28話 猶予と、積み重ねる力
グレンから召喚状を受け、俺たちはギルドへ向かった。
そこにはエレナが待ち構えていた。
「お待ちしておりました。手紙をお預かりしています」
「ありがとう」
手紙を恐る恐る開いた。
タクミへ
二日後の夜明け、街の北、草原の中央で待つ。
一人で来い。
ーー白狼ーー
俺は、便箋を握りしめる。
白狼。
《白狼の騎士》。
あの銀の鎧の男が、俺を呼んでいる。
「……来た」
俺は呟く。
窓の外を見る。
陽の光が街全体を照らしている。
しかし、俺の中では、嵐が渦巻き始めていた。
二日後、あの男と、再び戦う。
「……足りるか?」
俺は自分の手を見る。
昨日の特訓でできた、掌の赤みがまだ残っている。
現在の《動力保存》の蓄積限界は、十回。
あの騎士の鎧を貫くには、二十回は必要だと俺は見積もっている。
「倍か……」
笑えない数字だ。
だが――二日ある。
「やるしかない」
俺は立ち上がり、服を着る。
ゼリーが、俺の肩に飛び乗る。
「今日から、本番だぞ」
ゼリーがぷるぷると震える。
「……白狼から、直接か」
ジンが、鋭い目になる。
「一人で来い、とある。どうするんだ?」
「断る理由がない」
俺は答える。
「あの男と、決着をつける必要がある」
「でも一人でって――」
「リーナ、聞いてくれ」
俺は三人を見る。
「《動力保存》を使う。あの騎士の攻撃を受けながら、エネルギーを溜め続けて、最後に一撃で仕留める」
「今の限界は十回だって言ってたわよね」
リーナが確認する。
「ああ。二十回が目標だ」
「二日で倍にするつもりか?」
ガルドが眉をひそめる。
「やるしかない」
「……無茶だ」
「分かってる」
沈黙が流れる。
ガルドが、大きく息を吐く。
「分かった。俺たちにできることはないのか?」
「一人で来い、という指定だ。でも――」
俺は少し考える。
「近くで待機していてくれると助かる。いざとなったら、合図を出す」
「それくらいならできる」
ジンが頷く。
「俺たちは草原の外で待機する。何かあったら駆けつける」
「ありがとう」
「じゃあ、お前は今から特訓か」
ガルドが尋ねる。
「ああ。二日間、みっちりやる」
「飯はちゃんと食えよ」
ガルドが、ぽんと俺の肩を叩く。
「倒れたら元も子もない」
「分かってる」
俺は頷いて、ギルドを出た。
◆◆◆
北の森の池。
朝霧が、水面を薄絹のように包んでいる。
木々の間から、まだ青白い光が差し込む時間帯。
この場所が、俺の訓練場だ。
俺は小石を地面に置く。
そして、手のひらで叩く。
ガン。
衝撃が手に伝わる。
「《動力保存》……」
俺は集中する。
その衝撃を、散らさない。
ナイフに、流し込む。
じわり、と。
まるで水が器に満ちるように。
頭に、軽い痛みが走る。
「一回分……」
次。
またガン。
「二回分……」
「三回分……」
「四回分……」
昨日は、ここで膝をついた。
「五回分……」
鼻の奥が熱い。
「六回分……」
「七回分……」
ぽたり、と。
鼻血が地面に落ちる。
だが、止まらない。
「八回分……」
視界が歪む。
「九回分……」
頭痛が、嵐のように荒れ狂う。
「十回分――」
限界だ。
俺は地面に膝をつく。
「はあ……はあ……」
荒い呼吸が、朝の森に響く。
昨日の限界と同じ、十回。
「……当たり前か」
一日やそこらで、限界が変わるものではない。
だが、気づいたことがある。
昨日は十回で意識が朦朧としていた。
今日は十回でも、まだ立っていられる。
「処理が、速くなってる」
俺は呟く。
溜めるスピードが、上がっている。
一発受けて一回溜めるのに、昨日は三秒かかっていた。
今日は、二秒を切った。
「これだ」
俺は立ち上がる。
溜める回数だけが問題じゃない。
どれだけ素早く溜められるか。
本番では、あの騎士の攻撃を受けながら、即座に溜め続けなければならない。
反射的に溜められるようになれば、二十回も夢じゃない。
「もう一度」
俺は再び小石を置く。
◆◆◆
昼。
リーナが水筒と弁当を持ってきてくれた。
「ちゃんと食べなさい。ガルドが言ったでしょ」
「……ありがとう」
俺は木の根に座り、弁当を開く。
温かいスープ、パン、焼いた肉。
宿の食堂で作ってもらったものだろう。
「どう? 進んでる?」
リーナが隣に座る。
「溜める速さが上がってきた。回数は、まだ十回だが」
「二日で倍にするって言ったけど……本当にできそう?」
俺は少し考える。
「回数より速さの方が重要かもしれない。本番で一発受けるたびに三秒止まっていたら、その間に死ぬ」
「確かに……」
リーナが膝を抱える。
「ね、タクミ」
「何だ?」
「あの騎士――本当に、ただの敵だと思う?」
俺の手が、止まる。
「……どういう意味だ?」
「二回戦って、二回とも殺されなかった。あなたたちを追ってもこない」
