南高夏の陣②~局長、出撃~
その体勢のまま硬直がしばらく続き、見ている者たちは皆固唾を飲んで見守る。
「んな、アホな…」
「残念でしたね、先輩♪」
「あああああああぁぁあぁぁぁぁぁあ!!!!!!!」
突然ハギが拳を押さえその場に膝をつく。腹部に鉄板か何かを仕込んでいたらしく、ハギの拳は粉々に砕けてしまったようだ。
「その様子じゃ続行は無理ですし、俺の勝ちですね」
ハギを胸を蹴り上げて止めを刺す。倒された二人はターシャルの手下達によってグラウンドの端の方へ片付けられてしまった。
処理が終わったところで校舎の方を見る。
「守さん!!邪魔者は潰しましたから遠慮せず出てきてください!!!」
クラス中が俺を見つめ、まるで魔王退治に出発する勇者のような気分だ。
「行くのね」
「まぁな」
「万が一の時に備えて、近くの空き地に機動隊を配置させて貰ったわ。だから負けてもいいのよ、誰もアンタを責めたりしないから」
「そりゃどうも。いつもそのくらいの優しさがあればいいのにな」
「わ、悪かったわね!」
そう言った後、窓からグラウンドへ飛び降りる。落下中に優希がちゃんとした出入り口を使えと咎める声が聞こえた。
出立の際、マナは一言も口を開かなかった。最後の最後で何かを言おうと一歩踏み出したようだが、その前に俺が下りてしまったので聞くことはできなかった。
着地した俺はまっすぐにターシャルの方へ歩く。すると向こうも俺に向かって歩いてきた。
距離が4、5メートルになったところでお互い立ち止まる。
「やっと会えましたね」
「俺は出来れば会いたくなかったんだがな…」
俺はゆっくりと構える。向こうは特別構える様子もなく、
「意外と喧嘩っ早いんですね」
「とりあえず2人の仇は先にとっておこうと思ってな」
一瞬で距離を詰めて肉薄し、ハギがしたのと同じように限界まで右腕を引き、全身全霊を込めた拳を穿つ。
ベゴンと金属が変形するような音がすると同時にターシャルが奥に吹き飛ぶ。本人は取り巻きらに支えられてダメージはほとんどなかったようだ。
「そんな小細工はやめとくんだな、無駄だ」
制服のボタンを開くと、俺の拳の形に凹んだ鉄板が転がり落ちる。
「さすが守さん…、そうです、そうでなくては!!」
ターシャルは狂気じみた笑顔を見せる。その後平常時の顔に戻り、ボタンを閉じる。
「そんな守さんには、俺も全力で戦わなければなりませんね」
左手を挙げ、前に倒すと取り巻きが一斉に襲い掛かってくる。
俺は左端の奴に向かって走り、頭上を飛び越え落下際に首根っこを掴む。着地する頃には相手の重心は崩れ、抵抗が小さくなる。
着地してから左回りに回転し、右側の集団に向けて捕まえていた奴を放り投げる。投げた奴は重量があったため威力が高く、それで4、5人は倒すことができた。
「うらぁ!」
鉄パイプを持っていた雑魚が一心に俺を突く。後退しながら突きを躱すが、腰ほどの高さで突いてきたときに獲物を掴み、力比べに発展する。
1対1では勝ち目がないとわかっているらしく、次々と相手側に人が集まっていく。
「……はあぁっ!!!」
俺は両足に力を込めて踏ん張り、一気に空気を吸い込み筋肉に最大限の力を発揮させる。
パイプは俺の手のあたりを中心に反時計回り持ち上がり、持ち手たちの悲鳴が聞こえる。その状態からさらに上に突き上げて素早く引きおろし、しがみつく手を払いのける。
「シッ、シッ、シッ、シッ、シッ!!」
支えとなるものを失った奴らは重力に従い落下してくる。俺はそれらを一つ残さず正確に奪い取ったパイプで突いていく。
全員を突き終わった後も、俺はその武器をメインに雑魚を蹴散らしていった。
「守先輩、全然余裕って感じだね」
「ねー」
「でもマナミちゃん、見てて心配じゃないの?」
「だってお兄ちゃんがあんな悪そうな人たちに負けるわけないじゃない!」
「そうだね、先輩はマナミちゃんにとって無敵のヒーローだもんね」
―――ガラララララ!!
