仕事明け
おやっさんの車で家まで送ってもらう。時刻は午前4時ごろ、東の空がうっすらと明るくなっている。
毎日ではないから良いものの、やはり次の日には若干支障をきたす。今日の化学の授業は寝ようかな。
家に着いたら秘密のルートから部屋へと戻り、何事もなかったかのように寝る。
これ以降は平凡な日々と何ら変わりはない。起こされて、朝食をとって、その他諸々の末、家を出る。
昨日と違うのはちゃんと弁当を持っているかの確認をしたことくらいか?あ、あと寄り道もせずまっすぐ学校に向かったことだ。
――学校への道中――
「で、場所を確保したわけだが、さっそく今日から上で食べるのか?」
「うえ?」
「屋上のこと、昨日のうちにある程度片付けておいたから今日から使えるぞ」
「ホント!?じゃあ今日から屋上で食べる!」
そう言って携帯を開き、一緒に昼食をとるメンバーにこのことを伝えるメールを作成する。マナミの喜ぶ姿が見れてこちらもうれしい。
「歩きながら携帯いじるな。前方不注意だぞ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。この通りはあんま車走ってないし」
――ドンッ
「きゃっ」
だからいわんこっちゃない。しかもよりにもよってガラの悪いのにぶつかって…
「ご、ごめんなさい!」
真っ先に謝るマナミ。ただそれを向こうが許すはずもなく―
「ごめんですむわけねぇだろうが!あーあ、これは完全に骨が折れてらぁ。治療費と慰謝料払ってもらおうか」
「そ、そんな…」
ぶつかった本人は体の一部を痛そうに押さえている。だがもちろん骨折なんてしてるはずはない。
こういうやつらがよくやりそうな手口だ。しかしマナミを相手にやったのが運の尽きだな。
「まあまあ、その辺にしといてやれよ」
と俺が仲裁に入るとすぐに噛み付いてきて
「ぁんだテメェは!?コイツの代わりに払ってくれんのか?」
「あぁ」
「お兄ちゃん…」
「はっ、優しいお兄様なことで!それに免じて金はいらねぇよ、そのかわり…」
「そのかわり?」
「コイツと同じ目に遭ってもらおうか!」
――ドカッ、バキッ、ボコッ
「えーっと、さっきなんて言ったんだっけ?」
「な、何も言ってましぇん…」
「じゃ、これは治療費と慰謝料な」
そう言って相手の懐に封筒を入れる。治療費が見事に役に立ったわけだ。
「ったく…こんな目に遭うんだから、次からは気をつけろよ」
「はぁい…ぁイタッ!」
お仕置きに頭を軽く小突く。マナミは両手で叩かれたところを押さえるがその仕草もまたイイわけで…
「お兄ちゃん、聞いてる?」
「えっ!?わ、悪い、聞いてなかった」
「もぉ~、ちゃんと聞いててよね。みんなからOKの返事が来たから今日から屋上で食べることに決まったから」
「了解。迷子にならないように迎えに行ってやろうか?」
「い、いらない!迷わず行けるもん!それにみんなもいるんだし…///」
それもそうか。みんなの前で兄に連れて行ってもらうなんて情けない真似はできないよな。
―校門―
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「あっ、見てお兄ちゃん!今日もあいさつ運動やってるよ」
「みたいだな。朝からご苦労なことで」
あいさつ運動は風紀委員会が不定期にやっていることで、朝校門に立って来る生徒来る生徒にあいさつをする。
俺は風紀委員会から目の敵にされてるから正直ない方が嬉しい。活動してるときは遅刻のチェックも厳しいし。
「おはようございます」
「おはよ~ございま~す!」
風紀委員のあいさつに対して元気いっぱいのあいさつを返すマナミ。その一方で・・・
「おはよ、っ……!」
俺の姿を見た途端に大抵の奴らは睨みつけてくる。相変わらず凄まじい嫌われようだな。
「あら、おはよう」
「あぁ、オハヨウゴザイマス」
唯一俺に挨拶をしてきた彼女が風紀委員長のユキちゃん。親父さんがサツの偉い人で、そのせいか責任感が強く規則に厳しいことで有名だ。
そんなもんだから苦手にしてる人もいるが「もっと指導されたい!」とかいう物好きもいて、意外と支持層は厚いらしい。
「あら、今日は遅刻しなかったのね」
「現行犯で逮捕できなくて残念だったか?」
よくわからんがユキちゃんは『逮捕(指導)は現行犯で!』というポリシーがあり、現場を押さえられない限りは捕まることはない。ちなみに、現場を押さえられても逃げ切ることができたらチャラになる。
