律、黒武者家を訪れる
――道中――
「しかし珍しいこともあったものね」
「何が」
「守が他人を家に招待するなんて、アタシが初めてなんじゃない?」
「いや、マナが何度か来たことがあるぞ」
「あら、そうなの。でも記者のアタシを入れていいのかしら?」
「どのみちマナミがサキちゃんを家に入れるだろうから遅かれ早かれだ」
「それもそうね。…ところで二人が持ってる洋服、全部マナミちゃんの?」
「そうだが?」
「マナミちゃんってお金持ちなのね…バイトとかさせてるの?」
「んなわけないだろ。小遣い制だ」
「月いくらか聞いていい?」
「マナミがいいって言ったらな」
「マナミちゃん、いい?」
「あ、はぃ。どうぞ」
「許可もらったわよ」
「週3000円ってとこだな。ちなみに文房具や参考書、その他学校生活で必要なものは俺持ちだ」
「・・・・・・・・・・・。」
律っちゃんが絶句する。月額にすると1万は堅い。それが普通よりもはるかに高い額であることは俺自身理解している。
ただ、マナミに金銭的な面で不自由させたくなかったからだ。
そう説明してもやはり律っちゃんはしばらくは空いた口がふさがらなかった。
「それでよく生活やってけるわね。赤字続きなんじゃない?」
「だからバイトやってるんだよ。それに一応黒字だからな」
「嘘でしょ…?」
再び絶句する。しかし嘘ではない。さすがに毎月黒字というわけではないが…
それ以降は律っちゃんの何かしらのセンサーが反応したのかこの話題には一切触れなかった。
「着いたぞ、ごくろうさん」
「律先輩、ココからはマナミが持ちます」
「あら、ありがと」
律っちゃんから荷物を受け取ったマナミは俺達よりも先に家の中へと入っていった。
「まぁあがっていけよ。メシぐらいは出すぞ」
「それじゃ、ごちそうになろうかしら」
「予め言っておくが…」
「何?」
「マナミの部屋には入れさせんぞ」
「わかってるわよ」
「俺の部屋は俺同伴であれば入室を許可する」
「あら、意外と寛容なのね。じゃあご飯の前に部屋を見せてもらおうかしら」
その直後、ドアがけたたましく開け放たれ
「ちょっとお兄ちゃん!!いつまで律先輩を外に立たせてるの!!」
マナミに怒られてしまった。
もう料理を始めているのか、マナミはエプロンをかけていた。制服もなかなかそそるのだがこれはこれでアリだ。
などと見とれていると・・・
「お兄ちゃん!!!!」
さらに怒られてしまった。後が怖いので俺と律っちゃんは急いで家の中に入っていった。
――屋内――
「意外と広いのね・・・」
律っちゃんが驚くのも無理はない。この家は俺が正式におやっさんの組織に身を置くことになったのを機にリフォームしたため、比較的新築に近い状態である。
おやっさんも『両親には世話になったから』という理由で結構奮発したらしく、この家の完全な間取りは俺とおやっさん以外誰も把握できていない。
「まあな。二人で済むにはもったいないくらいだ」
「じゃあ今度泊りに来ようかしら」
「お前とサキちゃんは宿泊禁止だ。どうせ寝顔を撮ろうとか企んでるんだろ?」
「くっ…バレちゃあ諦めるしかないわね」
「妙な計らいはやめるこったな。で、ここが俺の部屋だ」
二階にある俺の部屋の扉を開け、律っちゃんを中に入れる。
「なんか…案外普通ね」
開口一番のセリフがこれだった。
「変な期待するからだ。ごくごく平凡な男子高校生の部屋だろ?」
「そうね…あっ!冷蔵庫があるじゃない」
俺の部屋にある冷蔵庫に興味を持った律っちゃん、期待に胸を膨らませながら開けると…
「なんだ、ここも普通じゃない」
中に入っていたのはお茶とジュースとコーヒー、決してアルコール類は入っていない。
そのあとも律っちゃんは何かネタがあるはずだと室内を探すのだが、特にこれといった収穫がなくて悔しがっていた。
食事までまだ時間があるようなので、冷蔵庫からお茶をだし、律っちゃんをもてなす。
「ありがと。何か話があるのかしら」
「まぁな。明日、俺達についてくるんだろ?」
「そのつもりよ。何か問題でも?」
「いや、ついてくること自体に問題はない、ないんだが…」
「なによ」
「記事にするのはもちろんマナの方だろ?」
「えぇ。兄妹でいちゃついてるとこを記事にするとか誰得なのよ」
「そうか、そうだよな。…ならいいんだ」
――食後
「いやー、やっぱマナミの飯はうまいなぁ」
「弁当もマナミちゃんが作ってるんでしょ?大変ね」
「そうでもないですよ。だってお兄ちゃんのためですから」
さも当然のように言うマナミ。ウチみたいな兄妹は全国的に見ても稀だろうな。