突然教室の扉が空き、見たことのない人たちが入ってくる。
「な、何!?」
「マナミさんはいらっしゃいますか!?」
「守さんより『マナミさんを安全なところに』、との命を受けてきました!!」
「お兄ちゃんの命令?」
「はい」
「ウチらは?」
「マナミさんを、としか聞いていないのでダメです」
「そこをなんとか!」
リサリサが2人の前で手を合わせてお願いする。
「ダメです」
「ちぇっ。守先輩のシスコンっぷりにはかなわないなぁ」
リサリサも諦め、誰も異論を唱える人はいなかった。
「なんかよくわかんないけど、お兄ちゃんのことだからきっと考えがあるんだね」
「その通りです。ではこちらへ」
マナミは2人の後に続いて教室を後にした。
階段を一段ずつ登り、その先のドアのノブに手をかけ回す。回りはするものの、押しても引いても開かない。
よく見れば、普通のものとは別にもう一つ外から鍵がかけられている。そこでこの入口から入るのは諦め、隣の校舎の屋上から飛び移って行くことにした。
―――スタッ
着いてわかったが、先の施錠の犯人は遠野先生だった。えらく大きなケースを傍に置いて守君の奮闘を観戦していた。
「いつでも狙撃できますから心配しなくても大丈夫ですよ、綾さ…!」
誰かの名前を言いながらこちらを振り向き、僕がその人じゃないとその時初めて知る。
「き、君は、真人君!!」
「どうも、先生。お勤めご苦労様です」
「扉にはこちらから鍵をしていたはず、なのにどうやってここに!?」
先生は学内では見せたことのないような威圧的な表情を見せ、僕に詰め寄ってくる。
「どうやってって…隣の建物から飛んできたんですよ」
「……そうか、そういうことか」
「えぇ。僕も先生や守君と同じ口でして」
あらかた理解した先生は、持参したと思われる椅子に腰掛け観戦に戻る。僕も先生の隣に立ち、勝負の行く末を見届ける。
「追い返さないんですね」
「邪魔するつもりはないんでしょ?」
「えぇ、今のところは」
「障害にならないんだったら追い返しはしないよ。それはそれとして…」
「なんですか?」
「隣の建物からここまでを道具もなしに跳べるなんて、普通の人間のスペックを逸脱してるよ」
「はぁ…」
「もしかして、『八部集』の一人なんじゃない?」
「そんなわけないじゃないですか。木を隠すには森の中、きっと刑務所とかにいる悪人たちの中に混ざってますよ」
「………。」
「なんかまずいこと言いました?僕」
「いや…なんでもないよ。とにかく邪魔しないならここにいていいから」
「はい、わかりました」
どうやら先生には思い当たる節があるらしいが、他の6人が平素どのように過ごしているかなんて僕は知らない。
でもいつもは死刑だか無期懲役だかで服役してる人がいるって龍さんが言ってた気もするなぁ…。
理沙「謎の悪寒・ちぎれる靴紐・ひび割れる湯呑!不吉な兆しが次々と!!」
瑞姫「誰もが最悪の事態を覚悟した時、ついにあの人が!!」
綾「まさか!?そんな!!」
遠野「備えは無駄じゃなかったてことだね」
真人「ここからが正念場だよ」
理沙「果たしてどのような展開が待ち受けているというのか!」
ハギ「まだや…まだ終わっとらへんで!!」
瑞姫「次回『義妹記』、『南高夏の陣③~最悪の事態~』」
マナミ「お兄ちゃん…」