取り立て代行
――事務所内――
事務所についた俺はさっそくおやっさんと依頼人たちから説明を受けた。彼らによると、依頼の内容は「ショバ代の徴収代行」だそうだ。
「それで、自分たちは行かないのか?」
「あっし達も何度か行ったんだが、全然だめでして…」
「上の人が行けばいいんじゃないのか?」
「それだと俺達の組がなめられちまうからできねえ」
(見栄を張るのも楽じゃないんだな…)
「我々は『こういう時のため』の組織でもあるのだ。わかってくれ、守」
「俺は出すもんさえ出してくれるなら何でもやりますよ」
「すまないな」
事務所を出て徴収を行う店へと移動する。危険区域内のピンク街の中ほどにその店はあった。
「キャバクラ『アゲハ』…、ここだな」
店名を確認し、入場する。入ると早速店員が一人やってきて、
「いらっしゃいませ。フリーで入られますか?それともどなたかご指名なさいますか?」
「すまんが俺は客じゃない。取り立てに来た」
そういった途端に店員の目つきは冷たいものになり、
「担当の者が対応しますので事務所でお待ちください」
とそっけない対応。とりあえず大人しく指示に従って事務所に移ると、そこには無造作にパイプいすが置かれているだけで他には何もなかった。
ただ、周囲の壁には拭き取り損ねた血痕や何かを打ち付けたような跡が複数あった。
4~5分ほど待つと、担当者を名乗る男と複数の従業員が部屋に入ってきた。担当者は俺の正面に座り、従業員らは俺達を取り囲むように立っている。
「私、この店のオーナーをさせていただいている者です」
「そりゃ話が早い。大人しくショバ代払ってくれない?」
「お断りします。お引き取りください」
「払ってもらわないと俺も帰れないんだよねー」
「では…力ずくでお帰りいただきましょう!」
その言葉を皮切りに周囲を囲んでいた従業員が一斉に襲い掛かる。俺は椅子を踏み台に斜め上に飛び出し包囲から脱出する。抜け際に両の手で従業員の顔を掴み、落下に合わせて引き倒す。
次に近くにいた従業員の顔をわしづかみにし、反動ををつけて壁に打ち付け、壁には新たな血痕と窪みが刻まれる。打ち付けた後は左足を軸に体を右回りに270度回転させ、勢いの乗った裏拳をその隣の従業員に浴びせ、歯の欠片が床に散らばる。
「こ、コイツ…今までのやつよりも段違いに強ぇ!!」
「……五十嵐を呼んで来い」
「そ、そうだ!俺達には無敵の五十嵐さんがいるんだ!!」
下降し始めていた士気が『五十嵐』という言葉一つで回復する。この店の喧嘩番長、といったところか。
「おいおい、油断は禁物だぞ?」
浮足立って隙だらけの従業員を前蹴りで壁に蹴り飛ばす。近くの奴には足払いからのドラゴンアッパーをお見舞いする。すると思いの外高く飛んで天井に激突し、天板を突き破り宙ぶらりんの状態になった。
残った二人はタッグを組んで俺に拳打を放つ。俺は一つ一つ丁寧に処理し、相手の息が切れるのを待つ。
片方が息を切らし始め、拳の速度が鈍る。その好機を見逃さずマグナムのように強力な一撃をぶちかます。もう片方にも引導を渡そうとしたその時――――
「オーナー、五十嵐を呼んできました!」
突然部屋の扉が開かれ、一人の男が入ってくる。その男は2m近くあるとみられる大男で、少し背伸びをすれば天井に頭をこすりそうなくらいデカかった。
「ふ…ふふふ…やっときたか、五十嵐」
不気味な笑みを浮かべるオーナー、その表情には絶対的な自信が見えていた。
「お前は他の取立て役よりもはるかに強かったがその快進撃もここまでだ!この五十嵐の前ではお前も赤子同前!ただの玩具にすぎんわ!」
確かに一撃の重さ、体力の多さは普通の人を格段に凌ぐ。だがそれだけだ。
「それじゃ、こっちも全力でお相手しよう」
「何余裕ぶっこいてんだ、今までので精一杯だったクセに!五十嵐、やれ!!」
「ウッス!!」
五十嵐はその大きな足取りで俺との距離を詰める。
俺は大きく深呼吸し、集中力を高める。左腕を引き、腰をひねりバネを作る。体制を元に戻そうとするエネルギーを拳に載せ、五十嵐の脇腹へ突き上げるように叩き込む!!
