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ハズレスキル《物理補助》、気づけば世界最強でした  作者: 松竹 ウメ


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27話 跳ね返る力と、嵐の予感

特訓を始めて、五日が経った。

毎朝、北の森の池で《物理補助》の練習をする。

だが――どうしても、壁を越えられない。

あの騎士の鎧。

三重掛けを使っても、貫けなかった。

より強い攻撃が必要だ。

だが、どうすれば――。


「タクミ、少し休まないか?」


リーナが、木陰から声をかける。

彼女の手には、二つの水筒が握られている。


「……ありがとう」


俺は水筒を受け取る。

一口飲む。

冷たい水が、乾いた喉を潤す。


「顔色が悪いぞ」


ガルドが近づいてくる。


「毎日こんなに無理したら、体が持たない」

「分かってる。でも――」


俺は池を見る。

さっきまで俺が実験していた池の表面には、まだ振動の波紋が残っている。

まるで、俺の焦りを映しているかのように。


「あの騎士に、勝てる気がしない」


俺は正直に言う。


「圧倒的だった。技術も、力も、速さも……全部上を行かれた」


ガルドが隣に座る。


「俺も、あの一撃を受けた時は死ぬかと思ったぞ」


ガルドが、治療した腕を見る。


「まるで、城壁が動いて殴ってきたみたいだった」


城壁が動いて殴る。

その言葉が、俺の頭に引っかかる。


「城壁……」


俺は立ち上がる。


「どうした?」

「いや、少し考えたいことがある」


俺は池のほとりを歩く。

城壁が動いて殴る。

つまり、あの騎士の一撃には途方もない質量と速度が込められている。

運動エネルギーは、質量×速度の二乗を二で割ったもの。

E = ½mv²

あの騎士の攻撃には、それだけのエネルギーが詰まっている。


「でも、そのエネルギーはどこへ行く……?」


俺は呟く。

エネルギー保存の法則。

物理学の基本中の基本だ。

エネルギーは、消えない。

形を変えるだけだ。

あの騎士の拳が俺に当たった時――。

そのエネルギーは、俺の体に伝わり、傷となり、衝撃となって散っていった。


「散っていった……」


俺は立ち止まる。


「もし、散らさなかったら?」


その時、森の奥から声が聞こえた。


「タクミ!ちょっと来てくれ!」


ジンの声だ。

俺たちは声の方へと走る。

ジンが立っていたのは、森の中の小さな空き地だった。

そこには、二匹の動物が、激しく向かい合っていた。


一匹は、大きな角を持つ鹿。

もう一匹は、体の大きな猪。


「縄張り争いだ」


ジンが説明する。


「あの猪、かなり大きいぞ。あの鹿、大丈夫か?」


リーナが心配する。


だが――俺は、目を離せない。

猪が、鹿に向かって突進する。

轟音と共に、二つの巨体がぶつかり合う。

そして――鹿が後退しながらも、猪の突進を首で受け流す。

受け流した力が、そのまま鹿の角の一撃に変わる。

猪の横腹に、鹿の角が深々と突き刺さる。

猪が悲鳴を上げ、後退する。


「……すごい」


俺は、その光景に釘付けになる。


「鹿が勝ったな」


ガルドが感心する。


「猪の方がずっと大きかったのに」

「受け流したんだ」


俺が呟く。


「え?」

「猪の突進を、真正面から受け止めなかった。受け流して、その力を自分の攻撃に変えた」


俺の頭の中で、何かが音を立てて繋がる。

受け流す。

エネルギーを散らさない。

むしろ、溜める。


「タクミ、どうしたんだ?」


ガルドが不思議そうに尋ねる。


「……少し、試したいことがある」


俺は木の幹に向かって歩く。

そして――思い切り、拳を叩き込む。


ドン!


「痛っ……」


当たり前だが、手が痛い。


「何してるんだ?」


ジンが呆れた顔をする。


「今度は逆だ」


俺は木の幹に手をつく。


「《物理補助》……木の反発係数、増加」


そして、もう一度拳を叩き込む。

ドン!


今度は――手に伝わる衝撃が、跳ね返ってくる。

俺の拳が、弾かれる。


「……違う。跳ね返すんじゃない」


俺は考える。

跳ね返せば、エネルギーは相手に戻る。


そうじゃなくて――。


「溜める」


俺は呟く。

受けたエネルギーを、どこかに溜める。

そして、好きなタイミングで解放する。

「《物理補助》は、物質の性質を変える。ならば――」

俺は自分のナイフを手に取る。


「このナイフに、運動エネルギーを保存できないか?」


弾性エネルギー。

バネが押し縮められた時、エネルギーが蓄えられる。

それと同じように、ナイフに衝撃を「溜めて」おく。

そして、解放する時に一気に放つ。


「《物理補助》……ナイフの弾性限界、増加」


俺がナイフに効果を発動させる。

そして、ナイフの腹を木の幹に叩きつける。

ガン!

