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ハズレスキル《物理補助》、気づけば世界最強でした  作者: 松竹 ウメ


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30/40

30話 白狼の過去と、失われた者たちへ

朝の光が、草原を満たしていた。

橙から白へ。

空の色が、少しずつ変わっていく。

夜露に濡れた草が、光を弾いてきらめいている。

まるで、大地全体が息をしているかのような、静かな朝だ。

俺たちは五人、草原の中に座っていた。

俺とゼリー。

ガルド、リーナ、ジン。

そして――グレン。

砕けた鎧を纏ったまま、グレンは静かに地面を見ている。

誰も、口を開かない。

風だけが、五人の間を吹き抜ける。


「……話してくれるんですよね」


先に口を開いたのは、リーナだった。


「私たちには、知る権利があると思う」

「ああ」


グレンが、ゆっくりと頷く。


「話す。全部、話す」


グレンが空を見上げる。

その目は、遠い過去を見ているような、深い色をしていた。

まるで、三十年分の時間を一度に見渡しているかのように。


「三十年前――俺には、家族がいた」


グレンが、静かに語り始める。



ーーー



三十年前。

グレンは、まだ《白狼の騎士》と呼ばれていなかった。

ただの冒険者だった。

だが、腕は立った。

Sランク。

この国で、最強の一人と呼ばれた男。


「妻は……魔法使いだった」


グレンが言う。


「俺より頭が良くて、俺より冷静で、俺より強かった。戦闘以外は、全部」


ガルドが、小さく笑う気配があった。


「子供は一人。男の子だ。まだ、歩き始めたばかりの頃だった」


グレンの声が、わずかに揺れる。

だが、続ける。


「妻の家系には、代々受け継がれてきたものがあった」


グレンが、懐から折り畳まれた紙を取り出す。

それは、古い見取り図だった。


「これは……?」


ジンが覗き込む。


「ドゥームフォレストの玉座の間だ。三十年かけて、少しずつ書き写した」


グレンが広げる。

玉座の位置。

松明の配置。

入口と出口。

そして――玉座の背後に、一つの印が記されている。


黒い四角形。


「これは?」


俺が尋ねる。


「《慣性のキューブ》だ」


グレンが、その印を指でなぞる。


「ドゥームフォレスが、玉座の背後の台座に置いている。俺が三十年かけて確認した」

「台座に……?」

「ああ。奴は、そのキューブを手放さない。いつも、玉座の傍に置いている」


グレンが、紙を折り畳む。


「《慣性のキューブ》は、妻の家系が何百年もの間、守り続けてきた遺物だ。物体の運動状態を、永続的に保存する力を持つ。動いているものを動き続けさせる。止まっているものを、止め続けさせる」

