40話 力学支配者の誕生と、三日間の不在
—【タクミ視点】—
光が、俺を包み込んでいた。
それは、まるで無数の情報が一度に流れ込んでくるような感覚だった。脳が、体が、魂が――全てが書き換えられていくような、不思議な感覚。痛みはない。だが、確かに何かが変わっている。俺という存在の根幹が、少しずつ、だが確実に変容していく。
視界の中に、次々と文字が浮かび上がる。
【転職完了】
【新職業:《力学支配者》】
【基本能力】
【力の流れを支配する】
【力の再配分:物体間のエネルギーを自在に移動させる】
【力の変換:運動エネルギー、位置エネルギー、熱エネルギーを相互変換】
【力の循環生成:一つの力から、複数の力を生み出す】
【戦闘特性】
【環境利用戦闘:周囲の全ての物理現象を武器化できる】
【相手の攻撃を資源化:敵の攻撃を吸収し、自分の力に変換】
【接触干渉強化:触れた物体の物理法則を直接操作】
【特殊能力】
【力学領域展開:半径十メートル以内の空間において、物理法則を部分的に改変できる】
文字が消える。
そして――俺の体に、新しい感覚が根付く。
今まで見えなかったものが、見えるようになった。いや、「見える」というより「感じる」という表現の方が正しい。空間に満ちる無数の力――重力、摩擦力、張力、弾性力、それら全てが、まるで色彩のように俺の感覚に流れ込んでくる。
これが――《力学支配者》。
「……すごい」
俺は呟く。
この力があれば――ドゥームフォレスとの戦いも、もっと楽だっただろう。いや、そもそもあの戦いがあったからこそ、この力を手に入れられたのか。
【転送を開始します】
【元の世界に戻ります】
視界に、最後のメッセージが表示される。
光が、再び俺を包む。
そして――世界が、また変わった。
—【ガルド視点:一日目、朝】—
「タクミ!」
俺は、タクミの部屋の扉を叩いた。
返事がない。
「おい、起きてるか!?」
もう一度叩く。だが、やはり返事がない。
おかしい。タクミは、いつも朝早く起きる奴だ。こんな時間まで寝ているはずがない。
「開けるぞ」
俺は、扉を開けた。
部屋の中――誰もいない。
ベッドは、綺麗に整えられている。だが、タクミの姿はない。
「……どこ行った?」
俺は部屋の中を見回す。銃もナイフも、リュックも全て残っている。クロとゼリーもいない。いや、クロとゼリーだけはタクミと一緒かもしれない。
「まさか、朝の散歩か?」
だが、武器を置いていくだろうか。いつもなら、少なくともナイフは持っていくはずだ。
俺は、宿の外に出る。
街は、いつも通りの朝の光景だ。商人が店を開き、子供が走り回り、人々が挨拶を交わしている。
だが、タクミの姿はない。
「リーナ、ジン」
俺は、二人を呼ぶ。
「タクミを見なかったか?」
「見てないわ」
リーナが首を振る。
「朝から?」
「部屋にいない。武器も置いたままだ」
「それは……おかしいな」
ジンが眉をひそめる。
「グレンにも聞いてみよう」
三人で、グレンの部屋に向かう。
グレンも、タクミを見ていないと言った。
「昨夜は、一緒に飯を食っただろう」
グレンが言う。
「その後、部屋に戻ったはずだ」
「じゃあ、その後に……」
「消えた、ということか」
沈黙が落ちる。
「まさか、また敵に……」
リーナが不安そうに言う。
「分からん。だが、可能性はある」
グレンが立ち上がる。
「街中を探そう。手分けして」
「了解」
—【リーナ視点:一日目、昼】—
私は、街の北門に来ていた。
衛兵に、タクミを見なかったか尋ねる。
「見てないな」
衛兵が首を振る。
「今朝は、誰も北門を通っていない」
「そう……ありがとう」
私は、次の場所へ向かう。
タクミがよく行く場所――北の森の池。
そこにも、タクミはいなかった。
ただ、地面に小石が散らばっていて、木の幹に新しい傷跡がある。
「……ここで、特訓していたのね」
私は、その傷跡に触れる。
タクミは、いつも努力していた。誰も見ていないところで、黙々と鍛錬を続けていた。
「どこに行ったの、タクミ……」
不安が、胸の奥から這い上がってくる。
—【ジン視点:一日目、夕方】—
俺は、ギルドに来ていた。
受付のミラに、タクミのことを尋ねる。
「タクミさん? 今日は見てないわ」
ミラが首を傾げる。
「何かあったの?」
「朝から、行方不明なんだ」
「え……それは……」
ミラが、心配そうな顔をする。
「もしかして、事件に巻き込まれたとか……」
「分からない。だが、探している」
「私も、何か情報があったら連絡するわ」
「頼む」
俺は、ギルドを出る。
夕陽が、街を橙色に染めている。
タクミは、どこにいるんだ。
—【グレン視点:二日目、朝】—
二日目の朝になっても、タクミは戻ってこなかった。
俺たちは、宿の食堂に集まっていた。
誰も、食事に手をつけていない。
「魔法か?」
ガルドが言う。
「転移魔法で、どこかに飛ばされたとか」
「可能性はある」
