9話 タクミの選択と、地下への扉
ダイアウルフ討伐から三日後。
俺は村長の家の前で、ガルドたちと向き合っていた。
「やっぱり、来ないか」
ガルドが残念そうに笑う。
「すまない。今は、もう少し自分のことを整理したい」
俺は正直に答えた。
記憶喪失という設定を維持しつつ、冒険者への誘いを断る。
リーナが腕を組んで言う。
「賢明な判断ね。中途半端な覚悟で冒険者になっても、死ぬだけよ」
「リーナ、言い方ってもんがあるだろ」
ジンが苦笑する。
「でも、タクミ。いつか気が変わったら、俺たちを探してくれ。ギルドに行けば、居場所は分かるはずだ」
「ギルド?」
「冒険者ギルドだよ。街に行けばある。依頼を受けたり、報酬を受け取ったりする場所だ」
ガルドが説明してくれる。
「この村を出て、南に三日ほど歩けば、ルヴァルトって街がある。そこのギルドに、俺たちは登録してるんだ」
俺は頷く。
「分かった。覚えておく」
三人は荷物をまとめ、村を出る準備をしている。
次の依頼が入ったらしい。
「じゃあな、タクミ。またどこかで会おう」
ガルドが手を振る。
リーナとジンも軽く手を上げ、三人は村の入口へと向かって歩き出した。
俺は彼らの背中を見送りながら、自分の選択を反芻する。
冒険者にならなかったのは、逃げではない。
今の俺には、もっとやるべきことがある。
《物理補助》の限界を知ること。
この世界の魔法と物理法則の関係を理解すること。
そして――自分が何をすべきか、何ができるかを見極めること。
村での生活を続けながら、少しずつ実験を重ねる。
それが今の俺にとって、最良の選択だ。
そう思っていた矢先――。
「村長! 大変です!」
村の入口から、血相を変えた男が駆け込んできた。
狩人のトーマスだ。いつも森で罠を仕掛けて獲物を捕っている男だ。
「どうした、トーマス!」
村長が駆け寄る。
「森の奥で……ダンジョンを見つけました!」
「ダンジョン!?」
周囲がざわめく。
「ああ、崖の割れ目の奥に、石造りの入口がありました。魔物の気配も……」
トーマスの言葉に、村人たちの顔色が変わる。
ダンジョン。
俺もこの三日間で、その言葉を何度か聞いた。
魔物が巣食う地下迷宮。財宝が眠ると同時に、多くの冒険者が命を落とす場所。
「すぐに冒険者ギルドに連絡を――」
村長が言いかけた時、別の村人が走ってくる。
「村長! リックがいません!」
「リック? トムの息子の?」
「はい! 昼前に『森に行ってくる』と言って出たきり……」
村人たちの顔が青ざめる。
トーマスがハッとした表情になる。
「まさか……ダンジョンに入ったのか!? 俺が見つけた時、入口の前に子供の足跡があった……!」
「リック! リック!」
トムが叫びながら森へ駆け出そうとする。
村長が止める。
「待て、トム! 素人がダンジョンに入っても死ぬだけだ!」
「でも、息子が……息子が中にいるんだぞ!」
トムの目に涙が浮かぶ。
その時――。
「待ってください」
村の入口から、ガルドの声が響いた。
三人が引き返してくる。
「話は聞いた。ダンジョンに子供が入り込んだんだな?」
「ガルドさん……!」
村人たちが希望を込めた目で見る。
「俺たちが行く。子供一人なら、まだ入口付近にいる可能性が高い」
リーナが冷静に分析する。
「ただし、報酬は頂くわよ。危険には対価が必要だから」
「い、いくらでも払います! 息子を助けてください!」
トムが頭を下げる。
ガルドが頷く。
「任せてくれ。すぐに準備を――」
「俺も行く」
俺が口を開く。
三人が振り向く。
「タクミ?」
「子供を助けるなら、人手は多い方がいい。それに……」
俺は言葉を選ぶ。
「この村には世話になった。恩返しさせてくれ」
ガルドが笑う。
「お前、冒険者は早いって言ってたんじゃなかったか?」
「これは冒険じゃない。救助だ」
リーナが鋭い目で俺を見る。
「足手まといになるなら置いていくわよ」
「足は引っ張らない」
ジンが肩を竦める。
「まあ、タクミの戦い方は役に立つし、いいんじゃないか?」
ガルドが頷く。
「よし、じゃあ四人で行くぞ。トーマス、ダンジョンの場所を案内してくれ」
「はい!」
準備は最小限だ。
武器、松明、ロープ、水。
ダンジョンの入口付近なら、長期戦にはならないはずだ。
トーマスの案内で、俺たち四人は森を進む。
三十分ほど歩いた先、崖の割れ目に――確かに、人工的な石造りの入口があった。
苔むした石柱、古代文字が刻まれた門。
「これは……古代遺跡型のダンジョンか」
リーナが呟く。
「人が造ったものなのか?」
「ああ。数百年前、この大陸には高度な魔法文明があったらしい。その遺跡が、今ではダンジョン化している」
ガルドが説明しながら、入口を警戒する。
「リック! 聞こえるか!」
トムが叫ぶが、反応はない。
ガルドが松明を掲げる。
「行くぞ。タクミ、くれぐれも無茶はするなよ」
「分かってる」
俺たち四人は、暗闇へと続く石段を降り始めた。
ダンジョン。
未知の危険が待ち受ける場所。
だが、今は……一人の子供を救うために、俺は踏み出す。
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