5話 金属片の記憶と、摩擦の応用
川を渡り終えた俺は、拾った金属片を日光にかざして観察した。
手のひらサイズの破片は、驚くほど軽く、それでいて硬い。表面には複雑な幾何学模様が刻まれており、明らかに「加工品」だ。
「アルミニウム合金……いや、もっと軽いな。チタン系か?」
前世の知識を総動員して分析する。この精度の加工技術があるなら、この世界には相当な文明レベルの集団が存在するはずだ。
金属片の縁は鋭く溶断されている。川底に沈んでいたにもかかわらず、錆はまったくない。
「耐食性が異常に高い。魔法の影響を受けにくい素材か……?」
ポケットに仕舞い込み、再び歩き始める。
森は徐々に開けてきた。木々の間隔が広がり、下草も減ってくる。
そして――。
「……村、か」
森の切れ目から見えたのは、木造の建物が十数棟ほど立ち並ぶ小さな集落だった。
煙突から煙が上がり、人の営みが確かにそこにある。
だが、俺は安易に近づかなかった。
異世界で見知らぬ人間が突然現れれば、敵対される可能性が高い。まずは情報収集だ。
集落の周囲を迂回しながら観察する。
村人たちの服装は中世ヨーロッパ風。だが、井戸の滑車や家屋の構造を見る限り、技術レベルは前世の15〜16世紀程度か。
そして、村の外れに――武装した人影が見えた。
「……衛兵、いや、冒険者か?」
鎧を着た三人組が、森の入口付近で何かを話している。腰には剣、背には弓。
一人が手をかざすと、掌から青白い光が漏れた。
「魔法使いもいるのか」
観察を続けていると、突然、村の方角から悲鳴が上がった。
「魔物だ! 東の柵が破られた!」
村人たちが慌てて逃げ惑う。
東側の森から、巨大な猪のような生物が突進してくる。体長は三メートル以上。牙は岩をも砕きそうな鋭さだ。
武装した三人組が駆けつけるが、魔物の突進力は凄まじい。
剣士が斬りかかるも、硬い体毛に阻まれて浅い傷しか与えられない。
魔法使いが火球を放つが、魔物は炎をものともせず突進を続ける。
「……助けるべきか?」
俺の中で、理性と感情が拮抗する。
この世界の人間がどう反応するか分からない以上、関わらない方が安全だ。
だが、目の前で人が死ぬのを見過ごすのも、気分が悪い。
「……チッ、性に合わねぇな」
俺は近くに落ちていた拳大の石を拾い、《物理補助》を発動した。
「《物理補助》……接触面の摩擦係数、最大化」
石の表面と俺の手のひらの間の摩擦力を極限まで高める。
まるで石が手に吸い付くように、投擲の瞬間まで完璧なグリップが得られる。
そして、投擲の瞬間――。
「《物理補助》……空気抵抗、最小化。回転の安定性、向上」
石は風を切り、回転しながら一直線に魔物へと飛んだ。
狙いは目ではない。前脚の関節だ。
ゴキィッ!
鈍い音と共に、魔物の前脚が不自然な角度に曲がった。
バランスを崩した魔物が地面に倒れ込む。
その隙に、剣士が首筋に剣を突き立てた。
魔物は断末魔の叫びを上げ、動かなくなった。
「……今の石は?」
魔法使いが周囲を見回す。
俺は木陰に身を隠したまま、その場を離れた。
助けはした。だが、正体を明かすのはまだ早い。
村を迂回しながら、俺は思考する。
魔物の存在、魔法と剣の文化、そして川底の金属片。
この世界には、まだ見えていない「構造」がある。
その全体像を掴むまでは、慎重に動くべきだ。
夕暮れが近づく頃、俺は村から少し離れた丘の上で野営の準備を始めた。
明日、もう一度村を観察する。
そして、可能なら――情報を得る手段を考えよう。
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