39話 無限の反発と、弾み続ける世界
全てが跳ね返る世界。
触れたものは、全て無限に弾かれる。
着地も、攻撃も、防御も――全てが不可能。
だが、その法則の中にこそ、攻略の鍵がある。
穴から落下し、次の部屋に着地しようとした瞬間――俺の体は、跳ね返された。
「うわっ!」
まるで、巨大なトランポリンの上に落ちたかのように、俺の体が床から弾き飛ばされる。いや、トランポリンなどという生温いものではない。触れた瞬間、まるでバネ仕掛けの罠が発動したかのような、凄まじい反発力で俺の体が天井へと射出される。落下した時の運動エネルギーが、一切の損失なく、いや、それ以上の力で跳ね返されたような感覚だった。
天井に頭をぶつけそうになる。だが――天井もまた、俺を跳ね返す。
ドン!
頭が天井に触れた瞬間、今度は下方向への凄まじい反発力が生まれ、俺の体は再び床へと叩き落とされる。
そして、床に触れれば――また跳ね返される。
「止まれない……!」
俺の体は、床と天井の間を、まるでピンボールの玉のように跳ね続ける。上へ、下へ、上へ、下へ。その度に視界が激しく揺れ、平衡感覚が狂う。吐き気がする。だが、止まれない。
【第四層:反発異常空間】
【物理法則:反発係数無限大】
視界の端に表示される文字が、揺れながらも読める。反発係数無限大――つまり、全ての衝突において、エネルギーが完全に保存される。いや、保存されるどころか、増幅されているようにすら感じる。
俺は《慣性操作》を試みる。上方向への運動を減速させようとする。だが――効果が薄い。反発のエネルギーが大きすぎて、俺の微調整では追いつかない。
「くそっ……このままでは……!」
何度目かの跳ね返りで、俺の体が壁に向かって飛んでいく。壁には――やはり、鋭い棘が生えている。あれに触れれば、串刺しだ。
だが、壁に触れる前に――俺の体は空中で方向を変える。壁からの反発力が、まだ触れてもいないのに働いている。いや、違う。空気だ。壁に近づくことで、壁と俺の間の空気が圧縮され、その空気が反発力を生み出している。
俺の体が、壁から跳ね返される。今度は、斜め方向に。
部屋の中を、三次元的に跳ね回り始める。床、天井、壁、全てが俺を跳ね返す。軌道が複雑になり、どこに飛んでいくのか予測できなくなる。
「このままでは……制御できない……!」
だが、その時――俺は気づいた。
部屋の構造を。
この部屋は、ただの四角い空間ではない。壁の角度が、微妙に調整されている。ある壁は内側に傾き、ある壁は外側に傾いている。そして、天井と床にも、緩やかな曲面がある。
「これは……意図的な設計だ」
俺が壁に跳ね返される度に、その角度によって軌道が誘導される。まるで、ビリヤードの球が、クッションで反射しながら狙った場所に向かうように。
ならば――その誘導を利用すればいい。
俺は《慣性操作》で、自分の体の回転を微調整する。体の向きを変えることで、壁に当たる角度を制御する。
次に壁に跳ね返される時、俺は体を捻る。すると、反射角度が変わる。
今度は、部屋の中央方向に飛んでいく。
「……いける」
俺は何度も壁に跳ね返りながら、少しずつ軌道を制御していく。体を捻り、角度を変え、反発を利用して進む。
そして――部屋の中央に到達する。
そこには――巨大な球体が浮かんでいた。
いや、「浮かんでいる」というのは正確ではない。その球体は、床や壁からの反発力によって、空中に固定されているのだ。まるで、磁力で浮かぶ磁石のように。
球体の表面は、鏡のように滑らかで、俺の姿が歪んで映っている。そして、その球体の向こう側に――次のエリアへの穴が見える。
だが、問題は――どうやって球体を越えるか、だ。
球体に触れれば、当然跳ね返される。しかも、球体は曲面だ。どの角度で触れても、予測不能な方向に跳ね返されるだろう。
「……待てよ」
俺は考える。反発係数が無限大ということは、全てのエネルギーが保存される。ならば――そのエネルギーを利用すればいい。
俺は、わざと球体に向かって飛んでいく。
球体の表面に、触れる。
ドン!
