4話 魔法の足跡と、浮力の誤算
翌朝。焚き火の跡を丁寧に片付けた俺は、再び森の探索を開始した。
目指すは、この深い緑の檻の外だ。
歩き始めて一時間ほど経った頃、俺は奇妙な場所に辿り着いた。
そこだけ、木々が円形に薙ぎ倒されていた。
「……これは、嵐の跡じゃないな」
倒れた大樹の断面を見る。
鋸で引いたような跡はない。かといって、斧で叩き切ったような荒々しさもない。
まるで、巨大な熱線で一瞬にして蒸発させられたかのように、断面は炭化し、滑らかに溶けていた。
「これが魔法による『攻撃』の跡か……」
物理的にこれだけのエネルギーを瞬時に与えるには、どれほどの熱量が必要か。
計算するまでもない。この世界の「魔法」は、熱力学の法則を力技でねじ伏せている。
だが、周囲をよく観察すると、魔法の「限界」も見えてきた。
炭化した断面のすぐ隣にある葉は、焦げることもなく青々としている。
本来、これほどの熱源があれば、周囲の空気は膨張し、熱伝導によって広範囲が焼き尽くされるはずだ。
「指向性が強すぎるのか、あるいは『熱』そのものを生んでいるわけじゃないのか……」
魔法は結果だけを固定し、その過程で生じるはずの物理的な影響を無視している。
便利だが、脆い。
その「無視された物理法則」が、どこかに歪みとして蓄積されているはずだ。
思考を巡らせながら歩を進めると、今度は行く手を阻む大きな川が現れた。
幅は十メートルほど。流れはそれほど速くないが、水深はかなりありそうだ。
「泳いで渡るには、荷物が重すぎるな」
俺は川べりに落ちていた、大きな流木に目をつけた。
これを浮き輪代わりにすれば渡れるだろう。
だが、流木を水に浮かべてみると、思ったよりも浮力が弱い。木材の密度が、前世の感覚よりも高いらしい。
「ここでも《物理補助》の出番か」
俺は流木に触れ、意識を集中させる。
「《物理補助》……流体の粘性、増加。および、接触面の表面張力、強化」
流木そのものを軽くするのではなく、流木が接している「水」の性質に干渉する。
神の言う通り、補正はわずかだ。
だが、流木と水の境界にある表面張力を10%高め、周囲の水の粘性をわずかに上げることで、流木が沈み込もうとする力に対する「抵抗」を増やす。
ズルリ、と流木が水面で持ち上がった。
物理学的には、浮力そのものが増えたわけではない。
ただ、沈む速度を極限まで遅らせ、水面が流木を「支える」力を補強したのだ。
「よし、これならいける」
流木にしがみつき、ゆっくりと対岸へ渡る。
足がつく深さまで辿り着いたとき、俺はふと、川底に沈んでいる「何か」に気づいた。
それは、鈍い銀色に光る金属の破片だった。
魔法の跡、そしてこの金属。
この森には、俺以外の「知的生命体」の影が確実に存在している。
(……そろそろ、森の出口が近いかもしれないな)
俺は濡れた服を絞りながら、森の先を見据えた。
まだレベルは上がっていない。体感的な強さも変わらない。
だが、この世界の「物理的な隙」を見つける目は、確実に養われつつあった。
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