3話 異世界の理と、物理の意地
トゲネズミとの遭遇から数時間。俺は依然として、終わりの見えない森の中を歩いていた。
「……腹が、減ったな」
死んで転生したとはいえ、この体は空腹を感じるらしい。
幸い、森には果実をつけた植物がいくつか見当たった。だが、問題はそれが「食えるかどうか」だ。
俺は、鮮やかな青色をしたリンゴのような実を一つ、木からもぎ取った。
「《物理補助》……密度、走査」
指先から実に触れ、その内部構造を「補助」の感覚で探る。
本来、このスキルは数値をいじるものだが、干渉しようと意識を向けることで、対象の「状態」が微かに指先に伝わってくることに気づいた。
この青い実。皮の表面は異常に硬いが、内部の果肉はスカスカだ。
そして何より、果汁の粘性が不自然に高い。
「……これ、毒っていうより、接着剤に近いな」
試しに地面に叩きつけてみると、実は割れることなく、ボトッという鈍い音を立てて土に張り付いた。
無理に食べていたら、今頃喉が塞がって死んでいただろう。
「物理法則は同じでも、出来上がる物質がデタラメすぎる……。これが『魔力』の影響か」
この世界の植物や生物は、体内に魔力を蓄え、それによって物理的な限界を超えた構造を維持しているようだ。
あのトゲネズミの棘が異常に硬かったのも、おそらくは魔力による補強だろう。
次に俺が直面したのは、夜に備えた「火」の確保だった。
手元にはライターもマッチもない。
「魔法があれば、指先から火が出るんだろうけどな」
だが、俺に与えられたのは《物理補助》だ。
俺は乾いた木の枝を二本用意し、古典的な「揉み切り式」の火起こしを試みることにした。
本来、この方法は熟練の技術と膨大な体力を必要とする。
だが、俺にはこれがある。
「《物理補助》……動摩擦係数、増加。および、断熱効率、上昇」
木の棒を回転させる。
指先から伝わる感覚を頼りに、摩擦熱が発生する一点にだけ、集中的に「補助」をかける。
神の言う通り、補正値はせいぜい1.1倍程度だ。
しかし、熱力学において、放熱を10%抑え、発熱を10%高めることができれば、発火点に到達するまでの時間は劇的に短縮される。
数分後。
細い煙が立ち上り、小さな火種が生まれた。
「……よし。魔法じゃなくても、火はつく」
パチパチと爆ぜる焚き火を見つめながら、俺は考える。
この世界の人々は、おそらく「魔法」という便利な道具に頼りすぎている。
火が欲しければ火の魔法を使い、重いものを運びたければ強化の魔法を使う。
だが、彼らはその「過程」を知らない。
なぜ火が燃えるのか。なぜ物が動くのか。
そのブラックボックスの中身を知っている俺なら、この「微々たる補助」だけでも、彼らには不可能な現象を引き起こせるはずだ。
(……レベル、か)
ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
この世界に「レベル」という概念があるのかはまだわからない。
だが、もしあるとするならば、今の俺は間違いなく「レベル1」だろう。
あの神が言っていた「観測」。
俺がこの世界の理を壊し始めたとき、その数値はどう動くのか。
「……まずは、この森を抜けるための『足』を確保しないとな」
俺は焚き火の熱を指先で感じながら、次なる実験のプランを練り始めた。
この世界の常識を、一つずつ物理で解体していく。
その作業は、意外にも俺の性に合っていた。
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