俺も何度か現場を押さえられたが、その都度うまく撒くので捕まった例がない。言うなれば俺とユキちゃんの関係はあの世界的大泥棒とICPOの警官と同じような関係だ。
「そうね、確かに残念だわ。でも、あなたが更生したって言うんだったらもっと嬉しいわね」
「馬鹿言え、誰が更生するか」
二人の間で目線が火花をあげてぶつかり合う。このピリピリとした空気には誰も割り込めなかった。
「こんなことでいがみ合ってもしょうがないわ。それより、ちょっと妹さんを外してくれない?あなただけに話があるの」
「俺だけに?…ふん、いいだろう」
さっきまで厳つい顔をしていたお兄ちゃんがマナミの方を向く。でもその時のお兄ちゃんはいつものやさしいお兄ちゃんの顔だった。
「マナミ、悪いんだけど…俺は用事ができたから先に行っててくれ」
「りょうか~い」
マナミはお兄ちゃんと分かれて、一人で教室まで行く。お兄ちゃん、ユキ先輩と仲が悪いみたいだけど大丈夫なのかな…
「これでいいか?」
マナミが十分離れたことを確認して言う。
「悪いわね。兄妹水入らずの一時を奪ってしまって」
「前置きはいい、用件はなんだ」
「そんなにカッカしないで、別にあなたを捕まえようとしてるわけじゃないんだから。本題に入るけど、末高の話知らない?」
「末高?その手の話ならハギやケイにしよろ」
末高ってのはこの辺りじゃ横道高校(通称:外道高)と双璧をなすガラの悪い学校だ。
元々末高ってのはあだ名で、世紀末みたいな奴らが多いからそう呼ばれたんだとか。
今となっては本来の名前を知るものは誰もいないが。
「あとでするわよ。『治安維持局局長』はまだ何も関与してないのね?」
「あぁ、何もしてねぇよ。」
「そう、ならいいのよ。最近末高の生徒が周辺の高校を襲撃しているらしいの。だから変に喧嘩吹っかけたりしてウチの学校も襲撃されるなんてことのないようにしてちょうだい」
「へいへい、了解」
ユキちゃんの束縛から解き放たれた俺は、自分の机に突っ伏して小休止をとっていた。
「やぁ、昨日はすごかったらしいね」
話しかけてきたのは真人、向こうから話しかけてくるとは意外だった。
「屋上のことか、そんなにすごいことじゃないぞ?」
「いやいや、すごいに決まってるじゃないか!『あの人』と闘ったんでしょ?タダではすまないよ、普通」
あの人ってのはおそらくリーダの奴のことだろう。アイツってそんなに名の知れた奴だったのか・・・
「お前でも知っているあたり、俺も少しは名が売れたのか?」
「そうだね。それにこれからは気をつけたほうがいいよ。いつ・どこで・誰が君を狙っているかわかったものじゃないからね」
「ご忠告どうも」
それだけを言うと彼は自分の席に戻っていった。
前言通り化学の授業を寝て過ごしたため、あっという間に昼休みが訪れる。俺は足早に屋上へと向かう。
「あ、来ましたね先輩。席はあっちです」
ついてすぐに席に通される。俺の座る席にはいかにも女子のものらしくかわいらしい座布団が敷かれていて、その上に『兄』と書かれた紙が置いてあったのですぐにわかった。ちなみに隣にはマナミが座っていた。
「週一かそこいらで席替えをしようと思うんですけど、先輩とマナミちゃんはペアで移動してもらいます」
「そうなの?俺としては別にかまわないけど…、マナミはいいのか?」
「マナミちゃんはセンパイの隣がいいってごねて聞かなかったんですよ」
「ちょ、ちょっとサキちゃん!」
マナミが顔を真っ赤にしながら言う。
「俺はうれしいぞ、マナミ」
「お、お兄ちゃん…///」
「あの~先輩?マナミちゃん?ラブコメってないでこっちに戻ってきてください」
「おっと、そうだったな 悪い悪い」
「それじゃあメンバーも揃ったことですし、食べましょ!」
食べているときもゲスト兼功労者の俺をもてなそうとあれよこれよと話に花が咲く。
「そういえば、先輩のクラスに転校生が来たらしいですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫って…何を心配してるんだ?」
「こう…『今日からこのクラスは俺のものだ!このクソッタレどもがぁ!』的な?」
「そんな展開あるわけないだろ、漫画の読みすぎだ。まぁ仮にそうだとしても、俺はそんな簡単にはやられないから心配しなくても大丈夫だっての」
「でもその転校生は先輩と反対側の席らしいじゃないですか。何か対抗意識的なものがあるんじゃないですか?」
「ちょっと待て、転校生の存在はともかく、どうしてそこまで知っているんだ?」
考えられる可能性は一つしかないが、一応聞いてみる。
