26話 手袋の刻印と、忘れられた記憶
翌朝、俺は一人で昨日の戦場へと向かった。
平原に朝日が差し込み、草が朝露に濡れて銀色に輝いている。まるで無数の宝石を散りばめたかのような光景だ。
だが、俺の心は晴れない。
昨日の敗北が、重い石のように胸に沈んでいる。
「何か、手がかりがあるはずだ……」
俺は、戦った場所を探す。
地面には、戦いの痕跡が残っている。
大剣で叩き割られた地面。
炎で焼かれた草。
そして――。
「これは……」
俺は、草むらの中に落ちている何かを見つける。
小さな布の切れ端。
手袋の一部、だろうか。
黒い革製で、高級そうな作りだ。
俺はそれを拾い上げる。
手のひらに乗せると、思ったより重い。
そして――内側に、何か刻まれている。
小さな刻印。
狼の牙を模した、デザイン。
「この刻印……」
俺は、それをじっと見つめる。
まるで、古い記憶が蘇ろうとしているような――不思議な感覚。
だが、思い出せない。
「とりあえず、持ち帰ろう」
俺は手袋の切れ端をポケットにしまう。
そして――ふと、足元に何か光るものがあることに気づく。
「これは……」
小さな金属片。
鎧の破片、だろうか。
表面が滑らかで、月明かりを反射するように鈍く光っている。
俺はそれも拾い上げる。
この金属片――どこかで見たことがある気がする。
だが、やはり思い出せない。
「まるで、霧がかかったみたいに曖昧だ……」
俺は首を振り、金属片もポケットにしまう。
街へと戻る道すがら、俺は考え続ける。
あの騎士は、一体何者なのか。
そして――なぜ、俺たちを襲ったのか。
ただの魔物の配下にしては、動きが洗練されすぎている。
まるで、人間の――それも、熟練した戦士の動きだった。
◆◆◆
宿に戻ると、ガルドたちが朝食を取っていた。
「おはよう、タクミ。どこに行ってたんだ?」
ガルドが尋ねる。
「昨日の戦場に。手がかりを探しに」
俺は答える。
「それで、何か見つかったか?」
リーナが身を乗り出す。
俺はポケットから手袋の切れ端と金属片を取り出す。
「これを」
「手袋……と、金属片か」
ジンが手袋を手に取る。
「高級品だな。こんな上質な革、普通の冒険者じゃ手に入らない」
「それに、この刻印……」
リーナが刻印を指でなぞる。
「狼の牙……昨日ミラが見せてくれた紋章と似ている」
「ああ。おそらく、あの騎士が落としたものだろう」
俺は答える。
「この金属片は?」
ガルドが金属片を手に取る。
その瞬間――ガルドの表情が変わる。
「……これは」
「どうした?」
俺が尋ねる。
「この金属……ミスリルだ。それも、かなり純度の高い」
ガルドが驚きの声を上げる。
「ミスリル?」
「ああ。俺が持ってるナイフと同じ材質だ。だが、こんなに純度の高いミスリルは……王族か、それに準ずる者しか持てない」
ガルドの言葉に、俺たちは顔を見合わせる。
「つまり、あの騎士は……」
リーナが言葉を濁す。
「相当な地位の人間、ということか」
ジンが続ける。
その時――俺の頭の中で、何かが繋がる。
ギルドマスター・グレン。
彼も、かつてSランクの冒険者だった。
そして――銀の鎧を着ていたという噂を、どこかで聞いた気がする。
だが――まさか。
グレンが、俺たちを襲う理由がない。
「……考えすぎか」
俺は首を振る。
「とりあえず、これをミラに見せよう」
ガルドが提案する。
「ギルドの記録に、何か載ってるかもしれない」
俺たちは朝食を済ませ、ギルドへと向かう。
◆◆◆
ギルドに着くと、ミラが笑顔で迎えてくれる。
だが、その笑顔の奥に――わずかな疲労の色が見える。まるで、一晩中何かを調べていたかのように。
「おはようございます。今日は――」
「ミラ、これを見てくれ」
ガルドが、手袋の切れ端と金属片を渡す。
ミラが、それを受け取る。
そして――その顔色が、サッと変わる。
「これは……」
ミラの手が、わずかに震える。
「知ってるのか?」
俺が尋ねる。
「……少し、待ってください」
ミラが、奥の部屋へと消える。
数分後――ミラは、一冊の古い日誌を持って戻ってきた。
表紙は色褪せ、ページの端は黄ばんでいる。まるで、時間の重みに押し潰されそうな、古い記録だ。
「これは、三十年前の冒険者記録です」
ミラが、ページをめくる。
そして――ある一ページを開く。
そこには――銀の鎧を着た騎士のスケッチが描かれている。
「《白狼の騎士》……本名は記されていません。だが、当時この街で最強と呼ばれた冒険者です」
ミラが説明する。
「そして――この騎士が使っていた手袋が、これと同じデザインだったという記録があります」
ミラが、日誌に描かれた手袋のスケッチを指差す。
確かに、俺が拾った手袋と同じデザインだ。
「つまり、昨日の騎士は――」
「《白狼の騎士》本人、もしくはその装備を受け継いだ者です」
ミラが断言する。
「だが、それは……」
リーナが戸惑う。
「三十年前に死んだはずの人物が、どうして今……」
「分かりません」
ミラが首を振る。
「でも、一つだけ確かなことがあります」
ミラが、日誌の別のページを開く。
そこには――一枚の古い新聞記事が挟まれている。
黄ばんだ紙に、かすれた文字。
【悲劇:Sランク冒険者、森で妻子を失う】
という見出し。
「三十年前、《白狼の騎士》は森で魔物に襲われ、妻と子供を失いました」
