私が署長の『松浦 健三』だ。突然呼び出してすまなかったな」
「いえいえ。休日はいつも退屈していますのでいい運動になりました」
空気が重い。立場的にはおやっさんとそう変わりはないはずだが、初対面の人というのもあって話し辛い。
「…君のことを調べさせてもらった」
「………。」
「名字からしてもしやと思ったが、やはり君は…」
「はい。生前は父がお世話になりました」
「とんでもない、世話になったのは我々の方だ」
おやっさんとこの人とは仲が悪く、下の者もその影響を受けることが多かったが親父はどちらにも友好的だった。
そのため、おやっさんには内緒で警察からの依頼を受けていたことがあった。
おやっさんからの依頼は主に殺人・破壊が主で、警察からの場合は護衛・警護が多かった。
どうでもいいが、親父とお袋が結ばれたのは警察からの依頼がきっかけらしい。
「…ところで守君、警官にならないか?」
「はい?警官…ですか?」
「そうだ。出世は保証するぞ」
いわゆるエリートコースだ。同期には良く思われないだろうが。
「お気持ちは嬉しいですが…」
「そうか。やはり君も父上と同じか」
「はい。すいません」
「はっはっは。なに、予想はしていた」
「さて、そろそろ本題に入ろう」
「はい」
「昨日は大活躍だったそうだな」
「あぁ…、ちょっと熱くなってしまいまして」
これまでのおかげで、若干ではあるが話しやすくなってきている。
「彼らはただの学生の喧嘩では済まされない域に達していた。感謝している」
「ただ、PTAのトップを含む一部が君を危険視していてな。退学を要求している」
「面倒な…。森永、でしたっけ?」
「そうだ。旦那が国会議員でな、我々もあまり強気に出られんのだよ」
「…でもそこさえ叩ければ問題はないんですよね?」
「うむ。しかしどうやって」
「目には目を、権力には権力を、ですよ」
携帯を取りだし、PTAのトップの家に直接電話を掛ける。
trrrrr……trrrrr……ガチャッ
『はい。森永です』
「あ、どうも森永さん。はじめまして、黒武者守です」
『黒武者…?ええっ、まさか本人!?』
「そうですそうです。僕を退学にさせたがってると聞きまして、斟酌をお願いしたくてお電話しました」
『…フン、そんなことしたって無駄です!あなたへの退学要求は取り下げませんから!』
「…残念です。ところで、旦那さんはいらっしゃいますか?」
『いるわ、それがどうしたのよ』
「よろしければ変わっていただけないでしょうか?」
『ダンナを懐柔したって無駄よ、それでもいいなら変わってあげるわ』
「お願いします」
『変わりました、卓です』
「あ、どうも卓さん。父が随分とお世話になりました」
『あ、あぁ…そうだな』
声が震えている。これならいけそうだ。
「特に前回の選挙では辛くも当選できたそうですが、今 年 の 選 挙 で も 当 選 で き る と い い で す ね 」
『き、キミみたいな若造に、で、できるわけないだろう…馬鹿馬鹿しい』
「それはどうでしょうねー。実はもうすぐ父の命日で、大物の議員さんやらヤクザ屋さんやらが多数見える予定なんですよ」
「このままだと退学の経緯を説明することになりそうですね。恨めしくて『ちょっと』誇張してしまいそうですが」
『わ、わかったわかった!!君の言うとおりにしよう、それでいいだろ!?』
「助かります。それじゃあ、一週間程度の停学で済むように奥さんに言っておいてください」
『ももも、もちろんよく言っておくよ』
「それじゃ、よろしくおねがいします」
―――ブツッ
「ま、こんなもんですね」
「なかなかの手際だ、はじめてではないな」
「子は親の背を見て育つ、とも言いますからね」
「ふん…そうだな」
「恐喝かなんかで逮捕しないんですか?」
「私自身彼らはあまり好きではなくてな、それに娘が世話になっている礼だよ」