俺は答える。
「だが、この街に転移魔法を使える者はいない」
「外部から、ということか」
「ああ」
「……《十魔帝王》の残り?」
リーナが、不安そうに言う。
俺は、少し考える。
「可能性は、低い。ドゥームフォレスを倒したばかりだ。他の魔王が、すぐに動くとは思えない」
「じゃあ、何が……」
その時――クロが、宿の入り口から入ってきた。
小さな魔狼、クロ。タクミの配下だ。
だが、クロは――一人だった。
「クロ……お前、どこにいた?」
ガルドが、クロに近づく。
クロは、悲しそうに鳴く。
「クゥン……」
「タクミは?」
クロが、首を振る。
「……お前も、分からないのか」
クロが、床に座り込む。その姿は、まるで飼い主を失った子犬のように、心細げだった。
—【タクミ視点:三日目、夜明け前】—
気づくと、俺は宿の部屋にいた。
ベッドの上に、座っている。
「……戻ってきた」
窓の外は、まだ暗い。夜明け前だ。
体を確認する。傷は――治っている。迷宮での戦いで負った傷が、全て消えている。服も、元に戻っている。
まるで、全てが夢だったかのように。
だが――新しい力は、確かに俺の中にある。
《力学支配者》。
「どれくらい、経ったんだ……」
時間の感覚が、曖昧だ。迷宮の中では、時間の流れが分からなかった。
俺は、窓から外を見る。
街は、静かだ。
だが――廊下から、足音が聞こえる。
複数人の、慌ただしい足音。
「タクミの部屋、もう一度確認しよう」
ガルドの声だ。
「昨日も見たけど……」
リーナの声。
俺は、扉に向かう。
そして――扉を開ける。
廊下に、四人が立っていた。
ガルド、リーナ、ジン、そしてグレン。
四人が、一斉に俺を見る。
「……タクミ!?」
ガルドが、驚いた声を上げる。
「お前、どこに……!」
「ごめん」
俺は言う。
「心配かけた」
「心配かけたって……三日間だぞ! 三日間、お前どこにいたんだ!」
「三日間……そんなに経ったのか」
俺は、驚く。迷宮の中では、せいぜい半日くらいの感覚だった。
「説明しろ」
グレンが、鋭い目で俺を見る。「何があった」
—【タクミ視点:三日目、朝】—
宿の食堂で、俺は全てを話した。
システムの異常。
強制転送。
物理法則が狂った迷宮。
そして――転職。
「……《力学支配者》」
ガルドが、呟く。
「それが、お前の新しい職業か」
「ああ」
「どんな力なんだ?」
「力の流れを支配する。簡単に言えば――」
俺は、テーブルの上のグラスを見る。
そして――《力学支配者》の力を使う。
グラスが、浮き上がる。
いや、正確には「浮く」のではない。グラスにかかる重力を、横方向に変換したのだ。
グラスは、空中を横に移動し、俺の手元に来る。
「……すげえ」
ガルドが、目を丸くする。
「これは、序の口だ」
俺は答える。
「もっと複雑なこともできる」
「例えば?」
「相手の攻撃を、自分の力に変える。環境を武器にする。空間の物理法則を、部分的に変える」
「……化け物か」
ジンが、呆れたように言う。
「まあ、な」
俺は苦笑する。
リーナが、俺の手を握る。
「……無事で良かった」
その声は、震えていた。
「心配した。本当に、心配したのよ」
「ごめん」
俺は、リーナの手を握り返す。
「もう、勝手に消えたりしない」
「約束よ」
「ああ、約束する」
グレンが、立ち上がる。
「タクミ、一つ聞かせろ」
「何だ?」
「その力で――《十魔帝王》と、戦えるか?」
俺は、少し考える。
《力学支配者》の力は、確かに強大だ。
だが――それでも、《十魔帝王》はそれぞれが規格外の存在だ。
「……分からない」
俺は正直に答える。
「でも、戦える可能性は上がった」
「それで十分だ」
グレンが頷く。
「ならば、東への旅を続けよう」
「東……そうだった」
俺は、旅の目的を思い出す。
古代語を解読できる者を探す。
キューブの謎を解く。
「準備はできてるか?」
「ああ。いつでも」
「なら――明日、出発する」
グレンが、窓の外を見る。
「長い旅になる。覚悟しろ」
「了解」
俺たちは、それぞれ頷く。
新しい力を手に入れた。
新しい仲間がいる。
そして――新しい旅が、始まる。
その時――廊下から、小さな鳴き声が聞こえた。
「クゥン!」
クロだ。
クロが、俺に向かって走ってくる。
俺は、クロを抱き上げる。
「ただいま、クロ」
クロが、嬉しそうに尻尾を振る。
ゼリーも、俺の肩に飛び乗ってくる。
「お前たちも、心配してたんだな」
二匹を撫でる。
温かい。
生きている、という実感がある。
「さあ」
ガルドが、グラスを持ち上げる。
「タクミの生還を祝って、乾杯だ」
「乾杯には早いだろう。まだ朝だぞ」
ジンが苦笑する。
「細かいこと言うな」
「じゃあ、水で」
リーナが笑う。
四人のグラスが、カチンと鳴る。
「乾杯」
温かい朝だった。
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