「羨ましいわねー。律をそうなるように調教しようかしら」
「やめとけやめとけ、どうせ変な道に走るだけだって」
「そうよねー。やっぱりやめておくわ」
「それがいい。…さて、俺は皿でも洗ってくっかな」
「あら、意外に家事もするのね」
「マナミに頼みっぱなしってのも悪いからな。これくらいはするさ」
俺は席を立って洗い場に向かい、そして黙々と皿を洗う。
――数分後
皿洗いを終え、俺は二人の元へ戻る。すると律っちゃんが
「それじゃ、アタシはそろそろおいとましようかしら」
「もう帰るのか。もっとゆっくりしていけばいいのに」
「フフ…、もう十分よ。」
「そうか?まあ玄関まで見送ってやるよ」
律っちゃんが玄関へ行く。俺とマナミは見送りに後に続く。
「じゃあマナミちゃん、また月曜に学校で会いましょうね」
「は、はい。また…」
律っちゃんは帰り際に俺の方を見て、声には出さず「また明日」と口を動かした。
俺も「またな」と返したが、その時にはもう律っちゃんは家を出ていた。
「さーて、先に宿題終わらせとくか」
鍵を閉め、明日もあるから宿題を先に片付けようと階段を登ろうとしたその時――
「お兄ちゃん…話があるんだけど」
「ゑ?」
さっきまで三人で楽しく過ごした空気が一転し、重くマジメなものになる。
「それで…話って?」
どんな重大な話なのかと思うとつい固くなってしまう。やっぱりマナミも思春期の女の子、俺がうっとおしいと思い始めたんだろうか・・・。
「さっき律先輩から聞いたんだけど…」
律が情報源?だとするとアイツ、治安維持局やターシャルのことを喋ったのか!?
「あのね?……その……お兄ちゃんって………///」
言葉を放つにつれてマナミが俯いていく。そしてその状態からでもわかるほど赤みを帯びる。どうやら俺の心配は空回りで済んだようだ。
「お兄ちゃんって……『ぱんつ星人』なの?」
あまりの唐突さに動きが止まる。まさかそっちの方を攻めてくるとは…。
「ねぇお兄ちゃん、ホントなの…?」
マナミが一心に俺を見つめる。その瞳に蔑みや嫌悪は宿っていなかった。
「…あぁ。本当だ」
しばらく沈黙するマナミ。そしてその後に、
「なんで…、なんで…」
マナミが小刻みに震え始める。地雷、いや、大型地雷を踏んだのはわかっている。だからこの後の反応も予想できる。
「お兄ちゃんのバカッ!!」
予想通り大声で罵られた。次はビンタか腹パン、急所攻撃は勘弁してほしいところだが覚悟を決め、目を瞑る。
「なんでもっと早く言ってくれなかったの!!」
胸部に軽い衝撃。急所と言ってもみぞおちの方できたか。
しかしそれにしては威力が低すぎる。それにさっきの言葉、それにこのぬくもり…。
目を開けてみると、マナミは俺に抱き着いていた。そして俺を見上げて、
「お兄ちゃんも恥ずかしかったんだよね?でも本当のこと言ってくれて嬉しい!!」
「で、でも…俺は変態なんだぞ?引くのが普通の反応じゃないか?」
「普通かどうかなんて関係ない。それに前にも言ったよ?どんなことがあってもマナミはお兄ちゃんのすべてを受け止める、って。
だから泣かないで、お兄ちゃん」
「え……?」
マナミに言われて初めて俺は目頭が熱くなるのを感じた。ぽろぽろと涙が零れ落ちるほどではなかったものの、親の死でさえ涙一つ流さなかった俺にしては珍しい。
「で、でもね?お兄ちゃん」
「うん?」
「律先輩にそーゆー画像を要求しちゃダメだよ?律先輩も困ってるって言ってたよ」
余計なことを!しかも自分に都合がいいように歪曲しやがって!!
「りぃぃぃぃつぅぅぅぅぅぅ!!!!!!!!!!!」
「何もネタがなかった腹いせよ。…でも明日は念のため報復を警戒したほうがよさそうね」
守「お疲れ様でした。今回でマナミとのデートは終わりです」
マナミ「え~、もう終わりなの?」
守「まぁな。でもお前が頼めばいつでも付き合ってやるから」
マナミ「ホント!?じゃ明日も行こ!」
マナ「ダメよ真奈美ちゃん、明日は私との約束なんだから」
マナミ「あ、そっか。じゃあ来週末にどっか遊びに出かけよ!」
マナ「あっ、マナミちゃんだけずるい!私も行きたい!!」
マナ&マナミ「・・・・・・・・・・」
バチバチバチ…
律「激しく散らしてますねぇ、火花」
綾「そうねぇ。守君はどっちとくっつくのかしら?」
オニさん「君たちはあそこの二人とはずいぶん対照的だな…」
綾「だって私結婚してるもん」
律「アタシも今は必要ないかな。時間が拘束されるだけだし」
オニさん「はぁ……やれやれ」