「世話になっているだなんてそんな…むしろ迷惑かけてばかりで」
「そう謙遜するな。娘はいつも君のことを話してたぞ、いつも逃げられてばっかりのようだが」
「へ、へぇ…」
意外だった。逃げられたことなんて人に言いたくないだろうに。
「しかしこの前、『ついに捕まえた』と嬉しげに話していたよ」
「あれは…まぁ」
それにしても、いつも怒ってるか気難しい顔している優希が嬉しそうにしている姿が想像できない。
「私も結果を聞くのが最近の楽しみになってきた。これからも娘の相手をしてやってくれ」
「いいですけど、易々と掴まるつもりはないですよ」
「勿論だ、そうでないと張り合いがない」
「もうお昼時ですし、そろそろ帰ります」
「うむ、気を付けてな」
「失礼しました」
署長室を後にし、廊下に出ると赤松さんがいた。
「入口までお送りします」
一階に下りると、さっきまでいたおばちゃん集団はそれまで以上に勢力を拡大していた。
少数では何もできないが、ここまでの大人数になると強気になっている。
どうしたものかと考えていると、事務方の方から先ほど俺を罵った警官とその上司らしき警官が急ぎ足でやってきた。
「さささ、先ほどは申し訳ありませんでしたぁ!!」
目の前に立ったかと思うと二人とも土下座し、ぴくりとも動かなくなる。
あまりの光景におばちゃんの軍勢も動揺が隠し切れないでいた。
「はぁ…。でもあんなことになってるからね」
俺は軍勢の方を指さす。だいたいあの手の人らは自分の間違いを認めようとしないので、いまさら『さっきのはデマです』といっても大人しく解散してはくれない。
「どう落とし前つける?」
二人は何も答えない。どうにかできると思っていないが。
「私にお任せを」
「赤松さん…」
赤松さんは軍勢に向かって進んでいき、彼女らの目の前で何か話を始める。
軍勢は次第に散り散りになっていった。一体何を話したんだろうか。
全員が帰っていった後、赤松さんが悠々とこちらに戻ってくる。
「お待たせしました」
「一体何を吹き込んだんです?」
「ははは。なに、君を敵に回さないほうがいいって教えてあげただけですよ」
かくして俺は無事に家に帰ることができた。
守「というわけで、軽い処罰ですんだわけだ」
マナ「それはいいんだけど…ちょっとやりすぎじゃない?」
守「いいんじゃない?使わないでいるよりかははるかに生活しやすいし」
マナ「で、でも思わぬしっぺ返しあるかもしれないよ?」
守「そのときは実力行使に出るさ」
「…そういえばお前らも水面下で動いてたらしいな」
マナ「な、なんのこと!?」
守「教育委員会のお偉いさんになんか働きかけたって聞いたが」
マナ「それはデマだよ、デマ!!」
守「はーそうですか」
マナミ「お兄ちゃんっていつもこんな裏工作みたいなことやってるの?」
守「いや、今回が初めてだ」
星影「嘘おっしゃい、マナミちゃん引き取るときにだいぶ交渉したじゃない」
マナミ「えっ?」
守「・・・・・・」
星影「守の両親を里親とする特別養子縁組で、マナミちゃんを引き取ったの」
「でも両親はそのときすでに故人、だからちょっと『お願い』したのよね?」
マナミ「そうなの?」
守「まぁ…そうだな。ただ死亡届出してなかったから『生きてる』扱いだったな」
マナミ「…や、や…」プルプル
マナ「二人とも、いきなり重い話しないで!マナミちゃん耐えられないよ!?」
マナミ「やっぱりそうだったんだ、どうりでおかしいと思ったよ」
マナ「…あれ?」
守「お前が思ってる以上にマナミは大人なんだよ」
マナ「そ、そうなんだ…。ごめんね、マナミちゃん」
マナミ「ううん、いいよ」
星影「次回予告、しなくていいの?」
守「っと、そうだった」
「次回義妹記、『停学1日目』」
マナミ「お兄ちゃんのいない学校って、なんかヤだなぁ…」