バキバキと骨の砕ける音がする。五十嵐は歯を食いしばり、声にならない声を上げる。体が浮き上がるほどの衝撃だったが、少しでも軽減しようと本能的にくの字にのけぞる。俺は慣性力で体を逆側にねじり、その反動を利用して上腹部にまっすぐ、体を貫かんとボディブローをぶっ放す!!
先ほどまで大きく口を開けていた五十嵐は一変して口を閉じ、込み上がる胃酸と吐瀉物をせき止めていた。しかし先の脇腹の一撃のせいで呼吸が満足にできないため、最終的には四つん這いになり、口を開けて嗚咽とともにせき止めていた赤みを帯びたものを外に放つ。
「さすがにデカいだけあって吐く量も多いことだ」
部屋は五十嵐の血と吐瀉物にまみれてしまい、とても交渉のできる環境ではなくなった。
「どうするオーナーさん、まだ抵抗する?」
次はお前がこうなるぞとジェスチャーで示すと、オーナーは血相を変えて店の奥へと消えたかと思うと現金の入った封筒を持って戻ってきた。
「こ、ここここ、ここに…いいいいいい、今までのショバ代がががが、ははは入ってる…」
ガタガタと音がするほどに体を震わせ封筒を俺に手渡す。俺以外のやつが来てもショバ代を収めるように念を押し、店を後にする。
しかし、服がタバコやら血やらゲロやらですごくカオスな匂いを放っているので一旦店に戻り、そこら辺にいた店員から衣服を奪い取り、それを着て今度こそ店を出る。
行きの時はいろいろな店のキャッチが鬱陶しかったが、帰りはアゲハの従業員だと思われているのか一度も声をかけられなかった。
そうして何事もないままピンク街を抜け、おやっさんの事務所へと戻っていった。
「…ってなわけで、これだけ貰って来ました」
「うむ、ご苦労だった」
「ありがとうございました!!オヤジ達も喜びます」
「このお礼は必ずさせてもらいます!」
何度も断ったのだが、彼ら曰く『筋を通さなければならない』と引かずに何度も食い下がってきたので、俺は根負けしてその申し出を受けることにした。
とはいえ、流石に表立ったことはできないのでおそらく食事とかゴルフとか風俗とかその辺だろう。
「ところで、名前は?」
「ギンジです」
「サブです」
ギンジにサブ、いかにもって感じの名前だ。俺の名前も聞かれたが、本名でも通り名でもなく適当に思いついた『リュウ』と名乗っておいた。
「リュウさん、この恩は必ず返します。それでは俺たちはこれで」
2人は事務所を出、黒塗りの高級外車に乗って夜の闇へと消えていった。
「それじゃ、俺も帰ります」
「む、そうか…」
机の引き出しから少し厚みのある封筒をだし、俺の前に差し出す。封筒の表面には「特別賞与」と書いてあった。
「確かに」
「今日は突然呼び出してすまなかったな」
「いえいえ。『特別賞与』も貰えましたし、不満はないですよ」
守「お疲れ様でした。今回更新分は以上になります。以下、四方山話が続きます」
オニさん「で、いくら貰ったんだい?」
守「突然何ですか」
オニさん「今回の報酬だよ。なんでも特別手当がついたんだって?」
守「えぇ、まぁ。といっても綾さんほどじゃないですよ」
オニさん「アイツは殺しが専門だからね。額が違うのはわかってる」
守「…20万です」
オニさん「へー。あの時間でそれは破格だね」
守「そうじゃないと特別じゃないですよ」
オニさん「それもそうね。使い道は決まってるの?」
守「んー…特に決まってないです」
オニさん「だったらウチに寄進しな」
守「お断りします」
オニさん「その金で何か作ったら名前を遺せるのよ?」
守「お袋の名前があるから結構です。俺は親父と同じで名は遺したくないんです」