6話 共振の言葉と、村人の警戒
翌朝、俺は村の様子を丘の上から観察していた。
昨日の魔物襲撃の跡は片付けられ、村人たちは柵の修理に追われている。
「あの三人組がいるな」
昨日、魔物と戦った冒険者らしき三人が、村の中央で何か話し込んでいる。
接触するなら、彼らが良いかもしれない。魔物退治を生業にしているなら、見知らぬ旅人にも慣れているはずだ。
だが、問題がある。
「……言葉が通じるかどうか、だな」
この世界に転生して以来、誰とも会話していない。神との対話は直接意識に流れ込んできたから、言語の問題はなかった。
だが、この世界の人間が話す言葉を俺が理解できる保証はない。
「待てよ……」
俺は《物理補助》の応用を考える。
音声は空気の振動だ。ならば、その振動のパターンを微調整すれば――。
「音の周波数や波形を操作して、相手の言葉を『聞き取りやすく』できるかもしれない」
もちろん、意味まで変換できるわけではない。だが、発音の明瞭さを上げたり、特定の周波数帯を強調したりすることで、言語学習の速度を上げられる可能性はある。
そして逆に、俺の声の振動をいじれば――相手に「聞き取りやすい」発音で話せるかもしれない。
「試す価値はある」
俺は意を決し、村へと降りて行った。
村の入口に近づくと、すぐに見張りの村人が気づいた。
「おい、誰だ!」
中年の男が槍を構える。警戒心丸出しだ。
俺は両手を上げ、敵意がないことを示す。
「旅の者だ。敵意はない」
男の表情が怪訝に歪む。
「……なんだ、その訛りは? どこの国の言葉だ?」
やはり、俺の発音は不自然に聞こえているらしい。
だが、意味は通じている。文法や単語は共通しているようだ。ならば――。
「《物理補助》……声帯振動の波形、最適化。周波数帯域、調整」
俺の喉に意識を集中させ、発声時の振動パターンを微調整する。
村人の発音を観察し、その音声パターンに近づけるように補正をかける。
「もう一度言う。旅の者だ。この村で少し休ませてもらえないか」
今度は、男の表情が少し和らいだ。
「……ずいぶん、急に訛りが消えたな。まあいい。村長に話を通せ。勝手に入るんじゃねえぞ」
男が槍を下ろし、村の中へと案内してくれる。
村の中心部に着くと、昨日の三人組が俺に気づいた。
「おい、見慣れない顔だな」
剣士風の男が声をかけてくる。筋骨隆々とした体格で、腰の剣には使い込まれた跡がある。
「旅の者だ。昨日、この近くで野営していた」
「昨日? ……もしかして、魔物退治を手伝ってくれたのはお前か?」
魔法使いらしき女性が鋭い目で俺を見る。
「手伝った?」
「とぼけるな。あの石投げ、普通の人間には無理だ。どうやった?」
予想以上に観察眼が鋭い。
俺は短く答える。
「投石の技術を少し学んだだけだ。特別なことはしていない」
「……そうか」
女性は疑わしげな表情を崩さないが、それ以上は追及してこなかった。
弓使いらしき青年が口を挟む。
「まあまあ、リーナ。助けてくれたんだから、いいじゃないか。それより、あんた、名前は?」
「……タクミだ」
「俺はガルド。こっちが魔法使いのリーナ、弓使いのジンだ。冒険者をやってる」
ガルドが気さくに笑う。
「冒険者……この辺りは魔物が多いのか?」
「ああ。最近、森の奥から強力な魔物が出てくるようになった。理由は分からないが、何かがおかしい」
リーナが腕を組んで言う。
「それで、タクミ。お前、どこから来た? 装備を見る限り、冒険者じゃなさそうだが」
「……記憶が曖昧なんだ。気づいたら森の中にいた」
嘘ではない。異世界転生の経緯を正直に話すわけにはいかないが、記憶喪失という設定なら不自然ではないだろう。
三人は顔を見合わせる。
「記憶喪失か……まあ、魔物に襲われて頭を打ったとかかもな」
ガルドが同情的に頷く。
「とりあえず、村長に会ってこい。宿を貸してくれるかもしれない」
そう言って、ガルドは俺を村長の家へと案内してくれた。
村長は白髭の老人で、俺の話を黙って聞いた後、こう言った。
「記憶がないのは気の毒だが、ここは小さな村でな。長居は難しい。だが、数日なら泊めてやれる。その代わり、村の仕事を手伝ってもらうぞ」
「ありがたい。何でも手伝う」
こうして、俺は村での滞在を許された。
夜、宿舎として貸してもらった小屋で、俺は今日の成果を振り返る。
《物理補助》で声の振動を操作することで、言語の壁を多少なりとも乗り越えられた。
そして、村人や冒険者との接触にも成功した。
だが、リーナの疑いの目は鋭かった。
(あまり目立つ真似はできないな)
俺は慎重に、この世界での立ち位置を考える。
まだ見ぬ危険、まだ知らぬルール。
この村での数日が、今後を左右する鍵になるだろう。
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