リーナが、遠くを見る。
「まるで、わざと生かしているみたいじゃない?」
「俺も、それは考えた」
俺は答える。
「だが、理由が分からない」
「もしかしたら……戦ってみれば、分かるかもしれない」
リーナが静かに言う。
「戦いの中でしか、見えないものがある」
「……そうかもしれないな」
俺は弁当を閉じ、立ち上がる。
「ありがとう。飯、うまかった」
「また夕方に来るわ」
リーナが笑う。
その笑顔が、朝の森に差し込む光のように、俺の心を少し明るくする。
「ああ、頼む」
俺は再び、特訓へと戻った。
-----
夕方。
太陽が木々の向こうに沈みかけている頃、俺は地面に倒れ込んでいた。
仰向けに。
空を見上げる。
雲が、オレンジ色に染まっている。
「……今日は、十三回まで溜められた」
三回増えた。
一日で。
「足りない。だが――」
俺は目を閉じる。
確実に、前に進んでいる。
足音が聞こえた。
「やっぱりここにいた」
リーナの声だ。
目を開けると、夕陽を背にしたリーナが俺を見下ろしている。
その輪郭が、まるで絵画の一場面のように美しく、俺は一瞬言葉を失う。
「……十三回になった」
「三回増えたの? 一日で?」
「ああ」
「……すごいじゃない」
リーナが、ほっと息をつく。
「明日も、これが続けば」
「二十回には届かないかもしれない。でも、十七か十八には届く」
「それで、足りる?」
「足りなくても、やるしかない」
俺は立ち上がる。
リーナが手を差し伸べる。
「帰りましょう」
俺はその手を取った。
二人で、夕陽の中を歩く。
木々の間から差し込む光は、まるで黄金を溶かしたように温かく、地面を染めていた。
◆◆◆
翌日。
俺は夜明け前から始め、日が暮れるまで繰り返した。
ガン、溜める。
ガン、溜める。
ガン、溜める。
まるで、鍛冶師が鉄を打つように。
単調で、地道な作業。
昼には十五回。
夕方には十八回。
「あと二回……」
俺は呟く。
だが、ここから先が伸びない。
十八回を超えると、視界が暗くなる。
意識が、遠のきそうになる。
「もう一度」
俺は腕を上げる。
ガン。
十九回分。
視界が、二重になる。
「もう一回――」
ガン。
二十回分。
「ぐっ……!」
俺は地面に崩れ落ちる。
頭の中で、何かが爆発したかのような痛み。
鼻血が、地面を赤く染める。
「はあ……はあ……」
だが――溜まった。
二十回分。
「……できた」
俺は仰向けになる。
空は、もう夜の色に変わり始めていた。
ゼリーが、俺の胸の上に乗る。
冷たく、柔らかい感触。
「ありがとうな、ゼリー。お前がいてくれたから、続けられた」
ゼリーが、ぷるぷると震える。
◆◆◆
宿に戻ると、三人が待っていた。
食卓には、夕飯が並んでいる。
「今日の結果は?」
ガルドが尋ねる。
「二十回、溜められた」
「本当か!?」
「ああ。最後は意識が飛びそうになったが」
「……それ、本番でやるつもりか」
「やるしかない」
俺は席に着く。
「作戦を確認しよう」
俺は三人を見る。
「お前たちは、草原の外で待機してくれ。俺が合図を出したら、すぐ来い」
「合図は?」
「ゼリーを空に飛ばす。それが合図だ」
「了解した」
ジンが頷く。
「溜め終わったら、どうする?」
リーナが尋ねる。
「ナイフに全てを解放する。あの鎧の継ぎ目――脇の下か首筋を狙う。そこが一番薄い」
「継ぎ目か……」
ガルドが腕を組む。
「狙えるか? あの騎士の動きで」
「分からない。でも、一瞬でも隙を作れれば」
「俺たちが隙を作る」
ガルドが言う。
「合図が来たら、全力で突っ込む。その間にお前が仕留めろ」
「……ありがとう」
俺は三人を見る。
言葉にならない感謝が、胸の中に溢れる。
「死ぬなよ、全員」
ガルドが、グラスを持ち上げる。
「乾杯だ」
四人のグラスが、カチンと鳴る。
その音が、まるで戦いの幕開けを告げる鐘のように、俺の心に響いた。
◆◆◆
深夜。
全員が眠りについた頃、俺は一人部屋の窓から夜空を見上げていた。
星が、無数に瞬いている。
まるで、無数の目が俺を見ているかのように。
「明日か……」
俺は、ポケットから謎のキューブを取り出す。
冷たい金属の感触。
表面の不思議な模様が、月明かりに鈍く光る。
「お前が、何かの鍵なんだろうな」
キューブは、何も答えない。
ただ、静かに光るだけだ。
俺はキューブをしまい、ベッドに横になる。
ゼリーが、枕元でぷるぷると揺れている。
目を閉じる。
明日、戦う。
あの騎士と。
そして――何かが、変わる。
そんな予感が、胸の奥でじっと燃えている。
まるで、消えかけた炭火が息を吹き返すように。
静かに、だが確実に。
俺は眠りに落ちた。
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