ミラが、記事を読み上げる。
「その魔物は――《蛮獣王ドゥームフォレス》の配下だったと言われています」
その言葉に、俺たちは息を呑む。
「その後、《白狼の騎士》は復讐のため森へと向かい――二度と戻ってきませんでした」
ミラが、記事を閉じる。
「多くの人は、彼も魔物に殺されたと思っています。だが――」
ミラが、俺たちを見る。
「もし、彼が生きていたとしたら……」
「復讐を果たすため、ドゥームフォレスに近づいた……?」
ガルドが呟く。
「可能性はあります。でも、それだと一つ疑問が残ります」
ジンが指摘する。
「なぜ、俺たちを襲ったんだ? もし彼がドゥームフォレスに復讐するつもりなら、俺たちは味方のはずだ」
確かに。
俺たちは、ドゥームフォレスの配下――ゴブリンキングとグレーターオーガを倒した。
ドゥームフォレスにとって、俺たちは敵だ。
ならば、《白狼の騎士》にとって、俺たちは味方になるはず。
「命令に従わざるを得なかった、とか……」
リーナが推測する。
「ドゥームフォレスの配下として、表向きは従っている。だから、俺たちを襲わなければならなかった」
「二重スパイ、ってことか」
ガルドが腕を組む。
「ありえない話じゃないな」
その時――俺の頭の中で、また何かが繋がる。
グレンの顔。
あの真剣な目。
そして――試練と称して、魔狼を使って俺の力を試したこと。
まるで、何かに備えるように。
「……もしかして」
俺が呟く。
「どうした?」
ガルドが尋ねる。
「いや、何でもない」
俺は首を振る。
まだ、確証がない。
だが――心の奥で、確信めいたものが芽生え始めている。
グレンと《白狼の騎士》。
もしかしたら――。
「とりあえず、情報をありがとう、ミラ」
ガルドが礼を言う。
「いえ……でも、本当に気をつけてください」
ミラが心配そうに言う。
「あの騎士が再び現れるかもしれません」
「ああ、分かってる」
俺たちは、ギルドを出る。
◆◆◆
宿に戻る道すがら、俺は考え続ける。
手袋の刻印。
金属片。
そして――《白狼の騎士》の悲劇。
すべてが、まるでパズルのピースのように――少しずつ、形を成し始めている。
だが、まだ足りない。
決定的な証拠が。
その時――俺は、ふと思い出す。
ダンジョンで手に入れた、謎のキューブ。
あのキューブを手にした時、夢を見た。
古代文明の映像。
物理学を教える学院。
そして――巨大なキューブの暴走。
「あのキューブ……」
俺はポケットからキューブを取り出す。
冷たい金属の感触。
表面に刻まれた、不思議な模様。
「このキューブと、……何か関係があるのか?」
夢の中で、誰かが言っていた。
「この力を、正しく使え」
と。
単なる偶然ではない。
古代文明から受け継がれた、何か。
そして――それを知る者が、この世界にいるのかもしれない。
「グレン……お前は、何を知っている?」
俺は呟く。
答えは、まだ見えない。
だが――確実に、真実に近づいている。
そう感じながら、俺は宿へと戻った。
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その夜。
街の外れ、古い教会の地下室。
一人の老人が、ろうそくの灯りの中に座っていた。
壁には、無数の資料が貼られている。
ドゥームフォレスの情報。
《牙の四騎士》の記録。
そして――タクミに関する報告書。
「タクミ……お前の《物理補助》は、稀有な力だ」
老人が、古い羊皮紙を手に取る。
そこには――古代文字で、何かが記されている。
「三十年前、俺が森で見たもの……」
老人の目に、遠い記憶が蘇る。
妻と子供が魔物に襲われる光景。
俺が駆けつけた時、すでに遅かった。
だが――その時、俺は見た。
魔物の背後に立つ、巨大な影。
ドゥームフォレス。
そして――その手に握られていた、小さな立方体。
キューブだ。
「あの時、奴は何かを探していた……」
老人が、立ち上がる。
「そして、俺の妻が持っていたキューブを奪った」
老人の拳が、震える。
「あのキューブは、古代文明の遺物だった。妻の家系が、代々守ってきたものだ」
老人が、壁に貼られたタクミの報告書を見る。
「タクミが持っているキューブ……おそらく、同じ種類のものだ」
老人が、深く息を吐く。
「ドゥームフォレスは、あのキューブを集めている。理由は分からない。だが――」
老人の目が、鋭く光る。
「もし、タクミのキューブまで奪われたら……何かが起こる」
老人が、決意を固める。
「タクミよ……お前を、守らなければならない」
「そして――お前の力を借りて、ドゥームフォレスを倒す」
「それが、俺の――復讐だ」
老人は、銀の鎧を見つめる。
《白狼の騎士》の鎧。
かつて、最強と謳われた証。
だが今は――復讐の道具でしかない。
「次に会う時……お前には、真実を話そう」
老人が呟く。
「だが、その前に――もう一度、お前を試さなければならない」
老人が、大剣を手に取る。
「耐えろ、タクミ。これは、お前を守るためだ」
そう言い残し、老人は地下室を後にした。
ろうそくの炎が、揺れる。
壁に映る影が、まるで獣のように蠢いている。
静寂の中――ただ、復讐の炎だけが燃え続けていた。
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