通常なら弾かれるその衝撃が――。

ナイフの中に、僅かに留まる感覚。


「……できた、のか?」


頭痛が走る。MPが消費される。

だが、確かに何かが変わった。

俺はナイフを木の幹から引き剥がす。

そして――そのナイフで、別の木の枝を叩く。

バキン!

通常の二倍以上の衝撃が、枝を叩き折る。


「……!」


俺は目を見開く。

溜めたエネルギーが、解放された。


「タクミ、今何をした?」


リーナが、驚いた表情で近づいてくる。


「……分からない。でも、何かの入口には立った気がする」


俺は、ナイフを見つめる。

たった一度の衝撃を溜めただけだ。

だが――もし、何度も何度も衝撃を溜め続けたら?


「あの騎士の攻撃を受けながら、エネルギーを溜め続けて……」


「それを一気に解放したら?」


リーナが、俺の言葉を受けて息を呑む。


「それって……攻撃を受ければ受けるほど、強くなるってこと?」


「理論上は、そうなる」


俺は答える。


「でも、まだ全然できていない。一回の衝撃を溜めるだけで、頭痛がひどい」

「それを、何十発も受けながらやるのか?」


ガルドが眉をひそめる。


「普通に死ぬぞ」

「だから練習が必要なんだ」


俺は首を振る。


「まだ技術が荒すぎる。あの騎士の前で使えるレベルじゃない」

「……タクミ」


リーナが、俺を見る。


「その技、名前はあるの?」


俺は少し考える。

エネルギー保存の法則。

受けた力を、消さずに溜める。


「……《動力保存》」


俺は答える。

リーナが呟く。


「かっこいい名前ね」

「かっこよくても、まだ使えないけどな」


俺は苦笑する。



◆◆◆



その日の夜、俺は一人で練習を続けた。

小石を地面に置き、手のひらで叩く。

衝撃をナイフに溜める。

何度も、何度も。

一回目。頭痛。

二回目。頭痛。視界が歪む。

三回目。鼻血が出る。


「くっ……」


俺は地面に膝をつく。

まだ、三回しか溜められない。

あの騎士の攻撃を何十発も受けながら、これをやり続ける。

気が遠くなる。


「……でも」


俺は立ち上がる。

鼻血を拭う。


「これしかない」


あの騎士に勝てる、唯一の方法。

真正面から戦っても、勝てない。

だが――受け続けて、溜め続けて、一撃で仕留める。


「必ず、できるようにする」


俺は再び、小石を置く。

そして――叩く。

ガン。

また頭痛が走る。

それでも、俺は手を止めない。



◆◆◆



翌朝。

ゼリーが、俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。


「……おはよう」


俺は起き上がる。

昨夜の特訓で、体がひどく重い。

だが、確実に進歩している。

昨夜の最後には、五回まで溜められるようになった。


「もう少しだ」


俺は呟く。

その時、扉がノックされる。


「タクミ、いるか?」


ガルドの声だ。


「ああ、入ってくれ」


扉が開き、ガルドが入ってくる。

その表情が、いつもと違う。


硬い。


「どうした?」

「ギルドからだ」


ガルドが、一枚の紙を渡す。


「なんだ……?」


俺は紙を受け取る。

そこには、こう書かれていた。


【タクミ殿へ】

【本日、ギルドマスター・グレンより召喚状が届いております】

【至急ギルドまでお越しください】


俺の手が、わずかに震える。

グレン。

あの男が、俺を呼んでいる。


「どうする?」


ガルドが俺を見る。

俺は一度、目を閉じる。

来た。


まだ《動力保存》は完成していない。

まだ、三重掛けも不安定だ。

だが――断る理由もない。


「行く」


俺は立ち上がる。


「みんなも来てくれるか?」

「もちろんだ」


ガルドが頷く。


「当たり前じゃない」


リーナが続ける。

ジンも無言で頷く。


「ありがとう」


俺は、ナイフを腰に差す。

銃を確認する。

ゼリーが、俺の肩に乗る。


「行くぞ」


俺たちは、部屋を出た。

廊下の窓から、街が見える。

平和な、いつもの街並み。

だが今日、それが変わるかもしれない。

まるで嵐の前の静けさのように、空気が張り詰めている。

そんな予感を胸に、俺たちはギルドへと向かった。

お読みいただきありがとうございます。

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