凄まじい反発力が、俺を跳ね返す。だが、俺は体を丸める。球体の曲面に沿って、転がるように触れる。
すると――俺の体は球体の表面を滑りながら、反対側へと誘導される。まるで、ボウリングのボールがピンの周りを回るように。
そして――球体の裏側に到達する。
そこから、次の穴が見える。距離は、十メートルほど。
俺は、球体からの最後の反発を利用して、穴に向かって飛ぶ。
だが――途中で、軌道が逸れる。
「まずい……!」
穴に届かない。このままでは、壁に激突する。
俺は《慣性操作》で、わずかに軌道を修正する。横方向への運動を加え、穴の方向へと向ける。
ギリギリで、穴の縁に手が届く。
俺は穴の縁に掴まり、体を引き寄せる。
そして――穴の中に、滑り込む。
「……はあ、はあ……」
荒い息をつきながら、俺は落下する。
【第四層、クリア】
文字が、視界に浮かぶ。
あと一層。
最後の試練が、待っている。
◆◆◆
次の部屋は――今までとは、雰囲気が違った。
他の部屋は、全て青白い光に満たされていた。だが、この部屋は薄暗い。淡い光しかなく、周囲の様子がよく見えない。
そして、部屋の中央に――何かがある。
巨大な、影。
俺の目が暗闇に慣れてくると、その正体が見えてきた。
石像だ。
それは、狼の形をしている。四つ足で立ち、牙を剥いた狼の石像。その大きさは、優に五メートルを超えている。
どこか、ドゥームフォレスに似ている。
【第五層:動力保存試験】
【物理法則:外部エネルギー供給停止】
【ボス:エネルギー吸収体】
【特性:全ての攻撃を吸収し、無効化する】
文字が表示される。
外部エネルギー供給停止――つまり、この空間では、新たにエネルギーを生み出すことができない。既存のエネルギーを、どう使うかだけが許される。
そして、ボスは全ての攻撃を吸収する。
「……厄介だな」
俺は、石像を観察する。石像は動かない。ただ、そこに立っている。だが、その存在感は圧倒的だ。まるで、本物の魔獣が石になったかのような、生々しい魔力を感じる。
俺は、試しに近づいてみる。
その瞬間――石像が、動いた。
頭が、ゆっくりと俺の方を向く。
石が軋む音がする。ギギギ、と。
そして――石像が、一歩踏み出す。
ドシン!
床が揺れる。
「来るのか……」
俺は構える。だが、武器がない。素手だ。
石像が、もう一歩踏み出す。その動きは鈍重だが、確実だ。一歩一歩、俺に向かって近づいてくる。
そして――石像が、前足を振り上げる。
巨大な足が、俺に向かって振り下ろされる。
俺は横に跳ぶ。
ドゴォン!
石像の足が、床を砕く。石の破片が飛び散る。
「速い……!」
見た目に反して、攻撃速度は速い。
石像が、再び攻撃してくる。今度は、牙を使った噛みつき。
俺は身を屈める。牙が、俺の頭上を通過する。
「《物理補助》……!」
俺は咄嗟に床の摩擦係数を変え、石像の足元を滑らせようとする。
だが――効果が薄い。この空間は「外部エネルギー供給停止」だ。新たにエネルギーを生み出すことができない。つまり、俺のスキルも、制限されている。
「なら……既存のエネルギーを使うしかない」
俺は、石像の攻撃を受ける覚悟を決める。
石像の足が、再び振り下ろされる。
俺は――避けない。
その攻撃を、腕で受け止める。
ドスッ!
「ぐあっ……!」
凄まじい衝撃が、腕を通して全身に伝わる。骨が軋む音がする。だが――。
「《動力保存》……」
俺は、その衝撃のエネルギーを蓄積する。体に伝わった運動エネルギーを、散らさずに保存する。
もう一発、受ける。
石像の尻尾が、俺の脇腹に叩き込まれる。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされる。地面を転がる。だが――そのエネルギーも、蓄積する。
「二発分……」
俺は立ち上がる。口の中に、血の味がする。
石像が、再び迫ってくる。
今度は、突進だ。
巨体が、猛スピードで俺に向かってくる。
俺は――またも避けない。
「三発分……四発分……五発分……!」
石像の体当たりを受け、壁に叩きつけられる。
視界が暗くなる。意識が飛びそうになる。
だが――耐える。
「まだだ……まだ足りない……!」
俺は、壁から剥がれ落ちる。
全身が痛い。肋骨は、確実に何本か折れている。
だが――蓄積されたエネルギーは、増え続けている。
石像が、とどめとばかりに前足を振り上げる。
「来い……!」
俺は、その攻撃を――全身で受け止める。
ドゴォォン!
体が、地面に叩きつけられる。
「十発分……!」
俺の体は、もう限界だ。
だが――十分だ。
十発分の運動エネルギーが、俺の中に蓄積されている。
「《動力保存》……全解放」
俺は、蓄積されたエネルギーを、右拳に集約する。
そして――石像に向かって走る。
「《慣性操作》……《物理補助》……全て組み合わせる!」
拳の速度を加速させる。
拳の硬度を上げる。
拳に振動を加える。
そして――十発分のエネルギーを、一点に収束させる。
俺の拳が、石像の胸に――叩き込まれる。
「ォォォォォアアアアッ!」
瞬間――。
石像の内部で、エネルギーが爆発する。
石像は、全ての攻撃を吸収する特性を持つ。だが、それが仇となった。
俺が叩き込んだエネルギーが、内部で暴走する。
石像の胸に、ひびが入る。
そのひびが、全身に広がる。
そして――。
バラバラバラ!
石像が、粉々に砕け散る。
【ボス撃破】
【転職クエスト、クリア】
俺は、その場に膝をつく。
「……やった」
視界が、再び点滅する。
だが、今度は――優しい光だ。
【職業定義不能個体を確認】
【新職業カテゴリを生成します】
【《職業生成》】
光が、俺を包み込む。
それは、温かい光だった。
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