「律先輩の記事ですよ。これが昨日発行されたやつです」
手にとって記事の内容を見てみると――
『三年六組に時季外れの転校生来たる!!』
と見出しの打たれた記事がトップで掲載されており、内容も事実をありのままに伝えていた。
…ただ一点を除いて。
『彼は黒武者守の近くの席が空いていたにもかかわらず、あえて彼とは反対側の席を選んだ。
しかし転校生は時々彼の様子を気にかけているようであった。これは二人には浅からぬ因縁があるものだと私は予想する。』の部分だ。
「…記事の内容はいいといて、よく入手できたな。律っちゃんの記事は会員制だったはずだが」
彼女にも彼女なりのポリシーがあって、『自分が認めた人にしか記事を読ませない』だそうだ。
「一年生にして早くも律っちゃんから認められるやつがいるとはな。」
「フッフッフ…センパイ、それはアタシなんですよ!」
「そうなんだよー。サキちゃんは津先輩に認められた唯一の一年生なんだよ」
と得意げにマナミが言う。サキちゃんとやらは偉そうに反り返っている。なんだ、よく見てみればそのサキちゃんとやらはネゴシエイターじゃないか。
「なるほど、今合点がいったぞ。サキちゃん、君は新聞部だろ?」
「ええっ!?お兄ちゃん、なんでわかったの?」
「律っちゃんが認めた人間でその人懐っこさといい物怖じしない姿勢といい、彼女がみすみす見逃すとは思えないからな」
「さすがですねセンパイ。その通りです」
「一年でこれだからな。もしかしたら律っちゃん以上に優秀なブン屋になれるかもな」
「ありがとうございます。その言葉、今後の励みにさせていただきます」
「ふぅ、ご馳走様」
「早いですね、先輩」
「特別急いでるわけじゃないんだけどね。……ちょっと行ってきていい?」
「いいですよ」
「ありがと」
というわけで一人になる。ああいうのが苦手だからじゃなく、昨日の続きをするためだ。
「さてさて、今日はどんな掘り出し物があるんでしょうか」
今日は昨日とは違って詳しく見ていく。携帯ゲーム機・トランプ・様々な店の割引券、それに――
「・・・ダンベル?それにプロテイン?」
なんだか珍妙なものがでてきたな。ここには『筋肉筋肉ー!!』なヤツでもいたのか?
他にもないかとふと見た先にあったものが目に入る。
「やっぱりこういうのはお約束なのかねぇ」
エロ本だ、しかも結構刺激的な。幸いなことに俺にはマナミがいるのでこういうものを必要としたことはないが高く売れるので回収しておく。
こうして集められたものは販売用と非売品、ゴミに分別して保管する。あまり長い間離れているといろいろ言われそうなので後は放課後にでもするとしてそろそろ戻るとしよう。
「ただいま」
「おかえりー、なにやってたの?」
「秘密」
「ふーん…」
ゴンッ!コロコロ…
突然、軟式のボールが飛んでくる。グラウンドで野球をしている奴らのファール球だろう。
「マナミが返してくる!」
そう言ってボールの元へ駆け寄る。ボールを持って縁の方へ行き、下の奴らに投げることを知らせてからやさしく投げる。
そんな行動の一部始終を目で追っていたが、途中でふとあることに気付く。
真人がいってた『あの人』っていうのは本当に昨日のときのリーダなのか?
俺が屋上を制圧したことは、事後だが実際に屋上であったんだから知っていてもおかしくはない。
ただ、転校してきたばかりの生徒がさして俺もハギもケイも知らないようなヤツのことを知っていようか?
もしそうだとすると、アイツの言う『あの人』ってのは、まさか…
「やっぱり気になっちゃいますか、センパイ?」
「ん?あ、あぁ、サキちゃんか。…まぁね」
「やっぱりセンパイも男子ですね!では、行ってきます!!」
俺に敬礼をしてからマナミの元へ気付かれないように接近する。
だが適当に返事をしたためサキちゃんが何をしようとしているのかがまったくわからない。
「よく見ておいてくださいよ、センパイ!」
ばさぁっ――
その後俺が何を見たのかは言うまでもない。ただあえて言うのであれば、『赤と白のしましま』だった。
「ちょ、サキちゃん!?」
今までにないほどに顔を真っ赤にしてスカートを抑えるマナミ。
「やりましたよ、センパイ!」
したり顔のサキちゃん。そして――
「…グッジョブ!」
力強く親指を立てる。それと同時に鼻血の噴水を噴き上げ、段々と意識がブラックアウトしていく…
お読みいただきありがとうございました。
誤字脱字の指摘・感想等々お待ちしております。いや本当に
執筆時のモチベーションに影響しますので、できればお願いします。m(__)m