「永続的に……保存?」


リーナが、眉をひそめる。


「物を、そのままの状態で閉じ込める」


グレンが、静かに言う。


「時間が……止まるかのように」


その言葉に、草原の空気が変わった気がした。


「三十年前の夜」


グレンが続ける。


「俺が依頼から戻ると、家が……荒らされていた」


グレンの拳が、地面を掴む。

草が、指の間に絡まる。


「妻も、子供も――いなかった。そして、キューブも」


「奪われた……?」


「ああ。跡を追ったら、森の奥まで続いていた。そして――そこで、奴を見た」


グレンの目が、細くなる。


「ドゥームフォレスだ」


その名が出た瞬間、全員の空気が変わる。


「奴は……キューブを持っていた。そして、俺を見て笑った」


「妻子は?」


俺が聞く。

グレンが、一瞬だけ目を閉じる。


「……分からない」


絞り出すような声だった。


「その場にはいなかった。死んでいるのか、生きているのか……俺には確かめられなかった」

「確かめられなかった?」

「一目見ただけで分かる。奴は強すぎた。俺のSランクの力など、まるで通じないとな。」


グレンが、砕けた自分の鎧を見る。


「命からがら逃げた。情けない話だ。妻子がどうなったか分からないまま、一人で逃げた」


草原に、沈黙が落ちる。

風が、その沈黙を埋めるように吹く。


「……でも、諦めなかった」


リーナが、静かに言う。


「ああ」


グレンが頷く。


「死ぬわけにはいかなかった。確かめるまでは、死ねない」


グレンが立ち上がる。


「だから俺は、奴の配下になった。内側から、奴を知るために。そして――隙を見て、全てを取り返すために」

「三十年、ずっとか……」


ガルドが、重い声で言う。


「ずっとだ」


グレンが、草原の向こうを見る。


「奴の配下になり、《牙の四騎士》の一角として従った。信頼を勝ち取り、情報を集め続けた。だが――俺一人では、奴には届かない」


グレンが俺を見る。


「お前を試したのは、そのためだ。お前の《物理補助》を見た時、初めて思った。この力なら、奴に届くかもしれないと」

「グレン」


俺は口を開く。


「《慣性のキューブ》は、ドゥームフォレスが持っている。それは分かった」

「ああ」

「妻子の行方が分からない。《慣性のキューブ》の能力を考えると……」


俺は言葉を選ぶ。


「確かめる方法が、あるかもしれない」


グレンの目が、細くなる。


「……どういうことだ」

「キューブを取り戻せば、分かる」


俺は答える。


「《慣性のキューブ》には、物を保存する力がある。もし、そのキューブに何かが保存されているなら――取り戻した時に、答えが出る」


グレンが、俺を見つめる。

長い沈黙。

風が、二人の間を吹き抜ける。


「……三十年、考えたくなかった可能性だ」


グレンが、低く言う。


「怖いのか?」

「当たり前だ」


グレンが、はっきりと答える。


「だが」


グレンが、目を閉じる。


「真実を、知らなければならない」

「なら」


俺は言う。


「ドゥームフォレストを倒して、キューブを取り戻す。それが、今の目標だ」

「……ああ」

「俺のキューブも、その《慣性のキューブ》と関係があるのか?」


俺が尋ねる。


グレンが、俺のキューブを見る。


「……どこで手に入れた?」

「ダンジョンの宝箱だ」

「ダンジョンか……」


グレンが考え込む表情をする。


「古代文明の遺物だ。妻のキューブと同じ時代のものだろう。だが、性質は違う」

「俺のキューブは、何なんだ?」

「それは……まだ分からない」


グレンが首を振る。

その時、グレンが懐からもう一枚の紙を取り出す。

今度は、羊皮紙だ。

表面には、びっしりと古代文字が書き込まれている。


「ドゥームフォレスの玉座の間に、壁一面に刻まれた古代文字がある。俺はその一部を書き写してきた」

「読めるか?」

「俺には読めない。だが、何年か前に、一人の学者がこの文字を見て、こう言った」


グレンが、羊皮紙を広げる。


「《集うキューブは器となり、扉を開く》と」

「扉……?」


リーナが繰り返す。


「何の扉だ?」

「学者には、そこまで分からなかったと言っていた。だが……」


グレンが、遠くを見る。


「古代文明の言語を完全に解読できる者が、この大陸の東にいると聞いた」

「東に……」


俺は呟く。


「だが、それは今は関係ない」


俺は言う。


「まず、ドゥームフォレスだ」

「ああ」


グレンが頷く。


「順序を間違えるな。奴を倒さなければ、何も始まらない」

「グレン、一つ聞かせてくれ」


俺はグレンを見る。


「ドゥームフォレスの弱点は?」


グレンが、わずかに口元を緩める。


「三十年、そればかりを調べてきた」


グレンが立ち上がり、砕けた鎧を正す。


「ドゥームフォレスは骨の権能を扱う。奴の力の源は、あの甲冑に宿っている」

「骨を壊せば?」

「弱体化する。だが――奴の再生能力は、脊椎骨の権能によるものだ。そこを機能不全にしなければ、いくら傷を負わせても意味がない」


グレンが、ドゥームフォレスの権能を詳しく説明する。

狼の頭蓋骨の兜は感知能力。

牙の骨の胸甲は攻撃特化。

脊椎骨の篭手は再生能力。


「脊椎骨の篭手を、最初に壊す」


俺は言う。


「再生を止めてから、削る。理屈はそうだ」


グレンが答える。


「だが、問題がある」

「何だ?」

「奴の再生能力は、脊椎骨の権能があってこそだ。その篭手を壊すためには――篭手に直接触れなければならない」

「《物理補助》は、接触が必要だからな」


俺は頷く。


「ドゥームフォレスに、触れることができるか?」

「……やってみるしかない」


グレンが、俺の目を見る。


「お前なら、できると俺は見ている。だから、三十年ぶりに他人を信じることにした」

「重い期待だな」

「軽い期待では、意味がない」


グレンが、大剣を背に差し直す。


「さあ、続きは街で話そう。情報の整理が必要だ」

「ああ」


俺は立ち上がる。


「待ってくれ」


リーナが言う。


「一つだけ、確認させて」


リーナがグレンを見る。


「グレン様が三十年かけて集めた情報と、タクミの力。それでも、ドゥームフォレスに勝てる保証は?」

「ない」


グレンが、はっきりと言う。


「だが」


リーナが続ける。


「やるんですよね」

「ああ」


グレンが答える。


「お前たちも、来るか?」


ガルドが、ニヤリと笑う。


「当たり前だ。ここまで付き合って、今さら抜けるかよ」


ジンも、静かに頷く。


「了解した」


リーナが、溜息をつく。


「まったく……無茶ばかりね」


だが、その口元は緩んでいる。


「さあ」


ガルドが立ち上がり、大きく伸びをする。


「面倒な話は終わりか? 俺、腹が減った」

「……そこか」


ジンが呆れた顔をする。


「戦いの前に腹が減るのは、当たり前だろ」

「今からすぐ戦うわけじゃないわよ」

「じゃあ余計に、飯を食う時間がある」


リーナが笑う。

グレンが、その様子を黙って見ている。

その目に、何か温かいものが宿っている。

三十年、一人だった男が――初めて見る光景。


「……くだらん連中だ」


グレンが、小さく呟く。

だが、その声には、棘がない。

俺は、グレンの隣に立つ。


「なあ、グレン」

「何だ」

「妻子のことは、必ず解決する」


グレンが、俺を見る。


「お前に、約束できるものは何もない」

「約束じゃない」


俺は言う。


「決意だ」


グレンが、俺を見つめる。

長い沈黙。

風が、草原を渡っていく。


「……若造め」


グレンが、小さく言う。

だが、目は前を向いていた。

六人が、街への道を歩き始める。

朝の光の中を。

俺はポケットから、自分のキューブを取り出す。

銀色の、冷たい金属。

表面に刻まれた文様が、朝の光に鈍く輝いている。

《慣性のキューブ》は、ドゥームフォレスが持っている。

俺のキューブは、別物だ。


「お前は、何なんだ」


俺は小さく呟く。

キューブは、答えない。

ただ、冷たく――静かに、手の中に在り続ける。


その時、俺の脳裏に、ふと引っかかる記憶がある。

ダンジョンで見た夢。

古代文明の、学院。

黒板に書かれていた数式。

そして――暴走した巨大なキューブ。

あの夢の中で、老人は言っていた。


「ようやく、完成した」と。


完成とは、何が。

キューブが、一つ完成したのか。

それとも――複数のキューブを、揃えることが。


俺は、キューブを光にかざす。

朝の光を受けたキューブの表面が、万華鏡のように細かな紋様を映し出す。

その紋様が、何かの設計図のように見える。


いや――パズルのピースなのかもしれない。

パズルは、一つのピースだけでは絵にならない。

いくつものピースが揃って、初めて全体が見える。

ドゥームフォレスは、三十年かけてパズルを揃えているのだ。


俺はキューブをしまう。

ゼリーが、肩の上でぷるぷると揺れている。

草原の向こうに、街が見える。

そして、その遥か奥には――深い森がある。

ドゥームフォレスの、縄張り。


「必ず行く」


俺は、心の中で呟く。


「待ってろ」


それが誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった。

ドゥームフォレスへの宣戦布告か。

それとも――グレンの、会えない誰かへの言葉を、俺が代わりに紡いだのか。

風が、背中を押す。

俺たちは、歩き続けた。

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